第16話「真愛、武装する」
ソラの後についてきてやって来たのは城塞都市の南側に位置する区画。
先程までいた伝統派魔術師協会のあった東区画とは違い、建物も土壁や木造の住居が多く、そして魔物の襲撃のせいか倒壊した家もあり、どこか廃れた雑居感を受ける。
その雰囲気は周囲で露店を営んでいる者や何をしている訳でもない子供達からも感じて、この辺りはどこか何かが怪しげだ。
「なんか治安的に不安になるねぇ」
「ま、まぁね······でも昼間だし」
キョロキョロして不安がるイシュタルに真愛は素直に同意した。
根拠はないが少女三人だけでは不安だ。
「大丈夫です、ここは建物は古いですけど昔からの商店が多いんです、確かにキチンと区画も整理されている東区画や私達の住んでる西区画よりは治安は悪いですけど、何かあれば私が」
ソラは二人に振り向くと、白の修道服の袖から短めのブロードソードをチラと見せる。
「頼りにしてます」
思わずハモる真愛とイシュタル。
真愛に使えるか、と聞いてきた時に差し出してきた片手用半ブロードソードと呼んでいた物。
軍が撤退してしまう様な魔物とも互角以上に戦うソラならば街のならず者くらいでは相手にならないだろう。
白の修道服二人とカジュアルシャツにジーンズ眼鏡という目立つ少女達は周囲の子供や住民達に様々な感情の視線を受けながら街を歩く。
人気のない裏道に入っていき、いよいよ昼間ながら治安の不安がありそうな住宅群に入った所で、
「ここです」
「普通の怪しいボロの家だよ?」
その中の一件の家の前で脚を止めたソラにストレートで素直な感想を口にするイシュタル。
真愛としても口には出さないが異論はない。
土壁に薄い木製板の屋根の家。
入口の扉などは一応あるだけで、イシュタルでも蹴破れそうな物だ。
「行きますよ」
躊躇なくドアを開けて中に入るソラ。
「······」
イシュタルと真愛は複雑な表情で互いを見合うがソラが行ってしまうのだから仕方がない、とそれに続くしかなかった。
「えっ!?」
ボロ屋に入った途端に眼を見開く真愛。
そこは外観とは違った。
内装などはまったく無く、燭台に照らされた部屋には石畳の床に地下に続く階段。
その脇には腰に剣を差した男が腕を組みながら椅子に座っていた。
「こんにちわ」
ソラの挨拶に男は何も答えなかったが、ソラは気にせずに階段に向かっていく。
男もそれを止める様子もない。
「な、なんだ? ここ?」
「わ、わかんない」
唖然とする真愛とイシュタルに、
「大丈夫ですから、付いてきてください」
ソラは笑顔で振り返る。
三人がランプが壁にかけられた階段を降りていくと、そこには······
「うわぁ!」
驚きの声を上げるイシュタル。
そこまで広い空間ではなかったが、色々な武具や道具が所狭しと並べられ、白髪の老人が剣を布で磨きながら座っていたのである。
「ぶ、武器屋さん? な、なんで何でもない小屋の地下にあるの?」
「それは色々と表立てない理由があるからです、大河さまは素手のあの闘い方ですから武器は必要ないと思いますけど、二人は最低限の武器は持っておいた方がいいですよ」
真愛にソラは頷く。
「で、でも私は······武器とか重たそうなものは無理だから」
「でも素手では無理があります、小さい物とか軽い物もありますから、イシュタルちゃんと見るだけ見てみて下さい、あまり高価な物は勘弁ですけどね」
朝に差し出された片手用ブレードも手に余りそうだったし、武器を振り回すのは不向きなのは自分でわかっているつもりの真愛だが、
「これだけあれば私達にも使えるものがあるかもしれないね、私もスリングだけじゃ心許ないし、真愛も幾らなんでも素手じゃ怖いよね? 私なんか真愛よりも小さいけど何か武器は持ちたいよ? 一緒に見てみようよ?」
「そ、それはそうだね」
イシュタルの言うことはもっともであり、気休め程度でも武器は持つべきだろうと頷く。
「色々とあるねぇ~」
「うん」
なんと言おうか。
真愛としては大型ホームセンターのDIYコーナーに立ち入った気分。
しかし並べられた武器が大工用具や農具とは何処か雰囲気が違うのはハッキリ解る。
これらは元の世界のホームセンターには売っていない相手を傷つけ殺傷するための物なのだから。
「おおっ、デカイ! こんな剣だったら魔物も真っ二つだね!」
「でもこんなの私とイシュタルちゃんの二人でも振り回せないなぁ、私は潰れるかも」
「そういう剣は高いんですよ、予算は多くないので勘弁してください、真愛さんが潰れちゃうような剣をイシュタルちゃんもつかえるわけないでしょう?」
「これはクロスボウって言うんだよね?」
「真愛さん、よく知ってますね」
「私のいた世界でもあったよ」
「きっと私の持ってるスリングより強いよ! 弓は私の体格じゃ使えないけどクロスボウなら使えるかもよ、買ってくれるかなソラ?」
「うーん、クロスボウ巻き上げだって大変なんですよ? もっと他のを観てからでいいんじゃない? それに予算も」
「ソラのけちーー!」
女子三人の薄暗い地下武器屋でのショッピング。
色々な武具を観ながらのまさの姦しさにも店主の老人は我関せずと武器を磨いている。
それから暫く、イシュタルが色々な武器に騒いでは欲しがり、ソラがどういう武器かを真愛に説明しつつイシュタルに諦めさせるというやり取りが続く。
『······なんかなぁ』
真愛が思い出すのは元の世界での友人達とのウインドウショッピング。
仲の良い数人の女子グループで週に一回は用事もないのに行っていた。
買えもしないブランド物のバックを観たり、派手なドレスをいつ着るんだよ? とツッコミあったり。
でも今見ているのはそんな悠長な買い物ではない。
『自分の命を守ってくれる武器なんだから扱える扱えないは別にしてしっかり選ばないと!』
真愛はプルプルと首を振ると何かを決意したように並ぶ武器達をキッと睨み付けた。
「で!?」
修道所に帰った後、買った武器を見せる真愛に大河は頬杖をつく。
「自分に扱えそうな武器がそれ、ってわけか?」
「ま、まぁね」
真愛の手に握られていたのは背丈の四分の三ほどの長さの木製の棒であった。
商品になるだけあって真っ直ぐで綺麗にやすり掛けでもされている様だが棒は棒。
「鉄のもあったんだけど重すぎて」
「だろうなぁ」
「アタシもこれ買ってもらった!」
笑顔で真愛の横に出てきたイシュタルの手にはまるで短い柄のトンカチ。
「取りあえず二人に扱えそうな物を······予算と相談しまして」
苦笑するソラ。
「まぁ、身の丈に合わない武器を持つよりはいいんじゃねぇか?」
大河はそう答えつつ、
『幼女って言った方がいいイシュタルに、完全アウトドア派の方な真愛じゃ仕方ねぇよなぁ、闘いに慣れてそうなソラとこの拳に頼るしかなさそうだな』
と、自分の拳を握り、明日からのあの塔への冒険の始まりに唇を強く結ぶのだった。
続く