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第6話「二人の理屈」

 目の前に現れたソラという少女は映画かアニメかというような絶世の美少女。

 しかし······二人が大河の言っていた様にパッセについてきた理由は状況をより良く理解し、出来れば協力が得られるような大人の存在を求めていた事もあり、そこは期待外れではあった。


「あなた方が勇者が降臨する丘に現れたというお話はパッセから聞きました、まず詳しくお話がしたいので、座ってもいいですか?」

「も······もちろん!」


 ここはソラ達の施設だ。

 それでも律儀に座る許可を得るソラに真愛はコクコクと頷き、大河と目を合わす。


『この街の有力者みたいな街の人と話せればベストだったけど、年齢の割にしっかりしていそうだし、まずはこのソラちゃんと話をしてみるのは良いんじゃないかな?』

『そうだな、任せた』

『······この!』


アイコンタクトで大河との何となくの意志疎通をした真愛。

 任された事に真愛は顔をしかめたが、二人の正面に座ったソラを改めて見る。


『あ~、やっぱりこの娘キレイだな、多分何もお化粧もしなくてこれなんだよなぁ、いやいや私もまだ高校生だぞ!? ほぼ素っぴんなんだから!』


 正面から見据え、改めてのソラの美貌に年上の同性として、妙な対抗心が浮かぶが······


『いやいや、今は訳のわからない世界で勇者さまとか言われてる状況なのに、年下の娘の容姿に見惚れてる場合じゃないよ』


 己の状況を思い直して見つめ直す。

 真愛の複雑な視線に僅かに首を傾げてから、ソラは真愛と大河に頭を下げる。


「良く来てくださいました、勇者さま······私達は待ってました」

「あ、ちょっとソラさん! 待って」


 下げていた頭を上げ、話を始めたソラに慌てて真愛は手を上げた。


「えっとね、まずわかってもらいたい事は私達はあなた達の住む世界とは違う世界から突然来てしまったという事なの、それもついさっき」


 先に話さないと。

 まずは己の状況説明。

 この世界の危機を救う為、士気旺盛、やる気満々で現れた勇者さまと思われるのは困る。

 真愛はやや早口で話し出した。

 

「······はい」


 ソラは頷く。


「そこの世界では私もお兄ちゃんもどこにでもいる普通の人だったんだ、まぁお兄ちゃんは常識を越えている所は多々あったけど······」

「あのなぁ」


 大河がジト目をしたが真愛は構わず続ける。


「私達はいわゆる一般人、戦いなんてした事もない、そもそも私達の居た世界ではあなた達を苦しめているような魔物なんていないから戦いなんてする必要もないんだ、だからもし魔物を倒せる勇者さまとして私達に期待をして貰っても······無理だと思うの」


 とりあえず伝えておきたい事は言った。

 真愛や大河の暮らす世界では魔物はいないが、争いが無い訳ではなく、人と人という魔物に対するよりも複雑怪奇な争いがあるがそれは今は別の話てあり、少なくとも真愛や大河は命をかける戦いをしなければいけない状況に陥った経験はなかった。

 早い話が平和な世界から来た、と言いたかった。


「······」


 その話を聞き、ソラは数秒の思考の後、細い指の両手を組んでテーブルの上に置く。


「勇者さま、本来ならば私達の住むこの世界でも魔物はそこまで多くなく、一部の生息地域や山奥などで稀に遭遇する程度でした、でも半年前状況が一変しました、外にいる時に嫌にでもお目に入ったと思いますが、この街の郊外に突然に現れたあの塔から夜になると多数の魔物達が街に攻め寄せてきているんです、このシュティエルテルの街はこの国の首都であり王城もあるのですが······」


 そこまで話すとソラはふぅと息をついて、傍らのパッセに勇者さまに何かお茶をお出ししてと指示をし、パッセはわかりました、と立ち上がり、食堂の脇の小さな調理場に入っていく。

