86:なげぇんだよ
「なげぇんだよ。逃げようったって……ど、どうした? 凹んだ顔しやがって」
「いえ、すみません。えー……赤いのが沢山出るので。前からも後ろからも」
「うっ……まぁその……なんだ……」
「あら、子供じゃないんだから、ちゃんと謝りなさいよ」
「そうよぉちゃんと謝りなさいよぉ。おぉ今のは似てたねっ」
「うるせぇ分かってる…………悪かったな」
「はぁ……それが謝ってる態度なのかしら。ごめんなさいねぇ。粗野で乱暴でバカなものだから」
「ぐっそこまで言うことねぇじゃ――」
「誰のせいで特級ポーションが無くなったのかしら、ねぇペイリ?」
「無くなったのかしらぁ? 給料1年分飛んだよねー」
「うぅ……元はと言えばてめぇが『耐性持ち』のクセにクソみたいな【耐久】だから」
「えぇ……なんか、すみません」
「これは流石に酷いわ。下劣も追加ね……」
「さいてー……人のせいにするなんて」
「素で言うのはやめろっ! あーあー悪かった! おれが悪かったよ!」
「じゃあどうするのが誠意ある態度なのかしら?」
「うっ……そこまでやるつもりは無かったんだ。すまなかった……」
「いや、まぁ町に帰してもら――」
「おるぁ! ルスカちゃんよぉ! てめぇそんなんで許して貰えると思ってのかぁ! おおんっ? ねねっシトゥこれは本当に似てるっ」
「ふふっ。そうねぇ。殺しかけたんだものねぇ」
「……じゃあ……どうすりゃいいんだよ」
「いや、別に私としては生きてるんで――」
「決まってんだろぉ! 体で払うってのが相場じゃねぇか! げへへっ」
「か、体で……へ、変なこと止めろよぉ。つーか誰の真似だよそれ! こいつは『別にいい』って言ってるじゃねぇか!」
「へぇ……甘えるなんてルスカも落ちたものねぇ。誠意というなら、まずはぁ……そのプレート脱ぎましょうかぁ?」
「うっ……くうぅっ…………ほらっこれでいいんだろっ!」
「どうかしら、これで許して貰えるかしらぁ?」
「引き締まっているのに結構……あっいや、ですから町に――」
「いいわけねぇだろうっげっへへ。次は下だぁ。げへげへっげっごっほごほっげっほ! ……これキッツイねー」
「じゃあやめろよ! 色んな意味でもうやめろよぉぉ!」
「ふふっ初心ねぇ。インナーがあるんだからチャチャっとしなさいよぉ」
「くぅ……」
「隠してんじゃねぇよぉ 誠意を見せるんだろぅがよぉぉ げひひ」
「んっ……くふぅっ……これで満足だろ……はぁあ///」
「あらぁ? 悦んでないかしらぁ? これじゃ誠意にならないじゃないのぉ ねぇ?」
「いやぁでもこれはこれで……いやいや。誠意とかじゃ――」
「しょうがないわねぇ。そうねぇ……同じように腹パンしてもらうのがいいんじゃないかしら?」
「えぇ……そんな趣味は――」
「いいねっ! それがいいよ! いいおしおきじゃん!」
「くっ……こんな弱いヤツにおしおきされても嬉しくねぇ!」
「嬉しくないから仕置きになるのではなくてぇ?」
「んっ……はぁ……仕方ねぇ……表に出やがれ!」
◇
「――さぁヤレよっ! はぁはぁ ただし、クソみてぇなのだったらぶっ殺すからなぁっ! んっ」
「だからもう誠意とかじゃ――」
「さぁ思いきりやってあげてぇ。逆に手加減すると暴れるわよぉ」
「いやいやっ! 手加減も何も私には【力】なんて――」
「足りなくて腕千切られちゃった人もいるから! 魔法でもなんでもガンガンぶっ放せぇ」
「えぇ! なにそれ?! どうしてこんなことに……くっ……『範囲』 い、行きますよ? 本当にいいんですね?」
「はぁはぁ……は、早くヤレよぉっ 焦らすんじゃねぇっ」
「えぇ……もう、どうにでもなーれ 『設置』!」
「がびぎゅっ!!!」
「えっ! 土魔法?! あー! 飛ーんだねー! 木にめり込むと、ああなるんだ。潰れたカエルみたーい」
「これが『ユニークスキル』……早い……マナの動きすら……」
「そんなこと言ってる場合ですかっ! だ、大丈夫ですか?」
「がふぅ! んふぅっ はぁはぁ ぶふぅ おしおきぃぃ///」
「あっ大丈夫だけど、大丈夫じゃないヤツだこれぇ!」
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真っ先に目に入ったのは斜めの天井と見知らぬ3人。
見渡せばどうやら森の中の仮設テントのような場所に寝かされていた。
死人が生き返ったかのように喜ぶその状況に困惑しながらも思い返す。
――衝撃と飛び散る赤黒い鮮血
慌てて腹を摩るが痛みは無い。
そして『あぁこれは拉致されたんだ』と思い至るのに時間は掛からなかった。
摩った右手に見慣れない枷のような腕輪が付けられていたから。
『それは『拘束』が付与されてるから自分じゃ取れないわよ』
『逃げようたって無駄だ。てめぇの『隠密』もこれで追跡できるからな』
『『おしおき機能』も付いてるから逃げんじゃねぇぞ。ねっトモヤーン』
『トモヤン?!』
というやり取りを経て、確信に至った。
