少女は自分を鑑定してほしいそうです。
都市グドイルの近郊にはダンジョンが存在する。
正確に言えば、ダンジョンの付近に都市グドイルが栄えた。
ダンジョンは街の数より多いと言われるほどこの世界にはありふれている。一方で、道理が異なる魔物がダンジョン内に蔓延ることから多次元世界の玄関と言われ、身近な存在ながら危険視している層もいる。しかし、街で商業を営むならダンジョンは切っても切り離せず、ここ、鑑定屋もその例に漏れていなかった。
「ディラーノさんよぉ、この未鑑定品、なんか感じないか?」
「その【鉄の首飾り】がか? よくある低級のエンチャントが付与されている粗悪品なんじゃないのか?」
ディラーノは男から【鉄の首飾り】を手に取る。野太い野郎の首には入らないであろう小柄な首飾りは、どの部分を見てもサビが目立ち、商品としての価値は皆無であることを自ら体現している。特に、胸元に来るであろう装飾品は外れているため、鉄の輪っかがついているような形になっている。
この時点でエンチャントが付与されている可能性すら疑わしい。しかし、この男があえて持ってきたことを考えると、一分の奇跡でなにかしらエンチャントが付与されている可能性もある。
「もしや、中級ぐらいのエンチャントがあったりせんかな? 」
「仮に中級クラスでもあったら、身につけてすぐに実感できるレベルだ。持った所、何も感じないんだから多分、杞憂だろうな」
エンチャントはダンジョンから手に入れた装備、道具に付与される魔の集合である。このエンチャントこそが、ダンジョンが多次元世界であることを裏付けるもう一つの理由である。
この世界にも魔はある。魔法使いは魔を理想の姿に操り、火、水、光、闇の四大元素と言われる属性魔法を放つ。しかし、物に魔を付加することはできない――今後未来ではできるかもしれないが、現在の技術では不可能と定義されている。不可能だからこそ、ダンジョンから発掘される装備、道具はこの世界ではない、多次元世界由来の物であると、そういった見解が広く周知されている。
ディラーノは額につけていた無骨なスコープを目前に持ってくる。このスコープはダンジョンから算出された特別なレンズであり、肉眼では見ることができないエンチャントを視認できるすぐれものである。と言っても、良い視力かつ鼻息が当たる距離で、さらに注視してと、目に相当な負担をかけなければ見れない。しかも、エンチャントは色のついた霧のようなもので、素人が見たところで色が綺麗以外の感想が浮かばない。この霧から秘められた性能を理解するには国家から付与された鑑定の資格を持った専門家が必要である。
「ん……これは……」
「おお、やはりあったんか?」
ディラーノがレンズ越しに見た【鉄の首飾り】にエンチャントである証の霧がない。つまり、
「残念ながら低級エンチャントも付与されていない、ただの鉄くずだ」
「そ、そんなぁ」
「おそらくだが、この輪の中にエンチャントが付与された鉱石やら宝石が装飾されていたんだろう。最近多いんだ、こういうエンチャントされているものだけがない代物が」
男が満足できていない表情を浮かべながら代金を支払い、【鉄の首飾り】を持って帰っていく。残念なのは男だけでない、ディラーノも同様に浮かない顔をしていた。
「鑑定士が国家資格じゃなかったらもっと儲けていたんだけどなぁ」
鑑定で得られる賃金というのは、ほとんどの国では一定の金額で決められている。冒険者を優遇する措置として違法な金額にならないように、とのことだが、鑑定する側としてはあまり嬉しい話ではない。一応、エンチャントの有無で金額が変わり、それが希少であればあるほど、強力であればあるほど値段が高くなる仕組みだが、今回の例のように、一端の冒険者がいきなり良いエンチャントが付与されたものを持ってくるはずもない。
そのため、鑑定を営むにはある程度は太客が必要である。ギルドや、有数の実力を持つ冒険者。未鑑定品を専門にする行商など。
ディラーノはカレンダーの赤丸が書かれた日付を凝視する。
あと三日後、この街で有数の冒険者団体【火炎獅子】がダンジョンから帰還する予定である。ディラーノが最も贔屓している
多くの未鑑定品――それも運が良ければ上級エンチャントが付与されている可能性すらある、が流れてくる。というより、流れてこないとディラーノの生計は少しばかり怪しくなってしまう。
「おいディラ。さっきの客は他に持ってなかったのかよ?」
鑑定屋の奥から生意気に尖った声が聞こえてくる。ディラーノの相方のヘペだ。
「どうせ、変な行商から買って鑑定をしに来たんだろう。風貌からダンジョンを潜っている感じはしなかったからな」
「ダンジョン行っている奴からしたらそんな未鑑定品は二束三文の品ってわかるじゃん。売る側だってあたりがあるんだったら鑑定後のほうが値が上がるに決まってるんだから……。未鑑定で売るっていうのはそれ相応の理由があるってなんで気づかないんだろうね」
「まあ、俺達にすれば未鑑定品が持ち込まれてくれればどうだっていいんだがな」
「それは同感」
まだ太陽が傾き始めたばかり、そろそろ日帰りでダンジョン探索に行った冒険者が帰ってくる頃。これから忙しくなることを期待し、ディラーノが通りを眺めていると一人の少女と目があった。たまに宝石やら、宝剣やら、高級できらびやかな物を売っている店と勘違いする子供もいるため、ディラーノはとりえあず手で追い払う仕草をした。だが、少女は離れるどころか歩み寄ってきた。ちょうど受付の高さと目線が同じなため、少女はディラーノを見るために、手を付きながら背伸びをする。そして言い放った。
「鑑定をお願いします」
「……何も持っていないようだが、冷やかしか?」
「私自身を、鑑定士してください」
「はぁ?」
それが少女、ピティリアとの出会いであり、ディラーノが再びダンジョンに戻るきっかけになったのであった。
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