 首都、王城。


「······」


 真愛は眼鏡のブリッジをスッと上げてから、顎に手を当てた。

 小さな街ではないと思っていたが、このシュティエルテルの街は国の首都であったのか。

 それならば街を取り囲む高い城壁も見下ろす様に立つ城の存在も合点がいく。


『なるほどね······』


 だがそう聞いてしまうと矛盾した点から推理が出来てしまう所も真愛には浮かんだ。


「でも城には人が残ってないのでは? 少なくとも正規の軍人や統治を担当する役人は極端に少ないか、全くいないのではないですか?」


 真愛の問い。

 ソラの形の良い眉と碧眼が僅かに反応した。


「······!? パッセから聞きましたか?」

「聞いてません、でも城の護る正規の兵士がまだ残っているならば、この城の守りの要であろう城門を数人の街の一般の人達が警備をしているのは腑に落ちませんでした、例え魔物が夜にしか出ないという話であっても万が一や不審な人間にも備え、正規の兵士が立ち入りをもっと厳重に管理しているというのが普通ではないのでしょうか? それにもし城に兵士や王族、役人が残っているならば、私達がこの街に入って最初に面会するのはあなたではなく、軍人か役人の方なのではないのでしょうか?」


 あくまでも推理からの言葉で確信ではない。

 管理体制や兵士などの基準自体がこの世界では真愛の推測できる常識から違うという恐れもある。

 例えるなら城門で会った武器ひとつを持ったシャツの男が城の正規の騎士であり、目の前の少女が国の丞相や大臣というのがこの世界では当たり前の可能性だってあるのだ。

 ソラの表情がやや曇る。


「······ここまでパッセに連れられてきただけだというのに勇者さまはお鋭いですね、確かにこの地は首都であり、王城もあるのですが現在は王城にはほぼ役人も軍人も、もちろん王族も残っていません」

「そりゃあ、どういう事だ? 本来なら国民を護るのが役人や軍人、王族の義務じゃねーか?」


 大河は驚くが、真愛はその答えに安堵していた。

 自分の推測が当たったことで、ここは自分の常識が全く及ばない世界ではない、色々な違いはあるだろうが思慮や推理のできる余地のある世界だという事を確認できたからだ。


「たぶん初めの方は何とか塔からの侵攻を防ごうと戦ったんだと思うし、もしかしたら何回かの遠征隊を組織しての塔への遠征も行ったかも知れない、でもそれが失敗して逆にここを守る兵力の不足を招き、王族や軍、役人、住居を移す経済的余裕のある人達は首都機能ごと別の都市に移転した、そんな感じかな?」

「仰られている通りです、3回に渡る大規模な討伐隊が編成され、あの巨大な塔に入っていきましたが、ほぼ生還した者はいませんでした、討伐隊が失敗する度に街を護る戦力は少なくなっていき、夜には街の被害が増えるという悪循環が続きました、それで王族は首都の臨時移転を決めたのです、でもなぜそれが?」


 わかったのか?

 ソラのそう言いたげな顔に真愛は笑顔を見せる。


「さっき街の全景を草原の丘から見た時、城から街の各所に伸びる通路は普通に繋がっていて、更に街に入った時に見た時も王城自体は見た目で判る程に壊された様子もなかった、という事は魔物の襲撃で王城が陥落した訳でも魔物に占領されるほどに侵入を許した訳でもない、王城が魔物に占領されたなら少なくとも街への通路は遮断する筈だから、なら王城自体比較的が無事なのに王や軍がこの首都から撤退する程に疲弊するというのは外に攻めていき、大損害を受けたんじゃないか、と思ったんだ」


 相手が年下であろうから、いつの間にか敬語でなくなってしまったが、真愛は自分の推測の理由を何とか破綻無く説明できた事にふぅと息をつく。


「御明察です」


 頷くソラ。

 推測がここまで当たったという事は気分の悪い事ではないが······


「問題はここからだね?」


 眼鏡の奥の瞳でソラを見据える真愛。

 薄いピンクの唇が白い歯に噛まれたのを瞳は見逃さなかった。

 口で答えるよりも明確な返事。

 真愛のこれまで知り得る13歳の少女よりも大人びた様子を見せていたソラの態度の綻びが事実を告げていた。

 真愛はソラがそうしているのと相対するように両手の指を組み机の上に置き、推測される事実を告げた。


「この街はもう見棄てられている」

「真愛!」


 言いすぎじゃねぇか?

