少女は自分を鑑定してほしいそうです。4
「おはようございます。って昨日のエンチャントを調べるの、夜通ししていたんですか?」
二階から降りてきたピリティアは、地下から出てきた二人と鉢合わせる。大きな黒い袋を抱えながら、なんとも重そうな足取りだったため尋ねてみると、へぺは小さく「たりめーだよ」と答えた。
「ちょっと俺らは仮眠する。飯は冷蔵庫に入っているのを適当に食べてくれ。開店前には起きるから、適当に時間を潰してくれ」
「僕は、静かじゃないと寝れないんだから音立てたりすんなよ」
「は、はい……」
ディラーノは二階へ、へペはいつもの部屋へと、それぞれ行く。残されたピリティアは一人で食事をしようと、とりあえず台所に向かった。流しには昨日だけでなく、数日分の食器が散乱していて、少し悪い意味の生活感が溢れていた。
ディラーノから食事があると言われていたので、冷蔵庫を開けてみると、確かに食べられるものはあった。
触ると手が明らかに汚れそうな見たことがない野菜
中身だと思われる液体が垂れている果実。
茶や緑に変色した肉類。
開封された同じ包装の飲物。
ディラーノ目線だとどれが食べられるかはわかるだろう。ピリティアがそんな非常識なことをわかるはずがなかい。
「鑑定が仕事だから……食べ物まで未鑑定にしておくタイプなのかな?」
そんな冗談をつぶやいたところで、食べられるものが見分けられない。焼いたら多少食べられるかもしれないと思っても、フライパンや鍋がどこにあるかわからないし、万が一火事になったらどうしようもない。
ピリティアの頭の中でもしもの考えが順繰り順繰りしてしまう。
(よく昨日はこんな中から食べられるものを選べたなぁ)
冷蔵庫を力強く閉めたピリティアは朝ごはんを水だけにする決断をするのであった。
流しにある一番キレイそうなコップを水でゆすぐ。果たして水だけできれいになるかわからないが、とりあえず手で拭い取ってみる。何も考える必要がない行為だったからか、ふと、昨日の短刀をピリティアは思い出す。
あの短刀についていた未識別のエンチャントはどうやって調べたのだろうかと。
昨日は全く気にもならなかった。が、一度気になってしまうと、どうしても知りたくなってしまう。手は無意識に動き続けていたため、コップはもう手垢でびっしりになっているだろう。
(そういえば二人とも今朝は地下にいたってことは……)
ピリティアの目線は自然と地下室の扉へ向く。まだ開店まで時間がある。となれば、ピリティアが取る行動は一つだけだった。
「よし! 調べよう!」
ピリティアは一気に水を飲み干し、扉の前へと早足で向かった。
施錠という不安がよぎったのはほんの一瞬だった。扉に体重をかけると、なんの抵抗もなく地下への道が開かれる。まるでピリティアが入るのを歓迎するかのような振る舞いに、きっと二人も鑑定について少しでも詳しくなってほしいとまで思っているのかと考えたくなるほどだった。
真っ暗な地下室の明かりを手探りでつけると、無機質な壁がまず目に入る。次に壁に掛けられた様々な工具、丈夫そうな机、冷蔵庫、件の短刀が目に入った。いざ短刀を手に取ろうと思ったが、鼻の奥に違和感を覚える。
(くさい……)
一言で表すなら悪臭だが、生臭いと言うか気持ちが悪くなりそうな臭いだった。
ピリティアは鼻で息をしないように注意しながら部屋の隅を見る。ちょうど入り口の反対側の壁の床に水が抜けそうな細長い穴。周辺にはうす赤く淀んだ液体が付着していた。そして、近くには頑丈そうな鎖が吊るされている。
脳裏に、今朝のディラーノが持っていた黒い袋が思い浮かぶ。もしかして、と地下室にあった冷蔵庫を開く。即座に閉じる。
「肉片しか入ってない……なにこれ……」
見間違いかもしれない。ゆっくり戸を開き直す。冷蔵庫を埋め尽くすような肉片、何の肉かはわからないが、部位ごとにきれいに切り分けられている。
おいしそうじゃなくてやはりか、とピリティアは納得し、地下で行われていたことを頭に浮かべる。
(まず、二人は動物をどこからか連れ込んできた。奥の鎖に吊るし、血を抜いて臓器などを取り出した後、机の上で各部位に仕分けた。水道とかもあるから、そういったことを普段からしているところなんだろう。……でもこれでエンチャントを調べることができるの? 料理のための準備とか何かのほうがしっくり来そうな……)
短刀がぽつんと置かれていること以外にこれといった情報もなく、ピリティアが望むようなエンチャントの調べ方は見当もつかなかった。しかし、一つだけ良い発見が。
「まあ、ここらへんのお肉美味しそうだから、上で調理してみよっと」
それは、冷蔵庫の中。何のどこの肉かわからないが、満足な朝食がなかったピリティアにとってはこの肉全てが赤い宝石だった。フライパンがどこにあるのかなんて心配をしていたことも忘れ、自分の欲望を満たすべく肉の塊を拝借する。
これで贅沢な朝食ができると、スキップしながら階段を登ったのであった。
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