罪と祈り④ 地獄の講義Ⅱ
「ここ帝国において、『災禍』は純然たる討伐対象以外の何者でもない。ただそこに存在するだけで不幸をばら撒いてしまうというのだから当然の結論であろう?」
先程から雹混じりの雷撃が絶え間なく降りかかっている。雷撃は雷雲の稲光が走ってから一拍おいてやってくるから分かりやすい。問題は雹の方だ。なにせ、ひとつひとつの雹がテニスボールサイズなのだから。
「——————ッ!!」
当たれば当然めちゃくちゃ痛い。これでもう5回目の被弾だ。だが、足を止めることは出来ない。雷撃の狙いは正確で、足を止めればいい的になる。結果、この戦闘が始まってから防戦一方だ。
「それに加えて、我々帝国騎士団は国民を守護する役割がある。本来ならこのような、『災禍』に知恵を与えるような場を設ける事自体、ありえない事なのだよ」
私は雷を避け、結界内を走り続けながら尋ねる。
「じゃあ、なんで私の提案を受け入れて、いただいたんですか!?少なくとも、貴方の立場上問答など無用の筈です!」
「当然の疑問だ。宜しい。回答しよう」
魔術の勢いが弱まる。初回だし、手心か?
「帝国には『災禍』を国の発展のために研究する機関が存在する。そこでは日夜、研究・検証が行われ、国益に適う多くの結果を出している」
(なんかかなり前提から話し始めたな……)
魔術の勢いが弱まったことで思考に余裕が生じる。
(『災禍』の研究機関か……ヘグさんの過去話にもそのような研究施設は出てきたけど、聞いた話から思うに、騎士団から摘発みたいなことを受けた研究なんて禁忌扱いとかになっていたりするものなんじゃないのかな?まあでも、時代の変化で古い研究が脚光を浴びることは前世でもままあった事だし、何かしらのブレイクスルーでもあったのかな。)
モルベルストが話を続ける。
「だがしかし、近年研究の進歩が足踏みしているのだ。重箱の隅をつつき、粗探しばかりに精を出し、最近は国からの予算も削られつつある。停滞の原因は、圧倒的な試料不足さ。当然だ。そもそも出現頻度の低い者たちなのだから、安定した成果は望むべくもない。だが、機関の上層部は成果に拘った。愚かしい話だが、散々甘い汁を啜って生き永らえてきたのだ。今更没落するなど認められんし、耐えられんのだろうな?そこで上層部が出した解決策はなんだと思う?」
ここでこっちに唐突に投げてくるとか……
でもうーん。まあ、これだろうな?
「私たちのような存在を捕獲することで、禍想力の安定供給を行うこと、ですか?」
人類が狩猟採集から農耕や牧畜へと食糧生産の方法を変え、安定を得たように、禍想力の供給が安定していないなら、管理下におけばいい。
「素晴らしい!花丸を進呈しよう」
(理解できない話じゃないけど、それってさあ……)
「私たちは貴方がたにとって、実験素材か家畜でしかないと?……あっ!だから情報を渡すんですね!?恩を売るために!こちらから協力させるために!!自分から罠にかかりにくる獲物ほどやり易いものはありませんものね!?」
「その認識で結構」
そう宣ったモルベルストを強く睨む。また騙されるところだった。反吐が出る。そして、その隙を突くように氷塊が飛んできた。
「っ!……はああっ!!」
私は自らの鉄爪をしかと握ったまま、少しの怒りと共に横一閃に振るった。すると、鉄爪の軌道から拡散するように魔術の雹が砕けていく。
目撃したモルベルストが少し興奮した声色で、口元を抑えながら話す。
「ほう!これはこれは。ふっ、そうだな。先の言葉は一部撤回しよう。《虚無》君は家畜にはなりえない。今の攻撃をものともしないなら、現状機関が有する檻では役不足だ……まさか、種の成長段階で既に禍想術を扱えるとは!!思った以上の奇貨だな!これは!!」
(この反応……拡張型の『災禍』は珍しいのかな?)
以外な反応に驚きつつ訝しんでいると、モルベルストが続けて言う。
「我々の実験には協力してくれるのだろうね?」
「いえ、それはお断りいたします」
私はモルベルストの誘いを間髪入れず断った。
(敵対してる組織の研究機関に自分から協力なんてする訳ないんだけど?それに協力なんて名ばかりで、どうせ実際には監禁や拘束と大差ないでしょ。絶対嫌だ。私は自由に世界を見て回る旅をするんだ。もうしがらみに囲まれる生活はしない!)
「そうか?それならば、講義はここで終わりだな」
モルベルストがそう言うな否や、結界の周囲に配備されていた虚像の騎士達が抜剣し、結界を通り抜けて私の方に近づいてくる。
「吾輩は騎士団に所属する身ではあるが、機関にも席を置いている。捕獲又は協力が出来ない場合は騎士団の意向に沿うことになっているのだ。情報を渡す判断権はこちらにある。悪く思わないでくれ給え?」
まずい。
(あーもう、私の馬鹿!!折角情報を得る機会を棒に振るとか、完全に初志忘れてんじゃんか!!)
騎士達がにじりにじりと近づいてくる。周囲の結界も輝きを強め、モルベルストは何かぶつぶつと唱え始めている。何か大きな魔術の詠唱だろうか。
(『災禍』に関する情報……特に花の段階についてはヘグさんからは聞けそうにないから騎士団側から聞きたいんだよ……)
私はすぐに動けるよう、姿勢を整え、鉄爪を構える。
(でもその為に今後の自由が保たれなくなるのはゴメンだし、どうしたら……)
モルベルストが杖を構え、詠唱を終える。
「『烈王絨焔』」
そう彼が唱えた瞬間、結界内が突如として熱気に支配された。周囲が瞬時に灼熱へと変わり、地面の雪が蒸発する。汗が一気に噴き出すような感覚に陥った。
「熱っ!!?」
外套の縁が焦げていた。そして裾を見ると、燃え始めていた。私は堪らず外套を脱ぎ、遠くへ放った。
(結界はどんどん収縮してる。あの位置ならすぐに外に出るからきっと全部燃えたりはしない筈……)
「『礫岩槍』」
続けざまにモルベルストは岩の槍を無数に作り出す。私の周囲に浮遊したそれら全てが周囲の熱によるものか、不自然なまでに溶け出し、足場を埋めていく。
(ダメだ、もうモルベルストに近づけない……!!)
そして、フィナーレを演出するかのように、周りのマグマが蠢きだす。
「『形象・耀王蛇』」
マグマで形作られた、二十匹以上のコブラが私を舐めつけ、今にもその口腔から炎を吐きこぼそうとしていた。
「お終いだ」
その声がする方を見る。きっと勝ち誇ったような、哀れみの籠った目線で見下ろしているのだろう。そう思ってモルベルストを見た。しかし。
「ん?」
その表情はどこか悲しげで、目には今まで宿っていた興味の色は無く、ただ単調な作業に臨むかのように、暗く虚に澱んでいた。
そして気づいた。
(ああ、前世でよく見た顔だ。上からの命令には逆らえず、ただ日々をこなしていくうちに、いつしか自分から環境を変えようという気勢すら削がれてしまった人の顔だ)
「………はぁ」
モルベルストはまるで私の考えに応えるように、心底退屈そうな溜息を吐いた。
そう気づき、その溜息を感じた瞬間、私の脳に天啓の稲妻が走った。




