6話 穴・粘膜2 ★
私達は脳信号映像化に表示された無人機の現在地を追って工業エリアへと移動した。
「無人機の現在地はこの工場の真下のようだな。イージス、この工場内の調査を行う。連絡取れるか?」
リサはインカムでイージスに繋ぎ、イージスは応答して工場へ連絡を取るが、しばらくかけても通じない様子だ。
『イージス、機械製造工場、応答なし。』
「そうか…。」
リサはイージスとの交信を終え、振り向いて私達に指示を出す。
「工場からの応答がない。突入して調査を行う。何があるか分からん、戦闘準備を怠るな!」
私達はリサの指示に了解の意を示し、それぞれ武装運搬車両から電磁剣や拡張マガジンなどが収納されている「軽兵装」のボックスを下ろして腰にマウントし、アサルトライフルを取り出してマガジンのチェック、セーフティの解除を行い、人体活性化装置を起動させる。
リサも同じようにアサルトライフルとボックスを取り出してチェックを行い、人体活性化装置を起動する。そして全員準備が整ったのを見計らい、リサが先陣を切って突入し、私達も後に続いて工場内へ突入した。
工場の中は薄暗く、まるで人の気配が感じられない。この冷たく張り付く異質な空気に、私は背中に虫が這うような感覚を覚え、心音がやかましい程に響き、額に汗が伝う。
「これは…相当ヤバイ感じだな…。」
レンも緊張を隠せずに息を呑む。訓練とは桁違いの緊張感の中、工場内を歩み進むと、私の足元でねちゃりという不快な音とぬるっとした感触が靴越しに伝わり、私は思わず悲鳴をこぼして飛び退く。
「どうした‼何があった⁉︎︎」
リサは咄嗟に振り返って私に呼びかけ、他の皆も足を止める。私は足元を確認してみると、靴に透明な粘液が糸を引いて付着していた。
「あ、足に液体が…。」
ふと、私が踏んだ粘液を目で辿ると、奥の扉の向こうから流れてきたものと確認できた。
するとカエデが私に駆け寄り、私の身体を気にかける。
「大丈夫⁉︎アカリちゃん‼︎身体に変な事はない⁉︎」
「はい…特になんともないみたいです。それよりこの粘液、あの扉の向こうへ続いているみたいです。」
それを聞いたリサは目を伏せて脳信号映像化の映像をチェックし、その粘液が続いている扉へと接近する。そして私達をジェスチャーで近くまで誘導し、直ぐに銃撃を行える準備をさせる。
「この先が脳信号映像化に送られた無人機の現在位置のようだ。おそらく『E.N』が居ると思われる。準備はいいか?」
リサは私達に警戒を促し、私達は無言で頷く。それを見取ったリサは扉のパネルに手を当て、自動扉を開ける。それと同時に私達は素早くアサルトライフルを構え、リサを先頭に慎重に中へ進入する。
「ッ…⁉︎これは…⁉︎」
私は目に映った異様な光景に思わず声を漏らす。幾多もの人間が粘液の糸に絡められ、天井からぶら下がっていたのだ。
「く…やはり手遅れか…。」
この光景を見たリサは無念の意を口にするが、直ぐに切り替え、冷静に状況を整理する。
「この工場は既に『E.N』の巣にされていたようだが…しかし、肝心のターゲットが確認出来ない。カイト、イージスに検索をかけてくれるか?」
「…了解です。」
カイトはインカムに手を当て、イージスと交信する。その間、私達は周囲の探索を行っていた。
「たす…けて…たす…けて…。」
突如、探索を行っていた私の耳に、声が届く。声の方へ視線を向けると、その声の主は粘液に絡められた女性のものであった。
「隊長!生存者が‼︎」
「何⁉︎本当か⁉︎」
私はリサに叫んで報告し、アサルトライフルを地面に置き、その女性の元へ駆け寄る。
「安心してください‼︎今救出します‼︎」
私は女性を傷つけてしまわないように、人体活性化装置をダウンさせてから女性の腕を掴む。だが、その掴んだ腕はまるで氷のように冷たくて硬い。ふと、女性の顔に目をやると、白目を向いていて生気のない表情。ましてや呼吸をしている様子すら感じられない。これは明らかに死体だ。
「なッ…⁉︎」
「たす…け…ぉにゅぅるおぇ…!」
私は声を発したはずの女性が死体であったことに面食らっていると、死体の口の中からぬめっとした灰色の長いものが現れ、その先端にある口のようなものから、私の顔に向かって粘液を吐き出した。
私は咄嗟にそれを食らわぬよう、腕で顔を覆う。その隙を狙い、死体の口から伸びた灰色の長いものは一気に私の首へと巻き付き、締め上げる。
「あぐっ⁉︎」
さらに、死体の身体の中から皮膚を破って次々と長いものが触手のように伸び、私の身体に巻き付いて拘束する。
「アカリ‼︎」
事態に気づいたリサが瞬時にアサルトライフルで死体を撃ち抜き、死体から伸びた触手は怯んで私を解放し、死体の中へと引っ込んでゆく。
拘束を解かれた私は即座に態勢を整え、死体から距離を取りながら首輪のパネルに指を当てて人体活性化装置を起動し、地面に置いたアサルトライフルを回収して死体に向けて構える。
「無事か⁉︎アカリ!」
「すみません…油断しました…!」
