魔王の娘エイラム その1
魔王の娘がやってくる。
その面倒を見ろと父上に頼まれたのが俺の厄介事だ。
いや、その事自体は町全体の、特にこのダンジョンとそれを中心とした街を管理する人間たちの厄介事である。
何故ならダンジョンの真の主、魔王から直々に送られてきた直属の部下が来るのだ。
ダンジョンとその周辺を管理する俺たちにとって、言わば上の存在が降臨するに等しい。
一体何をしに来るのか?
魔王と直接取引をしている町長が「今度、娘の一人がそっちに行く」と連絡を受けただけで、理由はまるで分からない。
だが、そんな重要任務を任せられる人間が他にいないと言う事で、町長の息子である俺にその役目が回ってきた。
……単純に厄介事を押し付けられる相手が他にいなかっただけだろうな。
俺も馬鹿じゃないから、それくらいは察する事ができる。
しかし、町の存亡に関わる事なので、俺が断って他人に任せるのも正直怖いし、大人しく引き受けるしかなかった。
俺は今日の事をもう一度確認するため、屋敷の書斎にいる父上を訪ねた。
父上は相変わらず書類整理に勤しんでいる。
「それで、父上。その魔王の娘というのは何時頃いらっしゃるのですか? 出迎えとかは?」
「さあな。俺にも分からん。俺も魔王に呼ばれる時は目の前に出現した魔法のゲートを通って魔界にまで行くからな。その内、何処かから突然湧いて出るんじゃないか?」
「は、はあ……」
んな、無茶苦茶な!
しかし、突然現れるというのも事実なのだろうし、元より魔王なんかと取引をしている事自体が無茶苦茶な事だ。
今は、今か今かと来るのを待ちわびていない魔王の娘の襲来に備えるしかないか。
いきなり来ると言っても屋敷の中にだろうか?
いや、流石に魔王の娘とあろうものが、そんな失礼な事をするはずがないし、来るとすれば……
などと考えながら、ふと書斎の窓から屋敷の門を覗いてみると、そこに妖しく光る魔法のゲートが突然現れた。
「来ました、父上! 屋敷の玄関近くです!」
「おう、行ってこい。よろしく頼んだぞ」
俺は急いで屋敷の外まで走った。
初めて見たが見間違える事もなく、あれは間違いなく魔法のゲートというやつだ。
だが、今更ながら果たしてそこに魔王の娘が現れるのか若干不安になった。
「……ふぅ、ここが地上の世界かあ。なるほど、なるほど……って、うわあ! いきなり誰!?」
「貴女が魔王様の娘さん……ですか?」
「えっ!? って、そうじゃなくて、エッヘン! 如何にも私が魔王の娘が一人、エイラムちゃんです!」
ゲートから出てきた存在の見た目は若いお嬢さんで、人間と大差ない外見の女の子。
肌は褐色、髪は黒色で、ツーサイドアップのロングの髪型が似合っていて可愛らしい。
……そして、巨乳だ。
「初めまして、エイラム様。私は町長の息子のアイス・アルデヒドと申します。父である町長から貴女の補佐を行うように言われましたので、何なりとお申し付けください。以後、宜しくお願い致します」
「は、はじめまして。わ、わたくしは、エイラムと申します。お父様……いえ、魔王の命により、ダンジョン経営の視察にやって参りました。……あ、あと、こちらこそ宜しくお願い致しますです」
名前はさっき聞いたぞ、おい。
だがしかし、ダンジョン経営の視察という目的が早々に判明したのは幸いだ。
これで、こちらも何をすればよいのかある程度察しが付く。
「視察……ですか。と言う事は、こちらに何日か滞在する予定でしょうか?」
「そ、そうですわね。暫くの間、滞在いたしますわ」
「それでしたら、滞在中のお部屋をご用意致しましたので、まずはそちらにご案内しても宜しいでしょうか?」
「え、ええ。よろしくてよ」
何なんだ、魔王の娘のこの言葉遣いは?
今時、こんなのおとぎ話くらいでしか見た事ないし、本人も明らかに言い慣れていない感じじゃねーか。
だがまあ、とりあえずは屋敷内に用意した部屋に案内して、詳しい話はそれからだな。
俺は魔王の娘を屋敷の中へと案内した。
魔王の娘は物珍しいのか、屋敷内をキョロキョロ見回している。
「滞在中は、この部屋を好きに使ってくださって構いません」
「よ、よくってよ」
「それと、身の回りの世話は、こちらのメイドにお申し付けください」
「わ、わかりましたわ。あっ、わたくしエイラムと申しまして、メイドさん、その、宜しくお願い致します」
……やりにくいなあ。
こいつ、本当に魔王の娘かよ?
いや、もっと偉そうなのが来るのかと思ったらそうでもないし、喋り慣れていない言葉遣いといい、もしかして緊張でもしているのか?
「それで、エイラム様。これから如何致しますか? とりあえずダンジョン周辺の街を軽く回ってみますか? それとも、今日は……」
「街!? 行く! 行きたいッ! ……い、いえ、今から出かけますわ」
食い気味で魔王の娘が反応してきた。
視察目的で来たのだから、ダンジョン周辺の街を回るのは当然だが、ここまでとは。
「では、僭越ながら私めがご案内致します」