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第1話「真愛と大河」

 夜の草原。

 短い草がまるで意思があるかのように強い風に揺られて波立つ。

 強い風に上空の雲が動き、姿を現した月の光が草原に立つ者の姿を照らす。

 濃い紫のフードに身を包んだその者は足元に置かれた白い箱を見つめ、両手をそれに向ける。 


「······」


 短い詠唱の後にその者が両手を開くと、開いた手の間に浮かび上がる青白い光球。

 魔力の集中による現象。

 強い風が吹きすさんできても集中を切らさぬよう、両手の間の光球に自らの魔力を込め続ける。

 1分······2分······そして。


「······はぁっ!!」


 眼を見開き、気合いをこめ光球を白い箱に放つ。

 光球は箱溶け込むように沈み、やがて白い箱が眩いばかりの光を放ち始める。

 強い魔力の集中と維持、そして放出の消耗に息を切らしていた紫フードの者であったが、


「やった······」


 そう短く呟き、改心の笑みを浮かべて天空の月を見上げた。

 

 


         ****


 土曜の朝。

 天城真愛あまぎまなはジーンズにトレーナーという格好で玄関でスニーカーを履く。

 黒髪の短めポニーテールに眼鏡。


 絶世のという程でないが、同級生の男子から人気になるくらい整った可愛らしい顔立ち。

 眼鏡は伊達ではなく、かなり強い度が入っており、それが無ければ相当不便だ。


「なぜ、私の方だけメガネが必要な程に視力が落ちたんだろう? おかしいよね?」


 そんな文句をブツブツ言いながら、真愛は玄関から2階に続く階段に振り返る。


「お兄ちゃん! 早く!」


 2階からは反応がない。

 暫しの沈黙。


「無視か、いい度胸だ、もう!」


 ふくれっ面を見せ、せっかく履いた靴を脱ぎかける真愛だったが······


「あ~、もう聞こえてるよ」


 欠伸を噛み殺しながら、2階から降りてきたのは真愛の兄の天城大河あまぎたいが

 高校生2年生で真愛の一つ上。

 短髪に180センチの中肉中背。


「遅れたらきっと煩いよ!? 知らないから」

「わかってるって、全く······なんでイベント会場で直接待ち合わせるんだよ? 空港から直接行くのかよ、アイツは?」

「だろうね、その辺の行動力普通じゃないから、外はちょっとだけだけど寒いから一枚あった方がいいね、お兄ちゃん」


 真愛は靴を履いたTシャツ姿の大河の後ろに回ると用意していた半袖の上着を着せる。


「サンキュー······しかしこの時期は面倒だぜ、暑いんだが寒いんだかわからねぇや」

「私の方も大概だけど、お兄ちゃんの服装の無頓着さは相当なものだよ?」

「かまわねぇよ、別に、ホントにたいして服なんか興味ないんだからな」


 真愛に着せられた上着のボタンを止めながら歩き出す大河。


「······もう」


 ため息をついて真愛は兄の横に並んだ。




 駅近くの大通りを歩く2人。

 一見は中々の美男美女のデート姿に見える2人だが、その間柄は正真正銘の兄妹。


「しかしなぁ、俺はゲームとか良くわかんないぜ、ほとんどやらないしな」

「私だってわかんないよ、凄いゲームのテストプレイ権だから絶対に来い、って言うんだもん······その為に帰ってくるんだし」

「全く行動力の塊かよ?」


 呆れた様に後ろ頭をボリボリと掻く大河であったが、ふと足を止めて表情を硬くする。


「お兄ちゃん!?」

「真愛、そっち寄ってろ」


 大河の顔に宿る殺気。

 真愛は背筋をビクッと震わせ、


「お兄ちゃん、また?」


 と、心配げに大河の背中に手を置く。


「天城ぃぃぃ、待ってたぜぇ! この間の借りをかえしてやるかな!」


 2人の前に角から現れたのは5人のいかにも柄の悪そうな男達。

 彼らは顔に青タンを作り、腕に絆創膏や包帯をしている。


「やっぱりぃぃ!」


 悪い予感的中と悲鳴を上げる真愛。

 一方の大河は呑気に肩をすくめる。


「この間、俺のクラスの奴等から金せびろうとしていた貧乏なセンパイ達だ、結局は······」

「お兄ちゃんがボコボコにしちゃったんでしょ!?」

「当たり、真愛は鋭いな」

「鋭いとかじゃなくいつも同じような事ばかりしてるからわかるんだよ!」

「いやいや、同じようなとは失礼だろ? 俺の喧嘩には色々な理由があってな」

「理由があっても喧嘩は······」


 喧嘩への抵抗感の全くない大河に真愛は声を荒上げかける。


「なに呑気に話してやがるんだよ! こっちが優先だろうがよ!!」


 そこに男の1人が拳を振り上げ、大河と真愛に飛びかかる。

 しかし、顔を真愛に向けたままスッと繰り出した大河の前蹴りがカウンターで顔面に見事に入り、男は一撃で失神してその場で倒れた。


「センパイ······可愛い妹との会話の方が遥かに優先っすよ」


 大河の不敵な笑み。

