少女は自分を鑑定してほしいそうです。7
「わりぃ、ピリティアちゃんが風呂でのぼせちまって……体調が良くなるまで待ってたら腹が減っちまってたらいつの間にかこんな時間に」
「まだちょっとフラフラするかもしれません……今日は早めに寝ようと思います」
スザクとピリティアが帰ってきたのは昼食を済ませてからだった。大浴場に向かってから二時間あまりが過ぎている。
「時間のことは今はどうだっていいんだ」
「もしかして、何かピリティアちゃんのことが掴めたのか?」
「……その逆だ、。全くわからなかった。この街の鑑定屋に良いエンチャントが鑑定された夫婦の冒険者、もとい普段から利用しているなんて話は一切ない」
「どういうことだ? それじゃあまるでピリティアちゃんとその家族はこの街を普段利用していないってことか?」
「それ考えられない。そうだろ、ピリティア?」
二人の視線がピリティアに向く。さっきまでは親切というか親心というかそういった優しい目をしていたのが、懐疑的な視線に変わっていた。
ピリティアはバツが悪そうに答えた。
「私は……この街に来たのは三日前が初めてなんです」
「三日前……それって俺と初めて出会った日!?」
「私の両親はダンジョンの深層に行って出てこないのは本当なんです。あの日も……。だからもしかするとダンジョンの外に出ていると思って、そこで初めて私は一人でダンジョンの外に出たんです」
『初めてダンジョンの外に出た』というセリフに、ディラーノとスザクは目を丸くした。
「ちょっとまてちょっとまてピリティア。どういうことだ?」
「ピリティアちゃん、まさかダンジョンに住んでいたってことじゃないよな?」
「ちゃんと話さなくてごめんなさい。私は最近はダンジョンに住んでいますが、元々はダンジョンの内側から来たんです」
「ダンジョンの内側? ピリティアの言っていることがわからないぞ」
「ええと、私がお父さんから聞いたのは、ダンジョンは穴と穴をつないぐ存在ということだけで、ダンジョンの向こう側には別の世界が広がっているんだぐらいしか思ってなかったです。でも数年ぐらい前から魔物が住んでいるところに現れて……そこからは追われるようにしてダンジョンで暮らすようになりました」
「つまりまとめるとこういうことか?」
ディラーノは紙にペンを走らせて、以下のことを書いた。
・ダンジョンは別次元の世界同士をつないでいた。
・ピリティアとディラーノたちは住む世界が違った。
・ピリティアが住む世界に魔物が増えたため、ピリティアの家族はダンジョンで生活するようになった。
・ピリティアの両親はダンジョンに潜ってから帰ってこない。
だが、それだけではディラーノは納得していなかった。ペンで机を小突きつつ、くぐもった声を出していた。
「ディラーノはダンジョンが他の世界とつながっているのが納得できないのか?」
「その仮説は街でも囁かれていたからそんない違和感はない。でもなぁ、どうしてピリティアはダンジョンの外側、つまり俺たちが住む方に来れたのがわからない……」
「そのことだが、私には心当たりがある。仮にダンジョンの深層がピリティアちゃんの世界なら魔物の量が少ないのは私達の世界側だろう。それに助けを呼びたいのなら魔物が蔓延っている自分の世界ではなく、こちらに来るのは当然だろう」
「仮に少ないとして、ダンジョンに丸腰の子供が魔物相手に逃げ切れるのか?」
「逃げ切れたから現にピリティアちゃんがいるんだろ」
「たしかにな……」
ディラーノが顎に手を当てる横で、スザクはひらめいた素振りを見せた。
「そうか、ピリティアの両親の居場所がわかった。ダンジョンの性質を考えると、既にダンジョンの外にいる《・・・・・・・・・》んだ」
「スザクさん、それはどういうことですか?」
「ピリティアちゃんはダンジョンで倒れたことがないから知らないと思うが、ダンジョンには排出という不思議な機能が備わっている。例えば私がダンジョンの途中で力尽きると、そこまで手に入れたものや装備をすべて失った状態でダンジョンの外、この街の近くに放り出される。ここまではわかりやすいよな?」
ふんふんとピリティアが頷いてるのを確認し、スザクは話を続ける。
「ピリティアちゃんの言う話が本当ならダンジョンは入り口が二つある。もし、外に排出されるならなぜ決まって私はわたしが入ってきた入り口に排出されるかという話だよ。じゃあ、反対側から入ったピリティアちゃんの両親は、ダンジョン内で力尽きると、ピリティアちゃんが住んでいる世界の方に排出される。だから今、ダンジョンの外にいるというわけだ」
「ダンジョンが住んでいる世界を認識しているとでも言うのか?」
「何度も排出にはお世話になっている。ダンジョン側がこちらの住む世界を認識しているのは間違ってないだろう」
「じゃあなぜ何日もピリティアの元に帰ってこなかったんだ?」
「ピリティアちゃんたちが住んでいたのが安定階層ならがあるはず。何も装備がなかったらたどり着けないのはごく自然だと思うけどな」
「じゃあ、お母さんとお父さんは今、どうしているんですか?」
「……」
「ううん……」
ピリティアの問いに二人とも答えることができない。最悪の想定をしてしまえば命を落としていることになる。かと言って無根拠に元気であるとも言えない。この場に適した無難な返事というのが存在しなかった。
いつしか、三人共に言葉が出なくなり、時間だけがただただ過ぎていく。
「何悩んでいるんだよ」
沈黙を破ったのは、今まで沈黙を貫き通していたへぺだった。ズカズカと三人に近寄ってきてカウンターを強く叩く。転げ落ちたペンに視線も向けずへペは言い放つ。
「ピリティアを連れてダンジョンに行けばいいじゃないか。スザクの力を借りれば深層の先、もう一つの世界に行けるんだろ? このチビを助けたいならそれ以上のことを考える必要があるか?」
もちろんその方法もディラーノは考えていた。考えていたが、ディラーノの口から言葉として出せなかった。
「へぺ……俺はダンジョンには……」
「じゃあディラは行かなきゃ良い。僕はスザクが連れて行ってくれるんなら行く。そしてもう一つの世界で未知のものを鑑定したい」
「へぺさん、ありがとうございます!」
「僕は僕がしたいことをするだけだ。決してチビのためじゃないのは勘違いするなよ」
「じゃあ私も賛成だな。元々、ダンジョンの深層に潜る理由が私にはあるわけだからな。きっと【火炎獅子】の連中も乗ってくれるはずだ。あとはディラーノ……やっぱりあのことが気がかりでダンジョンに行きたくないのか?」
「わかっているなら声をかけるな……。俺はもうダンジョンに行きたくないんだ……」
「どうしてなんですか?」
ピリティアがディラーノを物悲しそうに見つめていると、ディラーノは訳を話し始めた。
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