転生課
基本不定期で、書けるときに書いていきたいと思います。
「くっそ!あの色ボケパワハラ課長め!こんな報告書7時までに提出しろとかふざけてるでしょ!」
私はふと時計を見る。示した時刻は5時32分。終わる可能性は0%。当然時刻の前には午前がつく。
私がこのブラック企業に入社してから3年と半年が過ぎた。よくやってきたと思う。態度が悪いという理由で何度も何度も頭を下げ、必死になって稼いだ手柄は「お前をこの仕事に振ってやったのは俺なんだから当然手柄は俺のものだ!」という、正にテンプレのようなクソ上司である。おまけに後から入ってきた後輩は金だけ取ってほとんど出社すらしない。尻拭いをさせられるのはいつも私だ。
正直とっくの昔に限界を迎えている。しかし、今までの私の鬱憤は今日晴らされる手はずになっている。昨日トイレに行くと言ってクソ課長の目を逃れ、その足で近くの新聞社に垂れ込んだのだ。勿論、ボイスレコーダーなどの物的証拠も持って。
「フフフ…。婚期真っ盛りの女をこき使って過労死一歩手前まで追い込むその所業…。世間様の目はさぞ冷たくなるでしょうね…!」
ふと、めまいがした。
(そろそろやばいか。辞表は…出したな。どうせこの会社も終わりなんだし、この報告書ももう適当でいいよね…。)
そして重圧から解放された私の副交感神経は一つの大きな痛みを呼び起こした。
「…いっ…!ぐ…うう…」
そう。私の心臓も限界だったのだ。そうして私は、明け始めた太陽の光に照らされて、一人寂しく会社の末路を嘲笑うこともできずに、死んだ。
目が、覚めた。
私の心臓は確かに過労死したはず。なのにどうして意識があるんだろう。身体は…動く。身体を起こして辺りを見回してみると、白いカーテンが私の寝ているベットの周りを取り囲んでいる。
(なんか病室のベットみたいだな。……私は死なずに助かったんだろうか。)
それにしては点滴の器具や押すと医者や看護師がすっ飛んできそうなボタンがない。もし死んでいないなら、あの会社の記者会見が見られるかもしれない。ブラック企業の重役達が頭を下げている様子を瞼裏に浮かべ、ほくそ笑みながら私は白いカーテンをどけて外に出た。
白いカーテンをくぐり抜けて出た場所には、スーツ姿の大人達がパソコンに向かって何やら作業をしていたり、書類を運んで印刷機にかけたりしている光景があった。
「………え?」
今、私の目の前に広がっている光景は見知ったオフィスのものであった。しかし、働いている人たちの顔に見覚えはない。前方には受付窓口のようなカウンターがあり、その近くにはパンフレットやチラシなどが入った箱が置いてある。どことなく市役所のような雰囲気の場所だった。
私が目の前の光景に呆然としていると、
「ようこそおいでくださいました。私は神庁転生課の山村上と申します。転生をお望みなら私に。お客様が浮遊霊でございましたら、奥の未練解消相談窓口をご利用ください」
と、いかにも事務のおばちゃん然とした女性が私に話しかけてきた。
…意味が分からない。
(そもそも私は死んでいるのかすら分かっていないのに、いきなり転生って…)
困惑している私の様子を見かねたのか、おばちゃんがまた話しかけてきた。
「お客様は当施設のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「…あ、は、はい…」
状況に頭がついていかず、すごい間抜けな返事をしてしまった。
「そうでいらしゃいましたか。ではまず、今現在のお客様の状況をお伝えします。驚かないで聞いてください」
「…はい」
「お客様はもう既にご逝去されています。そして魂のみの存在となられたのでしょう。しかし、ここ転生課にやって来られた。それは別世界に転生出来るほどに魂が強固であるという証左です。元来、転生には魂に多大な負荷がかかるものです。その負荷を耐えた素晴らしい魂に我々神庁転生課は異世界への転生という得難い体験をご提供することを使命としています。お客様は十分に転生資格をお持ちのようですので、私共としましては是非とも転生のお手続きをして頂きたいのです。勿論、地球に再転生も可能です。いかがでしょうか?」
「…私はもう死んでいるっていう事実は本当なんですか?」
「厳然たる事実でございます。証拠といたしましては、ここ神庁は現世と切り離された空間に存在しており、肉体を持ったままでは入るどころか認識すらできないのです。」
(…そうか。私は死んだんだ…。)
普通ならここで脳裏に両親や友人、恋人などが出てくるのだろうが、私にはそんな存在などいない。両親はとっくの昔に他界している。友人・恋人など、生活のすべてを仕事に奪われていた私にはいるはずもない。ならば、答えは一つだ。
おばちゃん、いや、山村さんの顔を見て私は決断した。
「分かりました。私、異世界に転生することにします。」
死因なんて適当でいいんです。