 こっちも見もせずに1人。

 残る4人にザワッとした悪寒が走る。


「あの······もう止めといた方が······何人いても兄にケンカで勝てる人、見たことないですから」


 天下の往来だ。

 これ以上は良くないと思い、真愛が相手に声をかけるが、


「やかましい! この女! 調子に乗ってるとお前のアニキをボコボコにした後、回してやるぞ!」


 男の1人が真愛に怒鳴り返す。

 しまった······

 天を仰ぐ真愛。

 そうしたのは自分の身の危険ではなく男の言葉に大河に対する禁句が含まれていたからだ。

 こうなるともう事態の収拾どころではない。


「ほぉ、真愛をね······真愛をねぇ」


 大河は薄笑いを浮かべて指をポキポキとならして、4人にユックリと歩き出していた。

 殺気。

 それを向けられただけで4人の相手は自分達が逆らっていい相手でない事を理解したようだ。


「この間はクラスの友人に金せびるくらいだから、手加減もしてやったんだが······真愛に手を出す、と言われちゃあ、少しは本気を出さにゃいけないなぁ」


 逃げて欲しい。

 真愛は思ったが相手の4人は互いにどうしていいかわからない位に大河1人に圧されている。

 圧倒的な力差のある獣に会ってしまった小動物が逃げるどこか動く事も出来ない状態。

 まさにそれだ。

 数の問題ではない一方的な暴力が始まる。


『止めなきゃ大変!』


 真愛はもちろん思ったが、


『でも、お兄ちゃんが私の為に闘ってくれる!』


 そうも同時に想い、クラスの女子では一番の隆起のある胸元の真ん中を締め付ける不思議な痛みの快感を覚えてもいた。




「なんで止めたんだよ!? 逃がしちまったじゃねぇかよ?」

「当たり前です、あんな大通りで喧嘩なんてさせられますかっ、大騒ぎになるわよ」


 数分後。

 文句を言う大河を真愛は睨む。

 結局、一方的な暴力は起きなかった。

 真愛が間に立ち、相手に逃げてと振り返ると4人の男達はビクッと反応し、失神した仲間を抱えて逃げていったのだった。


「まったく······」

「それはこっちの台詞、だいたい喧嘩なんかしてて遅れたら何を言われるか、責められても助け舟なんて出さないよ!?」

「うわ、そりゃまずいな、今何時だ?」

「ゲームのテストプレイの会場はもう近いから平気だけど少し急ごうか、大きなビルらしいから見逃さないだろうけど行った事ない所だから」

「ああ、そうだな」


 胸ポケットからスマホを取り出し、ゲームのテストプレイ会場のビルを確認する真愛に促されると大河は頷く。

 小走りで数分。

 最寄りの大型駅近くのオフィス街に出る。

 商業施設の多い駅ビルや商店街のある方は馴染みがあるが、オフィス街になっている方は真愛や大河もほとんど行った事がない。

 

「あのビルかな?」

「普通にでけぇな、まさかビル全部が?」

「聞いたままの受け売りだけど、テストするのは全世界でブームになってるゲームの大幅バージョンアップ版なんだって、そんなブームになってるゲーム作ったら儲かるんじゃないのかな?」


 教えられたビルが見えた。

 周囲のオフィス街のビルも数十階建ての立派なビルばかりだが、指定されたそのビルも同じくらいの立派なビルである。

 普段はゲームはほとんどせず、テストプレイ権と言われても、大河と同じく乗り気でなかった真愛だが立派な会場にテンションが上がる。


「さ、早く行こう」


 テストプレイ会場のビルの目の前の横断歩道。

 青になったのを確認して渡る真愛と大河だったが······予想外の爆音がいきなり耳をつんざく。


「え!?」


 確かに青信号だったし、危険な走りをしている車なんていなかった。

 だが、青信号で止まった筈の車列から大型バイクが真愛めがけて爆走してきたのだ!


「覚悟しやがれ! いくらお前でもコイツに轢かれたらただじゃすまねぇ!!」


 ヘルメットもかぶらずにバイクに跨がるのはさっきの男4人の内の1人だ。

 まだ諦めてなかったのか。

 顔が狂気に支配されているのは怯えさせられたのをどうにか忘れようとアルコールでも飲んだのかもしれない。


『よけられない!!』


 大河の人並外れた身体能力なら別だが、少なくとも平均的な高校生女子よりやや劣る運動神経の真愛には無理だ。

 その時······


「真愛!!」


 視界が暗くなり、たくましい腕の中に真愛は抱き締められた。


「お兄ちゃん!?」


 避けずに私を護ってくれる!?

 でもいくらお兄ちゃんでもバイクに追突されたら······いや、案外に平気かもしれない。

 怪我はするだろう。

 いや怪我もしないかもしれない。

 でも······でも······

 一瞬の中で色々と考えたが。


『嬉しい!!』


 最も頼りにする腕の中に保護された安堵に真愛は瞳を閉じたのだった




続く 

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