クリームヒルトの初志
少しばかり昔の話をしよう。
私がジークフリートと出会った社交界の光景は今でも鮮明に覚えている。あれは私の人生に置いての分岐点であり、天啓だった。ジークフリートと言う運命の相手へと出会わせてくれたのだから。
「美しい......」
美しく、凛々しい。あれ程つまらなかった社交界に花が咲いた。私はあの男が欲しいと無意識に手を伸ばし、押し留めたのを覚えている。
「...........私の男にはなれない、か。」
あの場で私はジークフリートに夫となれと宣言した。けれど、ジークフリートはそれを否定した。怒りよりも悲しみの感情が勝ったことは言うまでない。女々しいと笑いたければ笑え。
「男の名はジークフリートと言うのか。「平和を守る」、か。いい名だ。」
父上に叱られた後、私は専属の執事に名前を聞いた。ジークフリート。意味するは平和を守る。まさに英雄然とした名前だ。
(_________父を揺する材料や証拠が必要だな)
父上に二度と侯爵家の三男へと手を出すなと釘を刺された。だからと言って引き下がるほど、私は実直な性格はしていない。
「クリームヒルトッ、貴様、実の父を脅すと言うのか!!」
父上を脅す事など簡単な話だ。公爵家の帳簿を事細かく観察すれば自ずと答えが出てくるのだから。賄賂、愛人への貢ぎ物、そして公爵領近辺貴族達への脅迫紛いの税収増。王家や母上に報告をすれば父上の立場はなくなる。
「私とジークフリートの婚約を認めて下さい。要求内容はただそれだけですよ、父上。」
安いものだろう。ジークフリートとの婚約を認めて仕舞えば確かに各貴族達から多くの反感を持たれるだろう。だが、立場を完全に失うよりはマシだ。
「............認めよう。我が娘ながら恐ろしい存在よ。しかし、あの男を射止めることはお前の手腕により左右されることを覚えておくがいい。」
一筋縄にはいかないことは分かっている。だが、確実にジークフリートを我が物としよう。
「有象無象の欲物には手に余る。グンテル公爵家が娘クリームヒルトこそがあの男には相応しいのだ。」
それから直ぐにグンテル公爵家とネーデルラント侯爵家との縁談が実行されることになる。
「______ようこそグンテル公爵、そしてクリームヒルト姫。ジークフリートは中で待っているよ。」
ネーデルラント侯爵は悠々とした面持ちで父上と私を城へと招き入れる。侯爵家は貴族階級に置いては公爵家より一つ下だが、実績面に置いてはどの貴族達よりも国に貢献している上位貴族の一角だ。故にネーデルラント侯爵は父上に対し敬意は払うが、下ではないぞと態度で表すのだ。父上は緊張とした表情でネーデルラント侯爵の隣へと並び、歩く。
「長男のシグルドや今は亡き次男坊も美形ではあった。けれどジークフリートの美しさには敵わない。あれは芸術の域だ。綺麗な花には蝶達が集まるだろう。」
ネーデルラント侯爵は笑う。ジークフリートの美しさには誰もが惹かれる。そして性格も温厚であり、紳士と聞く。淑女達が熱中しないわけがない。
「ジークフリートへの縁談の申し出は星の数ほど受けた。だけどあの子はどれも受け入れなかった。けれど、クリームヒルト姫だけは別だったのだろう。公爵家からの申し出だからと優遇したわけでも、強制させた訳でもない。ジークフリート本人が縁談の申し出を承諾したのだ。」
私はネーデルラント侯爵の言葉を受け、途轍もない優越感と幸福を感じた。ジークフリート自身が私を受け入れた。私に再び手を差し伸べてくれたのだ。
「頬が緩んでいるぞ、クリームヒルト。気を引き締めなさい。」
父上に注意される。私はこれ程感情豊かな愚か者ではない筈なのだが、ジークフリートの事を考えるだけで一介の町娘と成り下がる。惚れた弱みと言うものだろう。
「_______ようこそおいで下さいました、グンテル公爵。そして麗しきレディ、クリームヒルト。」
広間で待ち受けていたのはネーデルラント家の紋章が入った正装に身を包んだジークフリートだった。
「お前を愛している。今すぐに結婚しよう。」
私はジークフリートの手をとり、そう言葉にする。ジークフリートは少し困った表情を浮かべるが直ぐに優しい笑顔に戻り私へと跪く。
「クリームヒルト嬢は積極的なお方だ。」
私の目を見て話すジークフリート。あまりの美しさ、そして優しい声色に心臓が高鳴る。手汗は大丈夫か、匂いは臭くないだろうかといろいろと思考してしまう。
「お互いの事、少しずつ知って行きましょう。私達にはたくさんの時間があるのですから。」
今すぐにジークフリートの全てを知りたいと思った。
「あぁ、これから永久に愛を育んでいこう。」
全てをさらけ出して欲しい。私の全ても捧げよう。私だけがお前の隣に立つ資格があるのだから。
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