クリームヒルトの劣情
小さい頃、国中の貴族が集まる社交界がブルグント城で行われた。私も父上に命じられ公爵家令嬢としてその社交界に出席した。
『おぉ、流石はグンテル卿の姫君』『美しい、まるで砂漠に咲く、一輪の花のようだ』
文武両道、そして約束された美貌______全てに置いて私と言う存在は幼いながらに他者を凌駕していた。美しいと言われる王妃でさえ、私、クリームヒルトに掛かれば霞むほどだ。
(他の追随を許さぬ美貌。知っているとも。私は完璧だ。)
だけど、その社交界においては私は主役ではなかったのだ。
『ネーデルラント侯爵家が到着したらしいぞ』『三番目の倅も来ているらしいぞ』『それは誠か!?』『くっ、我が娘を誑かしよって』『うちの妻もだ!』『なに!?私の家は妹が熱をあげておるわ!』
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった『五爵』の内、侯爵家はグンテル公爵家に次ぐ権力を持つ、大貴族だ。私は何事かと騒ぎの中心へと足を運ばせる。
『_______あはは』
『ジーク様はお付き合いされている殿方はおりますの?』『ジーク様!ぜひ、私の領地にお出でくださいまし!』『ジーク様、私とこの後.....』『ジーク様、私と一曲踊りませんか』
様々な淑女に囲まれ、微笑を振り撒く美に優れた少年。あれ程の美しさを誇る『男』を私は見たことがなかった。
「__________」ぱし
無意識の内に有象無象を力で退かし、彼の腕を掴む。そして私は言った。
「_______________私の夫になれ」
罵倒の嵐がわくが、私は公爵家の紋章を掲げると周囲は黙る。父上が何事かと此方に向かって歩いて来るが構わない。私はようやく私に合う男を見つけたのだ。
「あぁ.......申し訳ない、レディ。私には成すべき使命があるのです。今は男女の関係になると言うことが考えられないのです。」
しかし、侯爵家の息子は私の申し出を断ったのだ。許せない。私の男になるべくして生まれたその顔形。そしてその優しく暖かい眼差しは私を喜ばせる為にあるものだろう。
「これはお願いではない。確定事項だ。貴様に拒否権はな」ぱし
父上に引きずられる形でその場を後にすることになる。しかし私は奴が見えなくなるまで目を放さなかった。
『クリームヒルト!一体どういうつもりだ!!』
父上は紅いバラが咲く庭園へと私を連れてくると怒鳴った。しかし私は父上へと冷たい視線で返答を返した。
『侯爵家の男を我が夫にします、父上。異論は認めませぬ。』
『ふざけるでない!お前は王太子殿下と許嫁であろう!あの場であのような行動にでおって.......奴は数多の淑女をたらしこむスケコマシ。それをあまつも公爵家の家紋を使ってまで黙らせおって。敵を作りたいのか?』
公爵家の力を使ってまであの侯爵家の男を手にすれば『外敵』からの非難が絶えないのだろう。惚れている淑女は数知らず。されど公爵家の力を使いさえすれば『私だけ』のものにできる。
『公爵家に泥を塗るな!あの男のことは忘れろ、いいな!』
父上は憤慨した様子でその場を去って行った。
「お嬢様......」
控えていた執事が心配とした様子で声をかけてくる。
「くくく、今日ほど公爵家に生まれた幸運を感じたことはないっ!」
高笑いを響かせバラを踏みにじり、今後の計画を思考する。
(先ずは父上を黙らせる材料を得なければな........)
「じい、あの眉目秀麗な侯爵家の者の名はなんだ?」
執事である『じい』が男の名前を口にする。
「____________ジークフリート」