第7話「大魔道士フェンリル」
「大魔術師フェンリル、この街の郊外にはそう呼ばれていた魔法使いがローゼンフェリアという一人娘と住んでいたのです、彼女は十数年前に知能を持った魔物が国を攻め滅ぼそうとした際に起きた戦役で活躍した何人かの英雄の1人だったのですが、元々の性格が社交的でなく孤高を貫く所があったようで、この国の枠組みにも属さず郊外に広い屋敷を構え、魔術の研究に没頭していたのです······そしてある日、彼女の屋敷のあった場所にあの塔が立ちました」
「パッセちゃんやソラちゃんの言っていたみたいにいきなり突然? あの巨大な塔がいきなり?」
目をパチクリさせる真愛。
ソラはコクリと首を立てに振る。
「はい、城の天体観測官によると真夜中に赤い光の柱が天より飛来して、あの場所に立ったと」
「んなバカな? 魔法はそんな事まで出来んのか?」
「この大陸を代表するような大魔術師フェンリルならばわかりませんが、あそこまで巨大な物をいきなり建てたり、召喚する魔法は私は知りません、でも彼女は何年も魔術の研究に没頭していたし、娘のローゼンフェリアも幼いながらも優秀な魔法使いという評判でしたから、いや或いは······いえ、でも、普通はあり得ない筈なんですけど」
大河が呆れ声を出すとソラは答えに窮する。
魔法の存在する世界といえども、出来る事には当たり前に限度があり、あのような巨大な塔をいきなり建てたり、召喚するというのはソラは知らないという事だ。
「魔法使いの娘さんがいるという事はそのフェンリルという魔術師はそれなりの年齢なの?」
「彼女は屋敷を郊外に構えていた時も生活必需品は商人に余分にお金を払って運ばせていたらしく、街の人間も彼女を殆ど見たことがないんです、でも商人の話によると娘のローゼンフェリアは十代前半に見えるのに、フェンリルも二十代半ばにしか見えない若々しさだったらしいです」
「魔法で若返りしてたんじゃねぇか?」
「お兄ちゃん、ふざけないの!」
苦笑する大河を注意して真愛はさらに聞く。
「書類上の年齢は? 国で住民の年齢は管理しているんでしょ?」
「彼女の素性は不明な点が多く、住民管理の書類は役人や軍人は詳しく記載されますが、その他はいい加減な所も多くて不正確です」
「そっか」
真愛はショートポニーテールの後ろ頭を掻く。
現代社会ですら正確な戸籍が得られるのは先進国くらいであるから、この世界でその正確性を求めるのは無理という物だろう。
「そして······塔が建って二日後、フェンリルからこのシュティエルテル王国を纏めるアルファンス王家に宣戦を布告する書状が届き、沢山の魔物達がこの街に攻め寄せてきたのです」
「あ、この国はシュティエルテルっていうのか、確かにこの街も」
「え? はい、この街の名前もシュティエルテル······この国で広く信じられている女神様のお名前ですからね、この国の名前にも首都の名前にもなっていますね」
首を傾げた大河にソラは答える。
「お兄ちゃん、私たちの世界でも国の名前と首都の名前が一緒の所はあるよ? シンガポールとか、モナコとかさ」
「お、おう、そうだな、珍しくはないのか」
真愛の説明に大河は頷く。
多分、ピンとはきていないのだろうが重要な所はそこではないと真愛はソラを見る。
「フェンリルが宣戦布告という事は、魔物を差し向けてきているのも彼女という事だよね?」
「調べによれば彼女の魔術研究には魔物に関するものも多く、独自のそれは他の魔術師の追従を許さないとされてますから、彼女は魔物を付き従える魔術を獲たと言われています」
「それでこの国を我が物にせんと反旗を翻したと」
「ええ、のちに何度か大きな防衛戦があり、それに反撃する為に先程言ったようにフェンリル討伐が決定されて3回の討伐隊があの塔に入っていったのですが·····討伐隊はほぼ全員が帰らず、形勢が大きく不利になってしまい政府はここから西に少し離れたシェールフェンという街に首都機能を移転させました、それが2週間ほど前の事です、それから私達は残された住民達でここを守る為に武器を集め、地区ごとの防衛隊などを組織してどうにか魔物の襲来を防いでいます」
「何度聞いてもひでぇ話だぜ! とっとと政府の奴らが逃げちまうんだからな」
大河が肩をすくめながら毒づく。
