第26話「年少の美少女と酒場に行ってみよう その2」
石畳の道路を月光が照らす。
煉瓦造りのアパートメントの殆どが木戸が閉められて灯りを漏らす住居は何処にもない。
ここ数週間、毎夜のように魔物の襲撃を受けていればそうもなるだろう。
人通りもない道を大河はランプを片手に持つソラと歩いていた。
先程までは魔物の襲撃に備え白銀の軽装鎧に白のマントという格好であったソラも今は白の修道服という出で立ち。
「着替えたんだね?」
「冒険者を誘うなら鎧姿のままでも良いかな? とは思ったんですけど、少し重くて」
修道服に着替えた理由を大河が聞くとソラは言いにくそうに答える。
彼女の言うように軽装とはいえ、白銀の鎧は金属部分もあり重そうだ。
ましてそれを着るソラは体格的には13歳の少女相応の身長、体格である。
戦闘が想定されない場所に出かける時までは装着したくはないのだろう。
「あ、そういう事か、さっきまでいつ来るかわからない襲撃に備えてたんだからな、変なこと聞いて悪かったな、俺なんか見張り台の鐘が鳴ったら起きりゃいいだろうって寝てたくらいだから」
「大河様が謝ることなんてありません、私だって実は食堂に控えていたつもりがいつの間にか寝ていてパッセに起こされたんです」
「そうなのか、じゃあお互い様かな?」
「そうですよ」
大河に頷くソラ。
そんな事を話しながら夜の街を進む。
話し声と足音だけが街に響く。
20分も歩いただろうか、二人は酒場のあるという街の南地区に脚を踏み入れていた。
煉瓦造りの建物が多かった東地区や西地区とは違い、そこは木造建物が多く見える。
「なんか聖徒会教会のある西地区よりも木造の古い建物が多くて雑居感があるな、ハッキリいって治安悪そうというか」
「その通りです、フェンリルの塔が立つ前から色々と物騒な取引や如何わしい事をする店が多く、問題になってましたがフェンリルの塔が出来てからは更に治安が悪くなってるみたいですね」
夜であるから周囲の全容が見えているわけでも無いのに神聖聖徒会教会のある西地区や伝統派魔術師教会のある東地区とは違う雰囲気を感じ取った大河にソラは答えた。
フェンリルの襲撃で街の治安維持を担っていた筈である城の兵士や役人の大半がいなくなれば治安の悪化は当然であろう。
「こりゃ酒場の客層も期待できねぇな、さっきも話したように荒事に巻き込まれたら下がってもらって、ボディーガードの俺に任せてくれよな」
「私もさっき言いましたけど仲間を探しに行くんですよ、荒事は遠慮願います、でも大河様」
「でも?」
「どうしてもというなら私もやれますよ、大河様だけに荒事は押し付けません」
そう言ってソラが修道服の袖の部分からスッと抜いたのはショートソード。
袖の余裕のある部分をポケットにして隠していたのだろう。
「うわ、ソラは隙がねぇな! こんな物騒なの修道服の袖に隠しちゃって!」
「あの塔に金目の物を求めて入るような冒険者が集っているらしい酒場ならこれくらいは用意しないといけませんよね?」
鋭い刃先のショートソードにビックリして見せる大河に、
「さ、酒場はこの先らしいです、行きましょう」
と、ソラは笑顔のままで踵を返した。
2階建て木造の建物。
入口の扉も両開きのスウィングドア。
『まるで昔の西部劇の酒場だな』
大河はイメージ通りのそれにソラには悟られないように苦笑する。
「じゃあ入りましょう」
「ああ、俺が先にいくよ」
ソラにコクリと頷くと大河は意識して自分からドアを押し開く。
色々と伝を聞いて場所は知ってはいたのだろうがソラがこのような場所に入った事があるとは思えない、だったら年上の男である自分が先導しないといけないと思ったからだ。
もちろん元の世界では喧嘩沙汰には馴れていても学生で特に普段からの素行が悪かったという自覚も無かった大河も酒場に立ち入る経験は無かったのだか。
「······」
そこは想像通りだった。
広いホールに並べられた幾つかのテーブルにカウンター。
各々に鎧を着ていたり、ラフなシャツなスボンだけの男女が酒を呑み食事をしている。
西部劇などではこの場への新たな登場人物である大河とソラに皆が注目するのがパターンであるが、それは無く皆がこちらを見もしない。
「いらっしゃい! カップルさん? 何だか変わった組み合わせだね?」
大河より少し年下っぽい三つ編みのそばかす少女が二人を迎えてきた。
愛嬌がありそうで看板娘と言う所だろうか。
なるべく目立たないようにカジュアルシャツを脱いでTシャツにジーンズという格好の大河と修道服のソラに彼女は不思議がる。
「カウンター良いですか?」
ソラが後ろから彼女に告げると、
「どうぞ」
看板娘は二人をカウンターに通す。
カウンターの向こう側にはこの店のマスターであろう細身の中年男がいた。
彼はカウンター越しの椅子に座る大河とソラには特に挨拶もせず、注文が入ったのだろうか料理を続けている。
『さて······この中に俺達の仲間になってくれる冒険者とやらがいるか? 命知らずの人間達の方がモンスターよりも怖い、っていうのはアリかもなぁ』
大河はある意味モンスターと対峙するよりも厄介かも知れない緊張感に息を呑みながら店内の冒険者達を見渡した。
続く