第17話「第一回討伐」
巨大な塔の麓。
その壁に開けられた穴の前に四人は立つ。
「じゃあ入ります」
ソラに促されると、大河、真愛、イシュタルの三人は緊張気味に静かに頷き、パーティはいよいよフェンリルの塔に脚を踏み入れた。
外に比べてヒンヤリとした空気の冷たさ。
「灯り要るな」
「任せて下さい」
まだ外からの光が差しているが奥はもう暗い。
大河の言葉にソラは短い魔法の詠唱を終えると、手に浮かんだ光の玉をスッと空中に放る。
「明るい!」
声を上げる真愛。
自分たちの世界の居間の電灯とまでは言わないがトイレの照明くらいの光量は十分にあった。
周囲を観察する。
通路は通常の学校の廊下より少し広い程度、高さもそれくらい。
壁の外の壁と同じで知らない材質。
「ここから進めば、奴らは出ます、行きますよ」
「いくぜ」
進み始めたソラに並ぶ大河。
真愛とイシュタルはその二人に慎重な足取りで続くのであった。
豚顔の首が飛ぶ。
槍を持った残された身体は膝をついて沈む。
煌めく雷鳴。
ボンという爆発音にもう一匹のそれは身体を激しく震わせた後で後ろ向きに倒れる。
「ふぅ」
各々が倒した二匹の怪物を見て揃って息をつく大河とソラ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「スゴい魔法だねぇ、流石はソラ!」
真愛が大河、イシュタルがソラを労う。
石畳の廊下の続く塔内。
塔に入って数時間。
その間に現れた数匹の怪物達は大河の光る拳と格闘、ソラの剣と魔法の前に倒されていた。
たが······
「私、全く意味をなしてない気がする」
「もしかしてワタシ役に立ってない?」
真愛とイシュタルに浮かぶ杞憂と不安。
塔内に入って初めに現れたスライム、街でも戦ったオークやリザートマンという怪物達に二人の用意したスリングショットや棒という攻撃方法は効果を発揮していなかった。
イシュタルのスリングショットは戦闘が始まると石を包んで回して遠心力の力で放ち相手にダメージを与えるというものだが、動きの遅いスライム以外にはカスリもしなかった。
動かない目標ならそれなりの命中率を上げられるようにはなっていたが、戦闘中に動きに当てるとなるとその難易度は予想よりも遥かに高く跳ね上がっていたのだ。
唯一、当たった目標であるスライムにもその粘度により石はズプッと音を立て沈んだだけであった。
真愛の棒は更に悲惨だった。
それなりに丈夫で更に自分の腕力で振れる物を用意したのだが、オークの振った大槍の前に一撃で叩き割られてしまったのである。
「どうする? マナ」
「え!?」
「アタシのスリング全然当たんないし、マナの棒は攻撃もしないうちに折れちゃったよね!? ここから先も二人だけに戦わせるの?」
ソラと大河に聴こえないように耳打ちしてきたイシュタルに真愛はう~んと唸ってしまう。
「マッピングによるとここが一階だとするならもうかなりの部分を歩いている筈なんだけどな」
ソラに用意してもらった粗末な薄茶色の紙に棒状にした鉛を木片で挟んだ即席鉛筆で書いたのは、ここ数時間歩いた所を真愛が書き込んだマッピング。
失敗した遠征軍の僅かな生き残りからの情報で塔内は迷路状になっているという聞いていたので迷わないように簡単ではあるが書いていたのだ。
真愛とイシュタルは地べたに地図を広げてペタンと座り込む。
新たにマッピングをするのと単純に疲れていたからだ。
「遠征軍は地図を作成してなかったのか?」
真愛とイシュタルが広げていた地図を覗き込んでくる大河。
「していたみたいですけどそれは軍で機密扱いになってます、王国から出る魔物退治の懸賞金や功名心、金目の物を目当てに塔内に入る者も絶ちません、それらからすると地図は喉から手が出るくらいに欲しい物に違いないでしょう」
ソラも集まってきて答えた。
「必要なものは金がかかるというわけか」
「そうです、そして私達にはそれがありません」
大河の問いに残念ながらという風なソラ。
「真愛のマッピングが合ってるならもう少しで一階はだいたい歩いた事になるのか?」
「うん、あくまでもだいたいだけど」
「じゃあ、あと少しだけ歩くか、イシュタルと真愛は行けるか?」
座り込むイシュタルの修道着の頭巾にポンと手を乗せる大河。
「行けるよ! 平気だよ!」
元気な声を返すイシュタルを観て、
『お兄ちゃん、いつもなら私の頭に手を置いてくれるんだけどなぁ、いやいやイシュタルちゃんはこの中でも一番年下なんだから仕方ないよ』
そんな事を思いながら首を縦に振る真愛なのだった。
「階段だ!!」
それを見つけたのは再び歩きだして数分後。
マッピングの未踏破の部分を潰していってすぐであった。
上階。
二階に伸びる階段がそこにはあった。
「よし、真愛のマッピングは合ってたというわけだ」
「えへへ」
大河の言葉に真愛は素直に笑う。
「よっしゃ、いざゆかん! さらなる高みへ!」
何階あるか見当もつかないこの塔で二階に上がるのに高みも何もあるかはわからないが修道着を腕まくりで階段を登ろうとするイシュタル。
そんなイシュタルに伸びた手が彼女を宙に浮かせた。
大河の手であった。
「な、なんだぁ!? なに?なに?」
「まだ行かなくていいや」
「なんで、なんで、なんでだよぉ!」
修道着の首根っこを持ち上げられながら脚をバタバタさせるイシュタル。
「ソラ、真愛、今日はもう帰った方がいいと思うぜ、ここまでだ」
大河に振り返られたソラと真愛。
二人は数秒の間瞳を交差させ、
「わかりました」
「そうだね」
各々の反応で大河の提案に同意する。
こうして初めての塔内への討伐? は意外なほどアッサリと終わったのである。
続く