妖艶おねえさんの『妖言』シトゥルーナ。
元気まねっこの『迷曲師』ペイリ。
そして強気ドMの『火狼』ルスカ。
最後のを除いてほぼ情報と一致する。
だから何も情報が得られなくとも推測できる。
この人たちこそが、『ゲボート帝国』の『貴族私兵』。
そして日が陰ってきたこの森は『陽光の森』だろう。
……気絶してたらまさかの出戻りだ。
◇
現状を整理しよう。
まぁ夜が迫る森に拉致されたと言っても、そう悲観してはいない。
手加減を間違えて臓器破裂させられたことを抜かせば危害を加えるつもりはないようだ。
『特級ポーション』とかっていうとんでもない高級品を使ってくれたようだしな。
俺には効果のないだろうその無駄遣いのお陰で、少しの憤りと溜飲も下がった。
さらにはトイレと言って離れている間に『ただでさえ清浄のスカーフで暑いのに、これ重てぇし蒸れるなぁ』と腕輪を弄ると普通に外れた。
『あっこれ俺に効かない系のやつだ』と装着し直すぐらいには余裕がある。
余程腕輪を信用しているのか、腰の武器も真新しいポーチも取り上げられていないしな。
この真新しいポーチは王都に向かう前に『悪い人にバレないように』とレオマルコンビに買ってもらった魔導袋。
『母親じゃないんだから』と思ったが、これは空間魔法のダミーにも使えるようにとのプレゼント。
腰に付けれる箱型ってのは中々いいセンスだ。戦服にも似合ってる。
ただ、この大きさで10万ゴル。これは流石に申し訳なさすぎる。
しかも1年契約でだ。
『契約? ナニソレ?」と聞いてみれば、こういった魔導袋はどこかの亜空間に繋がっているのではなく、貸し金庫のような空間と繋がっていて、その大きさと契約期間、果てはセキュリティによっても値段が増大するらしい。
要はその賃貸料+バッグ代+管理費で10万ゴルなのだ。
期限前に契約更新しなければ、残っていた中身は登録住所に送られ、ただのポーチに早変わり。
『ロング契約で割引』とプラン説明されている時には、ファンタジー感に対するワクワクが萎んでいった。
中の容積は1㎥もないぐらいで、生き物は入らないし、当然時間も停止していない。
完全に『倉庫』の劣化版……と思うのは早計だ。
こいつにはこいつの使い道がある。
今も中では『カブーの熟成』なんかも進んでいたりする。
そういえば、シェフィリアさんの持ってたやつは凄い量入ってたな……
あれとんでもない額するんじゃ……
◇
「優しいのねぇ。まさかあんな事した相手を心配してくれるのぉ?」
「いや、そういうわけでも……大丈夫、でしょうか?」
「いいのよぉ。放っておけば。【治癒】が効いているわ……なんだか悦んでいるようだしねぇ」
テント内では俺と入れ替わりで吹っ飛んでめり込んだルスカが寝かされている。
質量を調整したと言っても亜音速の土塊を食らって、この程度。
この世界の人々の頑強さには驚かされる。
時々艶めかしい吐息を漏らしているのはよく分からないが……
「やるのねぇあなた。『拘束』が付与されているのにあの威力の魔法が使えて、『隠密』に『隠蔽』。敵に回したくないわ」
「……帰して貰えれば、敵味方の関係になることもないと思いますよ。楽しくキャンプをして帰る、というのは如何でしょう?」
「ふふっ思いあがらないことね。拘束腕輪、もうわたくし達には攻撃できないようにしたから、変な気は起こさないようにね。もし逆らうようなら――【ひれ伏せ】」
その言葉をトリガーに腕輪がチカチカし始めた。
ナニコレ? 最早パーティグッズだ。
「……?」
「そんなっ! なぜ立っていられるの?!」
「えっ?」
「激痛が襲っているはずよ! 【ひれ伏せ】! は、早く頭を下げなさい! 魔経絡がズタズタになるわよ!」
「あっ、イタタ、イタタタ」
「ふぅ……まさか耐えるなんて……もう逆らわないことね」
あっぶねぇ何も感じなかったよ。
今のが『お仕置き』機能だったらしい。
重たいし蒸れるし光る、すげぇ悪趣味な腕輪だなこれ……
「逃がすつもりはない、ということですね」
「……協力して貰えれば考えてあげるわ」
「白昼堂々拉致しておいて『協力』、ですか?」
「それはごめんなさいねぇ。でも仕方がなかったのよぉ。『不意打ち』しか手立てがなかったんだもの」
「仕方がない?」
「そもそもあなたは何者なのかしら? ふふっ。いえ、答えなくていいわ。もう分かっているもの。数々の功績と共に、彗星のように現れた『迷宮技師』。『神獣に助けられた』、『ユニークスキルの使い手』なんて噂が流れているわね。でも、どうして名は売れているのに、詳細な情報がないのかしらぁ?」
え……なんか大袈裟な芝居が始まったんだけど……
「クランにも所属していないようだし、幾度ギルドに問い合わせても、指名クエストを出しても門前払い。ペイリの『演奏スキル』でも『故郷に帰る前に手土産で帝輝龍を狩る』なんて情報しか出なかったわ」
かっこよく顔を覆っていた右手が俺に向けられた。
「――あなたは、国家機密並に情報規制されているっ」




