第3話「草原の少女」
この匂い。
全然嫌ではない。
むしろ好きだ。
思い出すのは幼い頃の思い出。
夏、家族で行った高原の地で大河と遊んだ記憶。
クタクタになり草原に寝転んだ時の匂い。
『くさのかおり?』
ボンヤリとした意識の中で薄目を開ける真愛。
横たわった自分の鼻をくすぐっていたのは草の穂先だった。
『地面が柔らかい······バイクにぶつけられたのに地面がアスファルトじゃないし? 身体も······』
身体のどこにも痛みがない。
身体を起こそうとした真愛だったが、それよりも先に真愛の身体は力強い腕に抱き上げられた。
「お、お兄ちゃん!?」
すぐに判った。
自分を抱き上げたのは大河。
お姫様抱っこをされた真愛は頬を赤らめながら大河の顔を見つめる。
大河は真愛ではなく唇を固く結び、正面を見据えていた。
「真夏······」
「お兄ちゃん!?」
「起きたか、ケガないか?」
「わ、私は平気、お兄ちゃんこそバイクが突っ込んできて」
「俺も平気だ、でもそうだよな、俺達はバカの乗ったバイクに突っ込まれたんだよな?」
「うん」
「じゃあ降ろすから周りを見てくれ」
「うん······えっ!?」
大河から降ろされた真愛はすぐに口元に手を当て目を見張る。
違った。
さっきまでいた筈の都会の喧騒は何もなかった。
目の前に広がる草原、高く山頂に白い物が見える連峰。
圧倒的な大自然の景色。
まるでヨーロッパのアルプスのイメージが近い。
「お、お兄ちゃん!? ここは!」
「天国······かね?」
「違うよ! 違うと思う!」
大河に真愛は首を振った。
上手く言えないがそんな感じではない。
生がある。
自分は生きている。
死の経験なんてある筈もない真愛が断言するのはおかしいが、死の感覚ではない。
「私達死んでないよ!」
「俺もそう思うぜ、なんとなくだけどな、それにな······」
大河は真愛に頷き、
「空に向かってあんなのが建ってるんだからここは地上だよな」
大河は横を指差す。
「えっ······えええっ!?」
柱!?
真愛にはそう見えた。
天に向かってそびえ立つ巨大な柱。
草原を囲む山々と比べてもそれはあまりにも大きかった。
おそらくここから距離は数キロは離れているだろうが上がどこまで伸びてるかもわからない。
雲よりも高い。
「どこまで上があるかもわからない柱?」
「塔にも見えるぜ、真愛はあんなにデカい塔か柱を知ってるか? 前に遊びに行った東京のスカイツリーなんて比べ物にもならないぜ」
「······」
答えられなかった。
本をよく読み、世界の珍しい建造物を取り扱った物も読んでいたがここまで巨大で圧倒的な建造物は真愛の記憶にはない。
「無いみたいだな、じゃあここは······」
「ここは?」
「俺達の全く知らないどこかの世界と言う事になるな、異世界とか」
「し、知らない世界?? 異世界?」
大河の口から出た意外な単語に息を呑む真愛。
その時である。
二人の背後でゴトッという音がした。
「!?」
「真愛っっ」
振り返りながら真愛を自分の背後に回す大河。
真愛も大河の背中に寄り添うが······そこに立っていたのは真愛や大河よりもかなり年下に見える赤茶色の髪の少女と地面に落とされた竹籠であった。
「? だ、誰だ?」
「お兄ちゃん、待って私が」
少女は何かビックリした顔を浮かべていた。
真愛が大河を制して前に回る。
「······」
真愛と大河を見つめて竹籠も拾わず、眼を見張る少女。
10歳くらいか。
赤茶色の髪。
可愛らしい顔立ちであるが服装はみずぼらしい布地の灰色ワンピース、靴も何かの皮を編んだ粗末なそれであった。
驚かせちゃいけない。
真愛はゆっくりと近づき、彼女の足元に落ちた竹籠を拾って笑顔を見せた。
「どうぞ」
彼女の顔立ちが日本人のそれには見えなかったので、英語で言えば良かったかな? とも思ったが当たり前だが自然と出たのは普段の言葉。
「あ、ありがとう」
真愛の笑顔に安心したのか、少女の顔にも笑顔が浮かんだ。
「どういたしまして」
言葉が通じる!
真愛も安堵しながら彼女に竹籠を渡す。
大河はさっきここが知らない世界と言ったが、言葉が通じるという事はそれが思い込み過ぎという可能性もあるのだ。
いきなり変わった周りの景色、信じられない程の巨大な塔、少女の格好から真愛もここが自分達の住んでいた世界ではないかも、とは思っていたがそれを否定したい気持ちもあったのだ。
「お兄ちゃん、この娘、言葉が通じるよ······だから」
大河に振り返りながら、まだ信じていたい可能性を口にしかけた真愛だったが、
「やっと来てくださったんですね、勇者さま!」
少女の発した歓喜の言葉に思わず顔をひきつらせてしまい、大河に苦笑されてしまうのだった。
続く