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8/9

少女は自分を鑑定してほしいそうです。8

 ディラーノには、ニルという妹のように可愛がっていた人がいた。

 その付き合いは古く、冒険孤児を引き取っている教会で二人は出会った。

 本当の兄妹かと勘違いするほど、ディラーノはニルの示しになるような行動を取り、ニルはディラーノの背中を追いかけていた。ディラーノの強い意向もあって、二人は離れ離れになることなく、街の中でも地位が高め家に引き取られた。

 そこで数年間、何事もなく日々を過ごしていた。そんな平穏な毎日にも変革の時が訪れる。

 ことの発端はニルだった。いつものように読み耽っていると思えば、本をいきなり閉じてディラーノに話しかけた。


「私ってダンジョンの中に捨てられてたんですよね……」

「そう聞いていたけど。どうしたんだ?」


 二人を育ててくれたシスター、キーンセがそう話していたのをディラーノは思い返す。と同時にキーンセの皺まみれの優しい表情が懐かしく微笑んでしまう。


「どうして私をダンジョンなんかに……」

「ニルが考えても仕方のないことだろ。目の前に親がいれば教えてくれるかもしれないがな」

「……お父さんやお母さんは私のことわかるんですか? まだ歩けなかったあの頃の私しか知らないのに、私もお父さんやお母さんの顔なんてわならないのに」


 俯いたニルの隣にディラーノは歩み寄る。


「ニルを捨てた。これだけでどうせロクなやつじゃない。俺たちにできることは立派に生きて見返すことだけだ」

「ディラ……いつもありがとう」

「ところで今日は何の本を読んでいたんだ? 悲しい話の本だったのか?」

「ダンジョンの本」


 ニルが本の表紙を見せる。ダンジョンのイロハのハと書かれている。どうやらダンジョンに関する基本的な知識を取り扱っていそうな本だった。


「ここに書いてあったんです。ダンジョンには理解できない機能があるって。その一つにダンジョンの中では死ねない」

「……」

「私を捨てたお父さんもお母さんもきっと死んでない。そうなんじゃないかなって。だから、ディラのお父さんもお母さんも……」

「俺の親父とお袋は死んだんだ。死んでなかったら俺を見捨てるわけない。あいつらは俺を育てきれなかったクズなんだ」

「ごめんなさい……」

「何でこんな話をした。俺を馬鹿にしたいのか?」

「それは……ダンジョンが何のためにあるのか。どういった仕組みで動いているのか。そこがわかれば私やディラのようにダンジョン孤児がいなくなるかなって思ったんです」


 ディラーノはニルの純真な瞳が辛くなり、窓の外に目をやる。雨が降りそうな曇天だった。


「ディラ兄さんや私はたまたま幸せだから目を背けているだけなんです。ダンジョンは人と人とを不幸にする。不幸せな場所です。だから不幸せということを知らせないといけないんです。だから……」


 ディラーノの頬にニルの視線が突き刺さる。


「私はダンジョンを無価値にしたいと思います。危険なことがわかれば人は寄りにくくなり、探索され尽くしたら興味が失せます」

「そんな単純なことなのか?」

「考えてみてください。今はダンジョンに潜るだけで生計を立てている人が何人もいます。ダンジョンで手に入れた装備や道具から成り立っているんです。もし、装備や道具を手に入れるのに今より危険が伴うと? 冒険者が減ることで需要が減ってしまうと? 今のダンジョンブームは脆い橋の上と同じなんです。何か小さな要因で破綻してしまいます」


 ディラーノはグドイルの街並みを思い返す。

 ダンジョンの存在で特に恩恵がある店は、武具屋、魔道具屋、道具屋、鍛冶屋、鑑定屋、宿屋、……。交通関係も飲食もほとんどの店がダンジョンから利益を、悪く言えば依存している。ニルの言う通りダンジョンの需要が何かしらの理由で落ちたとしたらこれらの店はどうなるのか。

 少し考えただけで無意味とディラーノは思考を放棄した。


「でも……いや、ニルはどうやったら無価値にできるんだ? 後先考えずに発言してないのは性格から知っている。ニルの頭には詳細な地図が描けてるんだろ?」

「ダンジョンを知りたければダンジョンに行くだけです。まずは冒険者の力を借りて実際に潜ります。体験と知識を照らし合わせをしてから、その後の道筋を考えようと思っています」

「冒険者のアテはあるのか?」

「一人は決まってます。もう一人も多分大丈夫です」

「どうせ一人目は俺、二人目はスザクさんだろ?」


 ニルが微笑みながら頷く。昔からそうだった。ディラーノはニルの頼みを幾度も聞いている。鳥が寝ているかのようなおっとりした声はディラーノをその気にさせる力がある。

 好きなおかずを渡した。

 いじめられたと言われたので年上と喧嘩をした。

 教会を抜け出して街の外に行ったこともあった。

 ディラーノがよく笑うとシスターのキーンセが言うようになったのも、ニルの頼みを聞き始めてからだった。

 断れるわけない。いや、ディラーノにニルの誘いを断る理由がなかった。


「それじゃあ、スザクさんの帰りでも待ちましょうか」


 ニルが笑顔を見せると笑窪が頬のあたりに現れる。こう言う表情の時はとても嬉しがっている。ニルと出会ってからはや十五年のディラーノの経験上、裏打ちされている事実だった。

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