ここでおわり・眠気との闘い
「完全に誘拐ですね…それ」
なんとも強引なことだ。ヘグさんの意思がほとんど反映されてない。
「そうだな。あれは確かに誘拐だった」
「何か…そう!罪とかに問われないんですかね?」
誘拐という行為は私の認識では立派な犯罪である。まあもう既に一人殺ってしまっている私であるが、どうもあの時の記憶がぼんやりとしていて、実際に私がやったという感じが薄い。と同時に凄くすんなりと受け入れてしまっている自分がいる。何というか、悪夢を見てその光景をずっと引きずっている感覚に近い。実際悪夢のようなものだったし、相手が100%悪いのだから、もうあまり気にしないことにした。
「罪か。貴族にとって、平民を誘拐することなど罪にはならない。貴族が裁かれる時は大抵の場合、国家反逆罪だな。露見すれば即刻処刑だ。殺人は平民相手なら揉み消されて終わりだが、貴族相手なら投獄になる、という感じだな」
「うわぁ…」
特権階級のテンプレのような悪辣さですこと……
「それで、ほとんど誘拐のように転移させられたおれは、五年くらい軟禁生活を送った。幾度となく逃げだそうとしたが騎士連中に捕まったり、逆に良いように利用されて結局アヴォルガスカ家の屋敷に戻ってくる羽目になったりで、思い出せばキリがないな」
「逃げ出せないって、自分が転移して逃げようとはしなかったんですか?」
「それが出来たら苦労しないさ。屋敷には我々の力を封じる道具が所狭しと並んでいてね。屋敷全体が牢獄そのものになっているのさ」
「力を封じる……!それがあれば私が周囲に瘴気を撒き散らすことも無くなりますかね?」
私が瘴気を撒き散らさなくなればヘグさんがわざわざ〈世界書〉を肌身離さず持ち歩いて生活することもなくなるか、と思ったが、
「そんな都合のいい代物ではないよ。あれは禍想力、またの名をヴラと呼ぶ、我々が因果に干渉するのに使われる力を強制的に抜き取るものだ。特殊な箱の中に常に回転している魔術陣が組み込まれていてね。吸われている時に痛みは無いのだが、酷い目眩や吐き気に襲われることになる。もうあれはごめんだ……」
「そんなものを奪ってどうするんですか?」
「それをこれから話そう。この世界の仕組みにも触れる大事な話だ。よく聞いておきなさい」
「はーい」
◆◆◆
おれがこの屋敷に来て五年とひと月。
身体もある程度成長した。
幾度となく目眩と吐き気を齎す牢獄から抜け出さんと頑張ってきたが、その試みは悉く潰えていた。
力を封じているであろう立方体の道具を壊そうとも試みても、おれの拳だけではヒビすら入らない。何か使えそうな物がないかと探しはしたが、この屋敷、全くそのような物が置いていないのだ。壁はツルツルしていて非常に硬い石で出来ており、かべと道具の隙間すらぴっちり埋まっていて爪が掛からない。だから登れもしない。
そうやって試行錯誤していると騎士に見つかったり、力を吸い取られてそれどころじゃなくならせられたりした。この症状には終ぞ慣れなかった。
おれの部屋は独房で、かなり高い所に明かり取り用の小さな格子付きの窓があり、最低限の便所に簡素な布団。飯と水は決まった時間になると部屋の中に現れた。多分、というか十中八九転移魔術で転送しているのだろう。ありがたい。
ただ、閉じ込められてしんどい生活か、と言われると、そうでもなかった。
一日の始まりは朝五時から始まる。
午前中は屋敷内を騎士に監視されつつ基本的な体力作りとして走り込みを正午になるまで行い、昼食後は世界地理や細かい計算、魔術理論の勉強を詰め込まれた。ここではおれは一般的な食魔となんら変わらないので、眠気に襲われる。魔術理論は面白かったのだが、身体がいうことを聞かない。教官に眠っていると判断されれば懲罰として金属塊を脳天に落とされた。毎度毎度命の危機を感じる羽目になっていた。