リサの問いかけに応えていると、粘液の糸が切れ、アサルトライフルに撃ち抜かれた死体が地面に落下する。その後、死体が起き上がり、再び灰色の触手を伸ばし歩み寄ってくる。さらに、周りの死体達も次々と落下し、起き上がって身体の中から触手が現れる。
「うげぇー!気持ちワリィ‼︎ゾンビかよ⁉︎」
「ギャー!グロテスク‼︎」
レンとカエデが目の前の出来事に絶叫していると、イージスとの交信を終えたカイトが得た情報を報告する。
「…情報が出ました…。この『E.N』は餌となる生き物を生きたまま拘束し、身体の中に幼体を寄生させ、宿主が絶命した後、死体を操って餌をおびき寄せる習性を持った軟体動物型の『E.N』のようです…。」
「なんて卑劣な…!」
私はその『E.N』を怒りや復讐心を込めて睨みつける。なぜにやつらはこうも狡猾なのか。
「人の姿と言えど、あれらは全て死体という事だな。ならば遠慮などいらん。撃て‼︎」
リサの合図と共に私達はトリガーを引き、アサルトライフルからクロスファイアと無数の弾丸が放たれる。歩み寄る死体達は弾丸の雨を浴び、触手を引っ込ませて次々と倒れてゆく。だが、身体が蜂の巣にされても、手や脚を失っても、再び触手を用いて器用に立ち上がり、歩み続ける。
「ッ⁉︎死なないッ⁉︎」
私がいくら弾丸を喰らわしても立ち上がる様子に狼狽えていると、カイトが冷静に呟く。
「…寄生して操っているのなら…頭…?」
そしてカイトは死体の頭部を集中して狙って射撃する。すると死体の頭部が弾け、伸びた触手は水揚げされた魚の如くビチビチと蠢き、沈黙する。
「…予想通り。やつらの弱点は脳です…。」
「なるほど、この手の敵はどこの世界も一緒って訳か…!」
リサは軽くジョークを挟んで狙いを頭部へ変えて射撃し、歩み寄って来た死体達を次々と一蹴してゆく。
「脳が弱点か!よーし…って、うわぁぁぁぁぁ⁉︎」
正面の敵に気を取られている間に、レンの背後には死体達が迫っていた。
「ヤバッ⁉︎レンくんピーンチ‼︎うおりゃぁーっ‼︎」
レンの窮地にいち早く気づいたカエデは、咄嗟にアサルトライフルを放り投げる。人体活性化装置により強化された身体で放られたアサルトライフルはボーリングボールのように死体達をドミノ倒しにしてゆき、その隙にカエデは腰のボックスから電磁剣を引き抜き、大地を蹴って刹那の速さで間合いを詰める。そして迫りくる触手や、起き上がろうとする死体の首をまるで輪舞曲を舞うかの如く、華麗に刈り取ってゆく。
普段、陽気なカエデからは想像出来ない、見事な剣捌きに圧倒され、レンは思わずおお、と声を漏らす。
「スゲェ!カエデ先輩‼︎」
「フッ、惚れちまったかい?(ドヤァ)」
カイトは調子に乗るカエデに呆れた様子で忠告する。
「…真面目にやらないと死にますよ…?カエデさん…。」
「至って真面目ですぅー‼︎」
カエデは軽口を叩き、振り向き様に背後まで迫っていた死体を斬り倒し、電磁剣を腰のボックスに納刀する。そして投げたアサルトライフルを拾い上げ、マガジンを交換して応戦する。
すると天井から新たな死体が次々と降ってきて、起き上がって触手を伸ばす。
「チッ、キリがない…グレネードで一掃する!扉の向こうへ後退しろ!」
リサの指示で、私達は入って来た方の扉の向こうへ退避する。そしてリサはボックスのカートリッジを引き出して手榴弾を取り出し、死体達をギリギリまで引き付け、扉を通り抜けるのと同時に手榴弾を投げ、素早く自動扉のパネルに手を当て閉める。
数秒後、爆発音と共に強い衝撃が工場全体に響き渡る。その後、少し経ってからリサは自動扉を開け、部屋の中をチェックする。
「良し。うまくいったようだな。」
部屋の中を覗くと、死体達が起き上がってくる様子はない。鎮圧に成功したようだ。
小話・タイトル
カエデ「あのさぁ‼︎『崩界リージョン・ディヴィジョン』ってタイトル、なんかあまりパッとしなくない?」
レン「んー?そうかぁ?」
アカリ「領域・分断という意味ですけど、たしかにカタカナだと伝わりにくいですね…。だからと言って『崩界 領域・分断』にするのもなぁ…。」
リサ「英語にしてみるのはどうだろう。『Region・Division -The broken world-』。」
レン「おお!かっこいい‼︎」
アカリ「でも余計伝わりにくくなっちゃいましたね。」
カエデ「それに題名のカッコよさと作者の文章力の無さが噛み合わな、おっと誰か来たようだ。」
カイト「…それなら流行りに乗って、おおまかなあらすじを題名にするのはどうですか…?」
レン「なるほど…じゃあ、『地上が崩壊したので地下に進出しました。』とか?」
リサ「悪くはないが、少し説明不足じゃないか?」
レン「んー、だったら『世界戦争で負けそうだったので生態兵器を使った結果、地上が大変な事になったので地下へと進出してシェルター篭りを決意するも地上からの脅威が絶えないので防衛隊を…。」
カエデ「やっぱり『崩界リージョン・ディヴィジョン』でいいです‼︎」
終
短かったり長かったりで申し訳ないです。なるべく早く投稿できるよう頑張ります。