第37話「勇者の妹じゃない」
「おりゃあぁぁぁ!!」
気合い一閃。
イシュタルの振り放ったスリングから放たれた石つぶてに眉間を捉えられると粗末な剣を握ったコボルトは断末魔の声を上げて背中から斃れる。
「やった!」
「よくやった、でも喜ぶのは早い! 相手の数は多い、次を準備しろ!」
戦闘での初のクリーンヒットに喜ぶイシュタルに声をかけながらハヤテは鎖鞭を手に駆ける。
それに続くソラと大河。
塔内4階。
広く長い廊下で対峙したのはコボルトの群れ。
体格はイシュタルよりも小さいくらいの相手であるが数が多い、少なくとも十匹は下らない。
「それっ!!」
両手で二本の鎖鞭を振り回すハヤテ。
それが命中し奇声を上げながら弾き飛ばされる二匹のコボルト。
「どりゃぁぁぁっ!」
大河も拳を振るうが狙われたコボルトは器用に前転して躱した。
「こ、この野郎! すばしっこい! ぐっ!」
攻撃を躱したコボルトを追おうとした大河だったが別のコボルトにナイフを突き出され、切先が腿をかすめて鮮血が舞う。
「お兄ちゃん!?」
「出てくるな、真愛! これくらいは平気だ!」
「ソラ、魔法だ! 強くはないが数がいて面倒だ、魔法で一気に吹き飛ばせ!」
大河の出血に青ざめる真愛に大声で応える大河。
鎖鞭を振り回して数の利を活かしてパーティを圧そうとするコボルトを防ぎながらハヤテがソラに振り返る。
「はい!」
左手には剣、右手を顔の前にかざしてソラはブツブツと魔法の詠唱を始めた。
「邪魔させるな!」
「おう! なっ!」
ハヤテの指示で魔法の詠唱に入ったソラを妨害させない様にカバーに入ろうとした大河だったが、目の前に三匹の敵が立ちふさがる。
これではソラのカバーには回れない。
別の二匹のコボルトがソラに迫る。
「それっ!」
一匹のコボルトの肩に命中する石つぶて。
イシュタルの投擲。
先程と違い致命傷ではないがコボルトは揉んどり打って倒れ込む。
短い棍棒を手に飛びかかる残る一匹。
だが棍棒がソラに届くよりも早く彼女の左手の剣がコボルトの胸を貫き、串刺しのコボルトは剣の刺さったまま地面に転がった。
「スゴい!」
思わず叫ぶイシュタル。
ソラの右手はまだ顔の前に掲げられ、口元の詠唱は続いている。
精神集中を切らすことが出来ない状態で飛びかかってきた敵を見事に迎撃したのだ。
ソラの身体の周囲に現れ始める小さな雷電。
彼女の得意な稲妻魔法。
「ライトニング······」
詠唱が終わり見開く瞳。
だが······そこに真横から棒を振りかざしたコボルトが威嚇の奇声と共に飛びかかったのだ。
「バカな!!」
息を呑むハヤテ。
死角だった。
広い廊下を利用して戦闘中に横に回り込んだコボルトがいたのだ。
「······!!」
視界に入ったコボルトに右手を下げかけるソラだっだが、
「そのままっ!!! 止めちゃダメ!」
魔物の奇声の大きさに負けない高い声に、
「······アローズ!!」
掲げた右手をコボルトの集団に向けた。
「真愛っ!」
「イタタッ!」
知った声の呼びかけに意識を戻した真愛は肩口から胸元に走る痛みに顔を歪める。
「マナ、マナ、平気なの!?」
倒れた真愛を抱きかかえた大河と一緒に覗き込んで来るのは心配そうな表情のイシュタルだ。
「この状態ってことは······」
「ああ、奴らはソラの魔法にあらかた一掃されて残った奴等は逃げていったぜ」
「よかった」
「良くねぇよ、お前は思いっきり棍棒でぶっ叩かれたんだぞ!? ほら自分で見てみろ」
「え?」
着ていたトレーナーは脱がされ、肩口からずり下ろされたシャツ。
そこから見える肩から肩甲骨の辺りが真っ青になっていた。
「頭じゃなかったからラッキーだね、それに痛いけどまだ動きそうだよ」
痛みは感じるが見た目まで酷くない。
「気絶してる間にソラが治療魔法をかけたんだよ、それで少しはマシになってるんだよ、きっと」
「治療魔法かぁ、便利だね」
「ソラに聞いたが治療魔法は俺達が考えるゲームみたいに便利じゃねぇらしいぞ!? ちょっとした傷はともかく重傷ともなると時間を短縮して、痛みを和らげるくらいが出来る程度であっという間に治るとかはないらしいぜ」
「そうなんだ······いたた、お兄ちゃん、ちょっと起こして」
「ああ」
抱えられたまま上半身を起こされる真愛。
「やだ、ほら、ホントに真っ青だよ······このままとかイヤだよ?」
「だな、でも平気じゃねぇか? ソラが治療魔法をかける前はもっと青かったのが治ってきてる」
肩口から胸元に残る青アザをシャツの首もとを伸ばしながら見せる真愛に大河が答える。
「へぇ~それは安心······って、何をマジマジと胸元まで見てるのよっ!」
「いやいやいや、お前の怪我が気になるの当然だろ!? それにお前が見せたんだろうが!」
ヤイヤイとやり出す大河と真愛に、
「マナは好きな人に見せて色気を売れるおっきな胸があっていいなぁ~」
と、イシュタルはニヤついた。
三人から少し離れた所に立つハヤテとソラ。
「治療魔法が効いてそうだな、まだ先に進むか?」
「はい、今日はまだ時間がありますし」
ハヤテに頷くソラ。
「それにしても流石だな、天才魔法騎士と伊達に言われてないな、集中も詠唱も難しくなる広範囲高威力魔法を唱えながら戦闘をこなすとか」
「ありがとうごさいます、でも一番流石なのはあそこにいる真愛さんですよ」
「え!? 真愛?」
大河に抱きかかえられ上半身を起こしている真愛を見ながらのソラの返事にハヤテは驚く。
「パーティの後衛にいた筈の真愛さんが魔法の詠唱を邪魔しようとしたコボルトの攻撃を受けて私を守ってくれました、私達の誰も気づけなかったコボルトの行動と意図にいち早く気づいたからこそ私の傍まで来れたんじゃないですか? それも決して運動神経に優れない彼女がですよ」
「······観察力が鋭い?」
「ええ、真愛さんは初めてシュティエルテルの街に来た時に街中と外観を軽く観ただけで街の防衛状況や王家の採った方針まで当てました、観察力や推察する眼は鋭いと思います」
「なるほどね、伊達にソラよりも高い青い魔力は持ってない、と?」
「いえいえ、その観察力や判断力はもしかしたら青い魔力よりも遥かに強力な武器になるかもしれないですよ」
ソラは真愛達の方に歩み寄り始める。
「勇者の妹じゃない、もう一人の勇者······そう言いたい、そんなトコか」
残されたハヤテはそう言って肩をすくめた。
続く