 そう言いたげな大河に呼ばれたが真愛は兄に振り向くこと無く、視線をソラに向け続けた。

 見棄てられている。

 言葉が真っ直ぐすぎた。

 ソラの身体がフルフルと震え······


「その通りです! この街は国を治める筈の者達からも、護る筈の者達からも見棄てられているんです! 残された者達は毎晩、毎晩襲いかかってくる魔物達に少しずつ、少しずつ数を減らしていき······どんどん疲弊していってるんです!」


 ドンッ!

 少女の拳が長机を叩く。

 普段は絶対にそんな事をする娘ではないのだろう、隣のパッセは驚いた顔でソラを見つめていた。

 長机に降ろされた拳は震え続けている。

 やがて拳にはポタポタの少女の無念の感情を現す雫が垂れていく。


「······」


 かける言葉が思い浮かばない。

 国を治める者も護る軍隊も敵わない魔物が来襲する状況でたった二人の平和な世界から来た人間が何の役に立つのか?

 どうになる訳がない。

 真愛も思わずうつむくが······


「安心しろ、とは言わね~けどよ、泣くよりも俺達に相談事があるなら話してみろよ、元々そうするつもりだったんだろ?」


 ソラの濡れた拳に手を重ねる者がいた。


「お兄ちゃん!?」

「勇者さま!?」


 大河であった。

 ソラは涙声で驚く顔を上げ、真愛は見開いた瞳を向ける。

 大河の表情。

 さっきまでの状況を見てみよう、という飄々とした顔ではない。

 何かを決めた顔であった。


「安心しろ、までは言わね~けどソラ、俺はアンタの相談に乗るぜ、早く話してみろよ?」

「勇者さま······」


 見つめ合うソラと大河の間、真愛はそこに割り込み大河を睨む。


「お兄ちゃん、そんな無責任なことを!?」

「無責任なことなんて言ってねぇよ、困ってる奴の相談に乗ってやって、自分のやれるところまで何とか手助けしてやる、それのどこが無責任だよ!?」


 真愛に向けられる大河の真っ直ぐな瞳。

 高鳴った。

 その視線に真愛の胸は高鳴った。

 そう。

 困った相手には弱い。

 そんな男の子なのだ。


「そ、そうは言っても、魔物まで出るこの世界で戦いもなかった私達が何の役に······」


 思わず顔を背ける真愛。


「そうでもねぇかも知れねーぜ!? わりかし役に立つかもしれねぇぜ!?」


 大河は笑う。


「な、何を根拠に?」

「俺達がここに呼ばれたという事が根拠だよ、何にも役に立たねぇ、この世界を少しでもすくえやしねぇなら、何でワザワザ呼び出されるんだよ? パッセも言ってたけど、勇者の伝説の言い伝えまであって、その通りに俺達が呼び出されたなら、少しは目があるっていうのは真愛の理屈には合わねぇか? 俺はいい感じにお膳立てには合うと思うけどな、どうだ? そっぽ向いてないで真愛も手伝ってくれよ?」


 真愛に向けられる大河のウインク。

 理屈に合わない。

 偶然かもしれない、こじつけかもしれないのに。

 でも······


「······もう」


 真愛はため息をついて、ソラに向き直り、


「ごめんねソラちゃん、ここまでたくさん苦労して悩んだ貴女に私の言い方は無神経だったよ、お兄ちゃんの言うことも正しいかもしれない、とりあえずどこまで役に立つかはわからないけど、私達に話をしてみてくれるかな? あと、私たちは勇者さまじゃなくて、天城大河と天城真愛っていう名前があるから、これからはそう呼んでね?」


 と、ソラと大河の繋がれた手に自分の手を重ねるのだった。



続く


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