1章:オブスキュラ
結局、その場で立ち尽くしているのを祖母に発見される、という情けない形で僕は救助された。結局昨日のあれ、何だったんだろう。僕は通学路を歩きつつそんなことを考えていた。確かに、鏡で見たときの自分。美化するでもなく、逆に酷く見たのでもなく、あれは撲。新生活が始まるから緊張しているのかな。そう思うことにした。
入学二日目、僕は教室の座席で一人息を漏らす。バイトが始められる年齢まではあと数ヶ月掛かる。この身長で雇ってくれるかどうかも微妙な線だが。それまでは、どこか部活に入ることに決めた。とりあえず部活を見ようと校内冊子を見る。
「新たな自分をカバディ部…ない。眠気と戦え徹夜部…もっとない。新たな可能性を引き出せ、暗黒議会………………」
此処学校だよね。明らかに変なのがちらほら、色々と生徒が自由にやれる学校なのは分かった。とりあえず、きつい練習もなさそうな部活は……
部室練4階、412番教室の前に僕は立っている。映画鑑賞部に入ることに決めた僕は、部室の前に立った。見学してからでも、と思ったけど、色々と見て回るのは疲れる。それほど熱心に部活をするつもりもなかったし。
「君、もしかして入部希望の子?」
振り返れば、こちらをニコニコしながら此方を見る少女が。おそらく先輩ではある。
「ええ、実は映――――――――」
「よかったー!人が来たー!ようこそようこそ!我が部へ!」
「背中を押され、半ば強制的に部室の中に入れられる。まあ、入りずらかったのもあったし、こちらとしては好都合だったのだが……それは大きな勘違いだった。
部室の棚に置かれているのはDVDやビデオではなく、厚めの大きい本。その棚の上には『キヤノン』と書かれたケースが何個か、テレビもなければスクリーンもない。あるとすれば、有線で繋がったノートパソコンくらい。
先ほど僕を部室に入れた先輩は、棚をあさっている。長い髪の毛に、整った顔。屋内系の部活よりダンス部にいたほうが自然な気がする。その彼女は何かを見つければ嬉しそうにこちらを振り返る。
「ようこそ!写真部へ!」
彼女は嬉しそうに1眼レフをかざす……写真部?撲の頭がフル稼働する。校内冊子を見る。という行動にいたるまで、3秒を要した。よく部活の項目を見ると。
「………あ」
【映画部413番教室】
見間違えた。なんというミス。僕の脳内があっという間に反転した。
「驚いたよねーウチの写真部って私一人だしねー」
…一人?!此処まで話を聞くともう流石に「間違えました」なんて言えない。
「アハハ…」
乾いた笑いしかでない。本当に。
結局、入部届けを彼女に渡し、一人寂しく、夕暮れ時の通学路を歩く。夕日がまぶしいくらいに正面から此方を照らす。手には彼女から借りた写真のアルバムが。そもそも写真部はどういうものを撮るのか、まったく分からなかったので、参考までに見ておきたかった。アルバムをめくってみる。花や、ビル、夕焼けなど、様々な写真がある。その中で今歩いている風景と、同じ風景の写真があった。取り出してかざす。右側には住宅。左はマンションの駐車場。そして、夜明け前のほの暗さ…すっかり今と同じ…同じ?
そう、同じだった、僕が歩いていた道はこの写真と。ただ、変わってはいけないものが変わっている。正面にあったはずの太陽が真後ろに。あれほどまぶしかった夕暮れではなく。ほの暗い夜明けに。
再び後ろを振り返れば、インスタントカメラを持って満足そうに歩く、髪の長い人影の背中が。
もしかしたら誘拐なんかをされて、ここに放置されたのか、と僕は滅茶苦茶でありつつも案外ありそうな仮説にたどり着く。時刻を確認しようと携帯のフリップ開けば、時刻は朝方。ただそんなことよりもっと酷い事態であると認識した。
「…日付が昨日?」
携帯の日付は確かに機能の日付を表していた。最初時計が狂ったかと思ったがそうでもなかった。
『おはようございます!4月×日のラジオ体操のお時間です!』
聞こえてきたのはラジオ放送が流す体操番組の音声だった。住宅地から聞こえる。しかしその声が伝えた日付は昨日のものだった。
長い『昨日』の始まりだった