84:こうして出歩くのも
「こうして出歩くのも久しいな。シェフィ?」
「4日振りです。メル様」
「我にもそれくらい分かっている。これは皮肉というものだぞ」
「えぇ。私にも分かっておりますよ。依頼の合間に脱走しようとしたことで掃除する場所が増えたのですよね」
「ぐっ……それにしたって校舎の天井が広すぎたのだっ」
「そういうことにしておきましょうか。砂防工事も含め、みなさん感謝されておりましたよ。それにお似合いです」
それは学生達によって装着された可愛らしいシュシュとツインテール。
いつもは後ろで編み束ねている長い髪が今は2本に纏められ、歩くたびにぴょこぴょこと跳ねている。
「ま、まぁそれは……悪い気分ではないが……まだロンメルにいてくれるだろうか」
「王都行2時のバスなので、お見送りはできるでしょう」
「そうか。ではすこし急ごうか」
「急いでもロンメル行の出車時刻は変わりませんよ」
「こういうのは気持ちが大事なんだぞ。シェフィ。ん……そういえばなぜ2時のバスだと知っているのだ?」
「っ! ……王都に行くのであれば、まずは夕焼けに彩られた城塞、と伝えてありますので」
「ふーむ」
「な、なんでしょうか」
「そう言った事にも興味があったのかと思ってな。確か『これでメロメロ! ロマンチックな王都観光』に同じ事が書いてあったなと」
「な、なっ! たまたまですっ! 王都城塞の夕日は有名ですからっ」
「ふふっ。そういうことにしておこうか」
「もうっ早く行きますよメル様!」
「出車時刻は変わらないんじゃなかったか?」
「こういうのは気持ちが大事なんですっ」
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巨大な日時計のように影を回す鉄塔。
時間帯によって暗くなる周辺の店舗や屋台には灯りの魔導具が設置されている。
どこか武骨で、それでいて茶目っ気がある。
それは迷宮都市に生きる者達の逞しさを表しているように感じられる。
「ねっせんぱい! これがオーガバイコーンの鬣だよ! 言った通りすっごい黒いでしょ?」
多くの冒険者が行きかうメインストリートを外れても、洒落たレストランやブティック、怪しい魔導具や毒々しい食品店なども軒を連ねる。
特に魚を取り扱う屋台は羽のある魚や足のある魚?、そして骨だけのイカ?などが目を楽しませてくれる。
こうして道を歩くだけでも楽しく、時間を忘れて散策したくなってしまう。
「……ニセイカモドキ。唐揚げ」
初めて訪れた時に手を引かれて制された鮮魚店にも足を延ばす。
今回は制されることなく、逆にあちこち引っ張られてしまった。
「「……」」
南西に位置する駅。
これは駅というよりは、空港のターミナルって感じだ。
各大都市へ向かうバスやトラックが引っ切り無しに出入りしている。
そして目を見張るのは飛竜便なんていう魔獣運送。
人や物を乗っけたカーゴを飛竜が吊り下げて飛んでいくド迫力の移動手段。
数日に1度あるかという激レア離陸を見るために集まったマニアの方々も歓声を上げる。
流石にバッサバサ上下する頭や背には乗れないようだ。
男のロマン、竜騎士にはなれそうにない。
……残念、これは非常に残念でしかたない。
すぐに小さくなっていく姿はいつか森で見かけた鳥のような超高速。
遠くに見えたあれは魔獣運送だったんだな……
「それじゃあ、ここで」
「……」
笑顔で送り出してやろうという心遣いには気が付いていた。
近づくにつれめっきり口数が減っていたのも気が付いていた。
ただ、ここまで感情を露わにするとは思っていなかった。
振り返ったその金色緑色の瞳とスカイブルーの瞳には、今にも零れそうな涙が浮かんでいた。
「……いつ帰ってくるの?」
「いやぁ……それは……ごめんなさい。分からないですね」
「……その時は連絡、して……うぅ」
「レオ……あーもうだめ……ぐす……我慢してたのにぃ!」
俯き静かに零れる雫が草色の石畳みを濡らした。
「……コイズミさんのお陰」
見つめる手首には7級の冒険者の証。
それは目標まであと一歩という印。
「やっぱり努力の結果だと思いますよ」
「……ううん。『ダンドリハチブ』。努力の仕方を、教えてくれた」
そこには頼もしさすら感じるオッドアイの瞳。
涙の浮かぶ瞳の奥には、いつかの危なっかしさはもう何処にもない。
きっとすぐに目標を超えていくだろう。
「あたしも夢を諦めないで良かったのも、こうしてレオとパーティ組めたのもせんぱいのお陰だよ。ぐす……すごい楽しかったっ! うぅ……せんぱいっほんとのほんとにすごい楽しかったんだよ!」
「えぇ私も、楽しかったですよ。この剣は大事に使いますね」
「天才魔剣鍛冶の最初の剣って……プレミアが付くかも知れないんだから……絶対いつかあたしが助けてあげるんだからね……ぐす」
助けてもらったのは俺の方だ。
次々と思い浮かぶ冒険の情景と届けられる感謝の言葉。
だめだ。これ以上は泣いてしまう。
「名残惜しいですが、これで失礼しますね」
「……絶対連絡して」
「いつでも剣直してあげるからね」
なでなでを終えた後、王都への一歩を踏み出す。
決心が鈍らないように振り向かない、それと涙を見られぬように。
知らない場所に赴くワクワクとほんの少し不安。
新しい釣り場への期待とほんの少しの寂しさ。
入り混じるそんな思いが足取りを少しだけ軽くしてくれる。
静かなグロイスも騒がしいロンメルもどちらも素敵な場所だった。
それは素敵な仲間が居たからそう思えたのは間違いない。
王都でも気のいい人々が……
――何かおかしい
不意に感じたのは違和感。
騒がしいロンメルでも特に騒がしいはずの駅の入り口。
これは……静か過ぎる。
――声が消えた?
談笑の、雑談の、別れの声がしなくなった。
すぐに見渡せば皆その場に立ち止まり、虚ろな目をしている。
『バタッ』
そして急に大きな音を立て倒れこんだ。
「なっ!」
何が起こった?
そうだ、2人は?!
――なんでてめぇは寝てねