橋守モーズグズ
「ネーデルラント家の書物の中に語られていた冥界の城。」
恐らく彼処に冥界の女王が住まうのだろう。エリュズニルへ行くためには大橋を渡らなければならない。そしてその橋の門番は巨大な女戦士が勤めるという。ここからでも見える程、巨大な体躯を誇る。
「いつも通り、迅速に英雄譚を紡ぐだけだよ。恐怖はない。臆しもしない。」
シグルドは最速で冥界の城付近まで辿りついていた。後ろには数えきれないほどの屍が倒れている。中には英雄級の実力者もいたが、最強の二つ名は伊達ではない。
「あまり女性を殺めたくない。出来れば通して欲しい。」
シグルドは大橋前へと辿りつくと、平和的な交渉を試みる。
「面白い奴だ。それだけの殺気をぶつけて起きながら、この橋守モーズグズに退けと言う。」
「一応言っておこう。君に名前と用件を伝えれば冥府へ渡ることを許されると伝承に記されている。けれど私は既に冥府にいる。そして君の機嫌を損ねれば現世と冥府の狭間を永遠に漂うことになると書かれていたが_________君を倒した場合はどうなるんだい?」
シグルドの頭上に間髪入れず巨大な戦槌が振り下ろされる。そしてズドォンと大きな爆音と共に戦槌が巨大なクレーターを作り上げた。
「___________こうなる。」
冷たい眼差しで振り下ろされた戦槌へと告げるモーズグズ。
「随分と過激なアプローチだね。」
「なッ!!?」
叩きつけた戦槌が砕け散る。
「あぐああああああああああああああああ」
そしてモーズグズが瞬きをした次の瞬間には両腕が斬り飛ばされていた。血が両腕から洪水のように溢れでる。シグルドはモーズグズのその有り様を気にせず通り過ぎ、そのまま橋を渡った。
「__________オマエガオチテクルスガタヲミタ、ベオウルフ」
冥界へと辿り着き、目を覚ますとかつて冒険者だった頃に訪れたへオロット宮にいた。
「ここは.....ぐっ」
周囲を確認すると、武器を取り上げられ、鎖で縛られている事に気付く。そして目の前にはかつての宿敵が存在した。
「グレンデル.........」
毛深い体毛に異様に長い腕を持つ。オランウータンに近い形状の猿人。アングルボサの呪いでも上位に入るであろう滑稽さと残虐さを誇る。
「オマエヲコノテデコロセルコノトキヲマッテイタ」
ベオウルフはグレンデルの言葉を聞き嗤う。
「死者は死者らしく眠っていればいいものを。再び私に土に還されたいと見える。」
ベオウルフは鎖を引きちぎり、拳をグレンデルへと突き出す。
「あの夜をいつも思い出すんですよ。貴方の腕を引きちぎり、貴方は魔女である母へと泣きつきましたね。そして貴方の母が私を殺めに来た。ふふ、だが私は貴方の母を貴方の目の前で殴り殺しましたぁ。あぁ、あの時の貴方の表情は、ふふ........忘れられません。」
光悦とした表情を見せるベオウルフにグレンデルは怒りのあまり殴りかかる。
「オマエガハハヲコロシタ!!」
「あの夜、ヘオロット宮を襲撃し家臣たちを虐殺したのはグレンデル、貴方だ。殺すと言うことは殺される覚悟もしなければならないのです。」
殴り合いを始める。グレンデルはベオウルフの長身の三倍もあり、膂力も人のそれを軽く越える。並の戦士が何人集まろうともグレンデルに蹂躙されるだろう。しかしベオウルフは天性の肉体と鍛錬により得た剛力を有する。英雄として生まれた男と言わざるを得ない潜在能力を持つのだ。
「なんだ.......つまらないですね。この程度ですか?」
「ウグァアアアッ!!?」
鋭い一撃が腹部へと突き刺さる。血と胃液を吐き出し、その場へと膝をつくグレンデル。
「立ちなさい」
冷たい眼光。心底つまらないと言った表情でグレンデルを見下す。恐怖で動けない。
「期待した私がバカでしたね。」
頭を吹き飛ばす為に拳に力を入れ、穿とうとするが。
「うぐ!!?」
(___________此処は水の中か)
目の前の景色が突然と変わる。水中の底に沈められたのだ。このような奇跡を起こせるのは水底の魔女であるグレンデルの母以外に存在しない。
「我ら人を超越した異形の死者は冥界神ヘルの力を持ってしても蘇らぬ。みすみす我が息子を殺させてなるものか。沈め、英雄でありながら英雄でない愚か者ベオウルフ。」
このままでは溺れ死ぬ。だがベオウルフは笑っていた。
(死に隣り合わせにいることがこれほどまで私に悦を与えるとは......やはり、私は狂っている。)
教職につき己を見つめ直そうと努力をした。けれど戦闘に直面すれば我慢が出来ない。ベオウルフは生粋の戦士であり、血に飢えた獣なのだ。
『ヨトゥンの剣よ』
水底の魔女であるグレンデルの母を水底事一刀両断する。肉体は二つに別れ確実に絶命しただろう。
「元の場所に戻りましたね。」
水底の魔女が死んだ事によりグレンデルと戦っていた空間に戻される。そして怯えた様子で踞るグレンデルの頭をつかみ上げ歪んだ笑みを見せるベオウルフ。
「__________良い余興でしたよ」
そう言葉にするとベオウルフはグレンデルの頭を握り潰した。そして潰した際に舞った血が頬へと付着する。ベオウルフはそれを舌で舐めとり狂ったように笑い出す。
「ふっはっはははははっはははははは!!!!!あっはははは!!!えっははははは、すぅーはぁ...............もしかしたらヘルヘイムは私にとってのヴァルハラなのかも知れませんね。」




