94:容姿端麗にして……
容姿端麗にして長寿。魔法に秀で沈着冷静。
しかし閉鎖的で傲慢。近寄りがたい高慢ちき。
嘗ての俗説を否定するその姿。
魔道杖ではなく腰に帯くのは細剣。
マナ操作と呼ぶには荒々しいマナの集約。
紫電と呼ぶには強烈過ぎる雷光。
そして怒りを宿した鋭い緑瞳が向けられていた。
「……顔と名前を覚えるのが苦手なものでね。確かメルリンドさんでしたか。どうしてここに? いつかは――」
「【烈風纏】」
静かに抜刀すると同時に発動する風魔法。
細剣諸共取り巻いたのは超高密度のマナ。
それは決して嵐の前の静けさなどではなく、初速からトップスピードの爆風。
『いつか』とは異なり、試みた対話は問答もなく決裂した。
「へっ丁度いいぜ! あん時と同じと思うなよ!」
「ダメだルスカ! くっ【重縛牢】!」
「【土薙】!」
言葉が終わるか否か、メルリンドは動いていた。
刹那、突撃するルスカの警鐘を鳴らしたのはバフの乗った視覚でも聴覚でもなく、興奮状態にある研ぎ澄まされたマナ覚。
捉えたのは脅威的な加速。
大袈裟な予備動作も地面を蹴る音もない。
縋りつく敵対魔法を置き去りにする、まるで空気の間を滑るような高速移動。
眼前に迫るは細剣の横払い。
「ッ!」
――回避
『その刃には触れてはいけない』と本能が、或いはインファイトに特化した経験がド級の警鐘を鳴らした。
不格好な体勢にも構わず、全力のスウェイ。
――避けきれない
ガントレットを掠める刃。
高硬度マナ強化材アダマンタイトをも抉り、火花に変えた。
恐るべき警鐘の正体は『ガード不能』の刃。
ただ、その火花は僅かに軌道を逸らした証。
――反撃の好機
刃を受け流した後に続くのは、懐へ潜り込み、カウンターの剛腕。
最早、体に染みついたその動作に思考は必要ない。
しかし、警鐘は止まない。
「ッ! ガフッ!」
マナ障壁を軽々と突き破る、刃を振りぬいた体勢からの回し蹴り。
くの字に折れ曲がり、後方に吹き飛ぶ。
「ルスカッ【重壁】!」
衝突は回避。
しかし、まだ警鐘は鳴り止まない。
苦痛に歪む瞳に映ったのは向けられた手のひら。
「【烈風槍】!」
押し潰すような大気の槍が襲った。
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「シェフィ」
「【風衣】【治癒】 ……気絶しているだけです」
施される応急手当。まずは無事。
しかし『良かった』と感じたのは一瞬。
共に拘束具の着けられたその姿。
痛々しく血濡れ、横たわる1人と1匹。
か弱きを甚振るなど言語道断。
土煙の先を睨み続ける瞳には何時振りかの激情が宿っていた。
いつもよりほんの少しだけ上を向いた耳がピクリと動く。
「……仕方ないね。奪還するよ」
「奪還するよ……あっ、じゃあいっくよー【天来死舞】」
「【烈重球】」
「【烈火球】」
土煙を吹き飛ばし現れたのは、ガレージロックサウンドと速攻魔法。
「【風纏】!」
魔法を構成するマナに刃を沿わせ受け流す。
それは極めて繊細なマナ操作と魔剣キューレ・ブリーゼによる妙技。
同時展開された魔法と言えど、この程度では『刃風』には届かない。
――しかし違和感
ふと視界の隅、緑瞳と紅瞳が交錯した。
それは速攻魔法の影に隠れた伏兵。
――魔法は布石
既に飛び越えようとするルスカを止める術はない。
――狙われたのは治療を続けるシェフィリア
「そいつらはおれが面倒見てやる! どけぇええええ!」
迫る剛腕。
渾身の右ストレート。
強烈な破砕音が轟いた。
◇
軌道が変わった魔法が木々に、地面に痕を残す。
その中、尚も輝く【治癒】の光。
目を向けることなく治療を続けるシェフィリアは気が付いていた。
『バシッ』と乾いた音が爆音に混じっていた事に。
「――面倒見るってのは以外に大変なんだぜ。嬢ちゃん」
受け止められた拳。
魔獣素材の装備を身にまとう壮年の男。
荒く整えられた顎鬚の口元が不敵に笑う。
「ッ! んだてめぇ!」
極近距離の左フック。
刹那、空を切る。
いや、空を舞った。
脅威的な膂力。
掴まれたガントレットが体ごと浮き上がる。
「ッ! 【鉄壁】!」
「いい反応だ」
まるでグルンと投球するかのようなフォーム。
そのまま超高速の1回転。
『ドゴムッ』と地面との衝突音を響かせ、体が跳ねた。
「ゴフッ……ぐっ【空歩】!」
小さくないダメージも、スキル発動。
逆に加速。
狙うはオーバーヘッドキック。
しかし、グンと引かれるガントレット。
逸らされ威力の削がれた足技は肩の防具を鳴らす程度。
有効打にはならない。
「がっはは。よく鍛えてるな」
称賛を贈ると同時、再度超高速の1回転。
先ほどと違うのは途中で手を離したこと。
メルリンドの頭上を飛び越えるようにぶん投げられたルスカは、2度目となる往復する形となった。
「遅かったな。ガノ坊」
「いやぁ、遠くで音が聞こえたと思ったらよ。いきなり『爆風』が真横から吹いてきてよぉ! せっかちで迷惑な風もあったもんだぜ」
そういって頭を払う。
よく見ればそこかしろに、茂みにでも飛び込んだであろう木葉が付いていた。
「ふふっそれは運がわるかったな」
「おい! 運じゃねぇだろ!」
「応急処置が完了いたしました」
治療完了の言葉。
並び立つ3名。
それまでの談笑の気配は消え、見据える者達へ向ける目は鋭いものへと変わっていた。
◇
「……『罰剣』さんですね。あなたは話の通じる人であるといいのですが」
「がっはは。あの帝国の『重力貴兵』にまで知られてるとはなぁ。俺も有名になったもんだなぁおい」
「その魔獣を引き渡してもらえさえすれば――」
「あぁ悪りぃ。交渉するつもりはねぇんだ」
遮る言葉は拒絶。
「……王国法では『獲物の横取り』と『迷宮での妨害』はご法度よ。支部長のあなたなら、知っているわよねぇ。後々問題になるのではなくてぇ?」
「かもな」
「じゃあ――」
「『捜索依頼中に拉致犯と思われるパーティを発見。抵抗したため捕縛』。以上、何も問題はありません」
「うふふ。証拠も逮捕状もなくて、そんな事ができるのかしらぁ? それに拘束具はどうするつもり――」
「――思い違いをしているようだな」
「「ッ!」」
ビリビリと皮膚を叩くプレッシャー。
喉が詰まり、冷や汗が伝う。
心臓を掴まれたような感覚が襲う。
「友を傷つけた者などに貸す耳は持たん。――恥を知れ」
「もう一度申し上げます。貴方方にいつ、どこで、何が起きようとも、『何も問題はありません』」
「がっはは。ま、簡単に言やぁ『てめぇらはぶっ飛ばす』。話はそれからだ」
これ以上の問答は無用。
喉元に切っ先が向けられる。
怒気、練気、戦気。
あらゆる戦う意志は臨界に達した。




