それは世界の理、それはいつものこと
なんか揺り起こされたら知らない男性が小屋の中に入っていた。黄土色の髪を雑に切り、灰色のローブを着けている。異世界初の知的生命体とのコンタクトだ。しかも普通に言葉が通じるらしい。今にして思えば、異世界なのだから言語が全く違うことは十分ありえたのだ。
(ていうか、全然眠気が後を引かないな。普通無理矢理起こされたら割と苦痛なレベルの眠気があるもんなんだけどな…これも特典の効果ということかな。この人がいるから今は確認できないけど、後で腕の数字確認しないと…)
思考が明後日の方向に飛んでいこうとしていたその時、男性の声が耳に入って来る。
(なんか今から山を降りるとか言わなかった?え?いやいやいや無理でしょ!確実に遭難する未来しか見えないんだけど!?)
外はこの間程の吹雪ではないが風は強く吹いているように思える。しかも焚き火の火があるからまだなんとか周りが見えているが、外は恐らく厚い雪雲に覆われて星の光すら届かない暗闇だろう。普通は朝まで待つ。私はもう一度確認する為に男性に声をかけた。
「あの、本当に今から山を降りるんですか?絶対遭難すると思うんですけど…」
そこで、男性の様子が何かおかしい気がした。顔は恐ろしいものを見た様に引き攣り、前傾姿勢になって腰に手を回して何かを抜き出そうとしている。
それは、剣に見えた。
「お前は何者だ。何の真似でそんな瘴気を垂れ流している?何故俺を襲う?そもそもお前はどこから来た。冬のアーグソン山脈に仕事屋でもない子供が何故一人だけでいる?」
矢継ぎ早な質問に頭がついていかない。回答が遅れる。
「…答えろ。答えないのなら、殺す」
剣が抜かれ、私の眼前に突き出される。
「嘘は吐くなよ?そういうものはすぐに分かるもんだからな」
(答えないとまずい。でもなんて言えばいい?転生してきたら雪山で必死にここまで来たと言って信じてもらえる?…でもそれ以外に方法なんかない…!)
「わ、私は多分この世界とは違う世界で死んで、転生手続をして転生したらこんな雪山に居て、訳も分からず必死になってこの小屋を「ああ分かった。分かったから、死ね」…えっ」
男性が剣を私に向かって振り下ろす。私は咄嗟にトニーでギリギリ防げた。しかし、私の身体はまだまだ未熟だ。右側に大きく吹き飛ばされた。壁が背中を痛烈に叩く。少し頭も打った気がする。運良く意識は失わなかった。
「な、何を、するんですか…!さっきから突然殺すとか死ねとか!そっちこそなんなんですか!私あなたのこと襲ってません!先に襲って来たのはあなたの方じゃないですか!」
「分からないのか?自分がどういう存在なのか。…本当なら反射的な行動も間に合わない速度で首を切るんだが、まあいい。お前をここで殺し、首を持ち帰れば、『災禍』の芽を摘んだとして国から莫大な報酬が得られる。この俺をここまで弱体化させるんだ。きっと世に出れば甚大な被害を齎す『災禍』であることは間違いない!!その被害を未然に防ぎ、単独で討ち取ったとなれば一生遊んで暮らせる金が手に入っても過言じゃねぇ!!はははははは!!!ツイてる!今日はツイてるぜええ!!!」
そう宣うなり、男が剣を振りかぶりながら突っ込んでくる。私はトニーをしっかり両手で持ち、右に転がって剣を避け、素早く扉を開けて外に出る。
もう、ここは安全じゃない。逃げなきゃ。
「逃げるなああああ!!俺の金ええええ!!」
狂いに狂った声が背後から聞こえて来る。怖い。怖い。怖い。
なんで信じてくれない。いつもこうだ。自分の意見なんていつも相手に揉み消されて忘れられる。叶ったことなんて今まで一回として無い。もう、もういやだ…………。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!死んで、俺の金になりやがれええええ!!!」
雪に足が取られる。後ろから声が聞こえる。疲れた。三百メートルくらいは走ったか。
(もういやだ。いやだ。なんで、こんな、ことに、やっと、クソみたいな環境から、抜け出せたと、思ったのに。また死ぬ。絶対嫌だ。まだ何もこの世界を知らないのに。まだ何も出来てないのに。まだ何も…!)
もう、殺す。それしか、私が生き残る道はない。
足を止め、後ろを見返す。男が雪に足を取られながら近づいて来る。
あんなヨタヨタ走りでしかも雪で足場も悪い。新雪に誘い込めばうまい具合に嵌って動けなくなる。少なくとも足は封じられる。そこを、とる。
走る速度を緩め、嵌った瞬間にいける距離まで近づく。怖い。足音がすぐそこまで聞こえる。怖い。こんな危ないことなんてしたくないけど、今はもうこれしか方法がない。子供な私は体重も相応に軽いとはいえ、新雪に嵌れば多分動けなくなる。だから、目星をつけたポイントを少し迂回して逃げる。奴は最短距離で追いかけて来ている筈だ。後ろを振り向けば奴が新雪が積もっていると思しき地点に足を踏み入れる瞬間だった。今だ。
私は体を反転させ、トニーを前に突き出して全力で走り出す。雪の影響など考えずにただひたすらに前へ走る。
奴の右足が腿の真ん中程まで埋まる。
「くそっ!!」
奴が煩わしげな声を上げ、抜け出そうとする。しかし踏ん張ろうとした左足も膝まで埋まり、下半身が一時的に固定された。私はその間により距離を詰める。狙うは首だ。頭をかち割るのは子供の筋力では厳しいが、首であればトニーを突き込むだけでも勝機はあるだろう。
「…舐めんな!!」
奴も流石に気づいたらしく、剣を前にして防御する。だが、今更止まれない。時間をかけるのは悪手だ。
奴が嘲るように嗤う。馬鹿な行いに見えているらしい。分かってる。そんなことは。せめて一撃でもいいから入れたいとかじゃなく、ただ純粋にこいつを殺したいのだ。私のことを端から信じず、私を『災禍』だか何だかだと決めつけて殺そうとしてくるこいつを。
この後、私がどうなろうが構わない。
突き込んだトニーがこいつの剣に当たった。予想外のことが起こった。剣がトニーの接触部分から崩れて砂状になっていったのだ。
「はあっ!!?」
こいつが驚いた声を上げる。だが、私はそんな些事に構わず進む。トニーがこいつの喉に突き刺さる。
「あがっ!」
肉を潰して何か硬いものを断ち切ったような感覚がした。殺したと漠然と理解した。こいつは仰向けになって倒れて死んだ。
「はぁ…はぁ………いっ!!?」
その直後、全身に激痛が走った。身体中が割れるかの様に痛い。そのあまりの痛さと、緊張の弛緩によって私は意識を失った。
♦︎♦︎♦︎
「遅かったか…」
倒れ伏す二人の横に、本を手に持った老人が現れる。老人は少女の方に寄ってしゃがみ込み、その顔を覗いた。
「何ということだ。あまりにも似過ぎている。何と、度し難いことか…」
老人は目を閉じ、考え込んだ。
「今更だな。この身朽ち果て移り変わろうとも私…いや、俺は『お前を愛している』のだから」
老人は気絶している少女を大事そうに抱え上げ、夜闇に消えていった。
タイネはもうちょい生かそうと思ってたのです。でも気づいたら死んでたのです!悪気はないのです!!
もうちょっと執筆ペース上げたい(~_~;)