冥界の番犬ガルム
「やはりネーデルラントの英雄は格が違うか。」
死者の屍がシグルドが通った道には転がる。その屍達を踏み締め前進をするフロールフとボズヴァル。
「この紋章はフィンネスブルグ争乱断章の......」
かつて英雄だったものや七英雄に選ばれた英傑でさえもシグルドの魔剣の錆びとしてしまう。それ程の強さをシグルドと言う男は持っていた。
(ヴァルハラ学園が開校して以来、一年生の頃より生徒会長に選ばれたのはシグルド生徒会長だけだ。)
男としても戦士としても勝てない。そんな印象を抱いてしまう。それに奇しくも恋慕を抱いたのは同じ女性。
「負けたくない.......」
拳を強く握り締め、血が流れ出る。フロールフは七英雄の一人である「聖者」に選定された選ばれし者。けれど、シグルド程の高みへとはたどり着けない。
「_______殿下は戦士ではなく国を背負う王。ただ私達に指示を出せば良い。私は貴方の願いに答えましょう。もし侯爵家が気に入らないと言うのならば「それ以上は言わないでくれ。僕は僕の手で国を導き、ブリュンヒルデの心もものにする。」
ボズヴァルは「ふっ」と笑うと、一歩フロールフから下がり彼の背中を見る。
(_________幼少の頃、薄汚れた貧民街で盗みを働き、殺されかけた。そして殿下の手で救われた。良くある話だが、私はあの方に救われたんだ。)
忠義を尽くすのにそれ以上の理由はない。この方に私は光を見たんだ。殿下が望むのであれば侯爵家の長男、シグルドも殺そう。
(ただ本心では聖女とは結ばれて欲しくはないと思う.....相応しくないのだ。あのちんちくりんが殿下を茨の道に突き落とすのではないかと....)
とは言え、殿下が本気で彼女との仲を取り持って欲しいと相談を受けたらやぶさかではない。私の全身全霊を持って殿下の恋事情をサポートしよう。相談はされたことはないが。
「モーズグズが死にましたか....ククク.....奴は四天王の中でも最弱.....」
冥界の女神ヘルが住まうエリュズニルへ行くためには大橋を渡らなければならない。そしてその橋の門番は巨大な女戦士が勤めるというが両腕を失った巨大な女戦士が橋前で倒れている。恐らくシグルドがモーズグズを葬ったのだろう。そして橋を渡り、城門前にたどり着くとシベリアンハスキーのような犬頭に貴族服を纏った男が立っていた。
「___________貴様は何者だ」
ボスヴァルがフロールフの前へと立ち、剣を犬頭へと向ける。
「エリュズニルの番犬ガルムといいます。以後お見知り置きをと言いたいところですが、貴方方には此処で_____________死んでいただきます。」
凄い圧がガルムから飛んでくる。
番犬ガルムは冥界一の戦士であり、ヘルの第一腹心。アングルボサの呪い最上位階である『スコルとハティ』『ニーズへッグ』『ファフニール』の成体達と同等か、それ以上の力を有する。
「うぐっ、」
フロールフはガルムの発する殺意に恐怖を感じた。ボスヴァルも手に汗を握る。
「殿下、お下がりください.......私でも抑えられるか分かりません。」
最強のベルセルクと名高いボスヴァルでさえ、目の前の敵が強大であることが分かる。
「........シグルド•ネーデルラントはどうした?」
(此処まで最速最短でたどり着いた筈のシグルドを番犬が行かせる筈がない。)
ボスヴァルはガルムへと質問を投げる。ガルムは「ワン」と合図ちを打つと、質問に答えた。
「行かせましたよヘル様の元に。あの方の実力は私の力量を大きく越えてますので。神話の時代が終わり、人が世界を律する時代にあのような化物が生まれるとは貴方方も不幸ですね。アレが本気を出せば今の世界程度ならば彼の手に落ちるでしょうに。」
番犬ガルムは感心した様にシグルドの力量を絶賛する。
「生まれる時代、そして世界が違ったのですよ彼は__________もし戦場が貴方方が住まう生者の世界であれば冥界の神であるヘル様を屠る事も出来たでしょう。だが、この世界はヘル様の箱庭なのです。」
鉤爪を両手に出現させる番犬ガルム。そして語尾に取って付けた様に「ワン」と鳴く。
「シグルドと言いましたか、先程の勇士......死にますよ」
ボスヴァルの首を鉤爪で抉り裂く。
「ぐっ!!?」
(見えなかった.......軽騎士が使う縮地に近い技か.....)
そして背後へと周り、ガルムはボスヴァルの足を払う。
「なっ、くっ!!」
体勢を崩され、地面へと倒れる。そして起きあがろうとするが胸部へと鉤爪が当てられていた。
「この狂戦士の命が惜しくばそこを動かないで下さい「聖者」。」
フロールフは一瞬のうちに組伏せられるボスヴァルの姿に恐れを感じた。
(か、勝てない.......)
七英雄が一人「聖者」の覚醒能力は後方支援にある。聖女と近しい性能を持つが、聖者の本質は回復ではなく呪いの解呪、味方の強化にある。事実、フロールフは「a」組であるものの序列は五番手であり、戦闘面に置いてはそこまで強力ではない。
「________嘗めるなよ、犬風情が」
ボスヴァルの剣に施された宝飾の一つが紅玉へと変わる。そして周囲一体が氷結される。
『スニルティル』
ロキとの対抗戦で見せた魔剣スニルティルの第一解放『氷結結界』。
スニルティルは最大第三の解放まで可能とするが、第三まで解放してしまうと剣は消失してしまう。
「や.........やったのか。」
フロールフは氷結したガルムの姿を見て安堵とした表情を見せる。だが、ボスヴァルは違った。
(..........殿下を連れ、逃げなければ。このままでは私達は皆殺しにされてしまう。)
凍らせたが、時間の問題だ。足止め程度にしかならない。直ぐに立ち上がり、フロールフの元へと向かおうとするボスヴァルだが。
「もうお帰りですか。それはいい。実は殺生はあまり好まない主義でして。なんだか弱いものいじめをしているようで気が引けるんですよね。」
後頭部を鷲掴みされ身動きがとれなくなる。
「狂戦士の特性上、不死身に近い再生力をお持ちですよね。ですが、頭部を潰してしまえば再生することなく死にます。」
ガルムを除く四天王『水底の魔女』、『スウァフルラーメ』、『モーズグズ』は死んでしまった。先走り過ぎたせいで。冥界の女神ヘルはガルム達四天王に生け捕りにしろと命じたのだ。そしてあまりにも抵抗するようであれば殺していいとも命じられている。
「ですが安心してください。殺しはしませんよ。戦う気力を削げたようですし。」
全ての生者を生け捕りにし、ヘルとの謁見の後に冥界から叩き出す。
(それが当初よりの命令でしたしね......)
ガルムを除いた四天王は血の気が多い者ばかりだった。だから勝てる戦いにも負けたのである。




