第2話「少女騎士」
混乱と喧騒。
剣戟と悲鳴。
夜の街は地獄の世界。
翼の生えた魔物達の飛来に立ち向かう者達。
自分の居場所を、家族を、生活を。
護るものは各々であるが、その為に賭けるのが命である事は変わらない。
「奴等この間よりも増えてる! こっちはこの間よりも少ないんだ、まずいかも!」
乱戦。
夜空を乱舞する翼の生えた魔物達にショートソードを構える十代前半の少年が叫ぶ。
武器は持っているが防具はなく、粗末なシャツにスボンという格好。
周りで闘っている老若男女達もそれは変わらず、中には酪農で使うフォークで魔物と向き合っている者すらいる。
「勝てるのか、これは?」
「勝ち目がねぇから城の奴等も殆ど逃げちまったという話じゃねぇか!」
ざわつく者達。
三匹の新たな魔物達が街の石畳の路に降り立つ。
翼を生やし剣に盾を持つ二足歩行の獣人。
「リザードマンだ!」
相当な強敵。
ゴブリンやオークならば、少年や女性や老人達でも武装さえして集団で対処すれば倒せるが、リザードマンとなると簡単にはいかない。
「逃げ腰になるとかえって追い詰められる、怯まずに闘いましょう!」
少年が周りの者達を励ますが、それで強敵に立ち向かえる訳ではない。
爬虫類特有の無表情な顔の三匹のリザードマンが前進してくると、ジリジリと下がる住民達。
「ええいっ!」
このままでは······少年がショートソードを握りしめ彼等に向かおうとした時だった。
突如飛来した拳大の火球が先頭のリザードマンの顔面を捉えて爆発、顔面を焼かれたリザードマンは呻き声を上げて仰向けに倒れる。
「ヴィスパー! みんな、単独で闘っちゃダメ! 常にみんなで力を合わせるの!」
「ソラさん!」
高い少女の声にヴィスパーと呼ばれたショートソードを持った少年や住民達が歓喜の声で振り返る。
近くの民家の屋根。
そこに立っているのは白銀の軽装鎧に白のマントをした少女。
金髪を両方の側頭部から長く垂らし、手にはヴィスパーの持っているショートソードような安物ではない鎧と色の揃った白銀の柄の剣を持っている。
白い肌に大きな蒼い瞳、高めの鼻に薄い唇。
年の頃はヴィスパーと変わらず、この争乱の中で闘うにはまだ幼く見えるが、その美しさと凛とした態度は周囲の目を引く。
残った二匹のリザードマンも目の前のヴィスパー達から、屋根の上の金髪の美少女騎士ソラに向き直る。
コボルトやオークと違い、彼等には羽がある、屋根の上のソラも射程外ではないのだ。
「ソラさん、危ない!」
「はっっ!」
ヴィスパーが叫ぶ。
ソラは自分から屋根から飛び降りた。
その動きに反応して飛び上がろうとするリザードマン達とソラは空中で交差する。
「つぅっ!」
ややバランスを崩して、落下しながらも石畳の上を回転して立ち上がるソラ。
宙に舞った二匹のうち、一匹が胸板から血を噴き出して頭から落下した。
「いくら翼があったって、飛び立つ瞬間はスピードは出ないし浮力も乗らない、狙えば斬れる!」
リザードマン達が屋根の上の自分に目標を変え、飛び立つ瞬間を狙い飛び降り、一匹の胸板を斬りつけたのだ。
「やったぞ、ソラちゃん!」
「さ、流石は13歳で神聖修道会の騎士見習いになっただけはある」
沸き立つ住民達。
あっという間に二匹。
予想外の乱入者の速攻に空に浮かんだまま動きを止める残る1匹のリザードマン。
その思考など思いもつかないが、傍らで見ていたヴィスパーには仲間二匹を瞬時に倒された驚きと戸惑いの数秒にも及ばない思考停止。
だがソラはそれを見逃さない。
ヴィスパーや他の住民達相手なら今リザードマンが位置している空中はほぼ安全地帯であるが······ソラが相手では違うのだ。
「······従いたまえ! 燃え尽きよ!」
略式短楷詠唱。
宙に向けたソラの手の平から拳大の火球が放たれると、それは凄まじいスピードでリザードマンの胴体を直撃し、呻き声と共に炎に包まれた怪物は石畳の通りに落下して絶命した。
「ふぅ······」
息をつくソラに駆け寄るヴィスパーを中心とした住民達。
ソラは周囲を見渡す。
街中からいつしか剣戟もまばらになっている。
「奴ら、引き上げたね······」
「流石です、ソラさん!」
笑顔のヴィスパーが駆け寄るが、ソラは顔には安堵はなく、
「今日はみんな大丈夫?」
神妙な顔つきでヴィスパーに聞く。
その質問に笑顔を曇らせヴィスパーが後ろの住民に振り返ると、
「パン屋のザクソンさんと息子さんがやられちまった、家族に報せにいかないと」
俯いた住民が答える。
相手を撃退したは良いが犠牲は出た。
落ち込む周囲の住民たち。
「神聖修道会の責務です、私がザクソンさんの家族に報告しにいきます」
剣を腰の鞘に収めながらソラは答えると、
「こんな事はいつまでも続けられない、あれをどうにかしないと······私達は持たない」
唇を噛み締めて、街の北側を振り返り睨む。
13歳の少女がするには余りにも殺気が過ぎたその瞳には……まるで街全体を見下ろすように天まで届かんとする程の巨大な塔の影が月明かりに照らされ映っていた。
続く