一度面倒になって抜け出そうとしたが、当然屋敷から抜け出せるはずもなく、しかも一日のノルマ分が終わらないと自分の部屋が開かない仕様のようで、即刻騎士に捕まった。
そして、そうした厳しくも充実した日々を過ごしているうち、どうやら自分から抜き取られた禍想力が見えるようになってきたのだ。うっすらとした灰色のもやもやが。
これはおれが食魔であることが、もしかしたら関係しているのかも知れない。確かめる術は見つからない。
今宵は抜き取られた力を追いかけてみることにしようと思った。夜の間は基本的に警備で巡回している騎士の人数が昼間の半分程度になるので行動しやすい。この五年ですっかり夜行性の生き物になってしまった。
まあ、この屋敷といってもアヴォルガスカ卿はここに住んでいる訳ではなく、基本的には別の場所で暮らしているようだ。ここは実験用の建物といったところだろうか。
時刻は深夜三時ぐらいだ。このぐらいの時間になると騎士連中は注意力が少しだけ下がる。足音を立てぬよう細心の注意を払いつつ、いい感じに警備の騎士から死角になる位置に到着する。
おれは視線の先曲がり角の真ん中あたりに転移するように想像した。すると、その地点に少し意識が引っ張られる感覚を覚えた瞬間、その感覚が霧散する。そして目眩と吐き気が合わさった不快な酔いが来た。
「………う。……よし出たな」
おれから染み出した禍想力が、壁の道具に吸い取られる。そしておれはそれを注視して、道具から道具へと伝っていく禍想力を追いかける。
途中で一瞬見失ったが、なんとか見つけてまた追いかける。しかし、この屋敷は広いのだ。おれが今まで生活していた区画もどうやら屋敷の三分の一程度であったらしく、どこまでも道具の導線は続いていく。教官に入るなと言われた領域に入り、通るなと言われた通路を通り、奥へ奥へともやもやを追いかけて進んでいく。
ひたすらにもやもやを追いかけていると、突然消えた。
「なっ……!」
声が大きくなりかけた。慌てて口に手を当て、周囲を見渡す。この場所は少し視線が通りやすそうに開けている。騎士が通りかかったら身を隠せるものなんて無い。バレれば待っているのは凄惨な懲罰だろう。
「……………………」
もうここまでにして帰ろうか。あまりにいつもの行動圏内から外れ過ぎている。いつ騎士が巡回してくるのか把握していないと不安で気が狂いそうになる。今回はここまでにして、後日また検証しに来よう。
そう判断して振り向いて
「たすけて」
小さな、しかし何故かとても力強く感じる声が壁の中から聞こえてきた。
◇◇◇
「ひええ〜!ホラーです!ホラーですよ!やめてくださいこんな夜中に怪談なんて〜!」
とっくに夕食を食べ終え、食器も洗って後は寝るだけだというのに、ヘグさんの話しは一向に終わりそうにない。
「なるほど。こういう話しが、ほらあちっくというものか」
いや、若干違うと思う……
「……うわもう零時半ですよ。今日も一杯動いて眠いんですから!明日にしましょうよ、もう寝ましょうよ〜」
「眠気は感じなくなったのではないのか?」
「いやいや、気分の問題です。あ、あと自律神経とか!」
ヘグさんは思い出話しだからそれほど苦じゃないかもだけど、私は初見の話なんだ。もう脳のキャパオーバーヒートディストラクションだ。……ほら頭おかしくなってきてる!!
「分かった。明日からは稽古と作業の合間に話していこう」
「それ……今までよりキツくないですか……?」
「何を言うか。これぐらいこなせなければこの先すぐに死ぬぞ。情報処理能力の高さも一つの強さだ」
全くもってその通りです……
「はあ…………」
真っ暗な窓に私の割と悍ましい顔が憂鬱そうに映っていた。
書きたい
でも
終わらない
でも
設定ががが
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