「政府は住民にも避難勧告を出し、シェールフェンに住居を用意するなどをしています、でもそれに反対したりやここに残る事を選択した人達、そしてこの街から出る事が出来ない人達が力を合わせて街を守っているという状態です」
経済的理由、家族的な理由、フェンリルへの反抗心、街への思いや政府への反感。
魔物の襲来を知りながら街に留まる者達の理由は様々だろう。
だが正規の戦力を失っても二週間街を守り通しているという力は決して小さくはない。
「みんな、必死に頑張っているんだね」
真愛の素直に出た言葉にソラはコクリと首を縦に振る。
「今の状況は何となくわかったよ、それでパッセやソラのいう俺達が勇者云々という話は?」
大河の問い。
「それは古くからの言い伝えです、街が平和な頃はもちろんあまり知られてませんでしたけど、フェンリルによる侵攻を受けた頃から、街が天を衝く者達から侵されんとした時、東の草原の六の丘に勇者が降臨、天に向かって進撃して侵略者を打倒し頂より帰っていく、という言い伝えがあった事を街の一部の老人や伝え聞いていた子供達が思い出して、きっと勇者様がこの状況から助けてくれると街中のみんなに話して流行り、心の支えになってきたのです」
「私が聞いたのはソラさんのとは少し違って、天に向かって仲間を率いて集結して、という言葉が入るんですけどね、あとは同じです」
ソラが勇者の言い伝えについて説明すると、傍らのパッセが付け足す。
「何で内容が違うんだ?」
「お兄ちゃん、それは当たり前でしょ? ここで私とお兄ちゃんが桃太郎さんの童話を話しても流れはだいたい一緒でも、一言一句全部が一緒にならないでしょ? 伝えられたりしてきた話は文章に残していても口伝でも少しずつ変わるのが当たり前だよ」
「あ、そういう事な」
「それで私とお兄ちゃんがいたのが?」
「はい、あそこが草原の六番目の丘と呼ばれる場所なんです······普段はあまりいかないんですけど、最近は街から近い丘の山菜はみんなが採っちゃってて、たまたま遠出をしたんですけど、良かったです」
「それでパッセちゃんは予言の通りと私達を勇者さまと呼んだんだね?」
「そうです」
パッセの笑顔。
たまたま運が良かったという事か。
パッセがいなければ自分達はこの街に着かなかったかも知れず、まだ二人はどこかをさまよい歩いていたかもしれない。
「そこまで言い伝えの通りという事は俺たちは勇者さま確定、って事なのかね?」
「そう思いたいです、そうなれば街の人々も士気が上がりますし、それが伝われば王族や軍も考えを変えるかもしれません」
冗談づく大河に対してソラは真顔だ。
自分たちの住む街を守れるか守れないかの中で現れた希望が大河達なのだから。
「あ······でも、まだ街の人には私達の事は言わない方がいいよ、さっきも言ったけど私達にはこの世界で役に立てる確証がないもの、ぬか喜びをさせて大して役に立ちませんでしたじゃ私たちはともかくソラちゃんやパッセちゃんが責められるかもしれない」
控え目に手を上げる真愛。
態度は控え目だったが、この意見はかなり強く主張したかった事だ。
理由は裏表なく口にした通り。
「わかりました、真愛さんや大河さんには失礼ですけど······パッセ、みんなにも聞かれたら近くの村からのお客様だ、と」
真愛の提案だというのにソラが申し訳なさそうに同意してパッセにそう申し付ける。
「なに、俺達がもし役に立てて、状況がマシになりゃ自然と街の奴らも元気が出てくるさ!」
そんな確信はない。
むしろさっきまで知りもしなかった世界で、観たこともない魔物相手に自分達がどこまで役に立つのだろうかは疑問でも大河はそう言ったのだろう。
「そうだね、きっとそうだよ、何かの役には立つように頑張ろうよお兄ちゃん」
「お二人ともありがとうございます、私も精一杯フォローさせてもらいますから、宜しくお願いします」
真愛は大河に笑うと、ソラも笑顔を見せる。
「ところで、魔物ってヤツだけどさ、どんな奴等かだけでも教えてくれないか? 話だけでも聞いておきたいんだけどな」
大河のその言葉に、
「大河さん、真愛さん······あと数時間もすれば陽が落ちます、そうなればお話するよりも観られた方が早いと思います、それまで部屋を用意するからお休みください」
ソラは笑顔をまた真顔に戻し、二人に頭を下げた。
続く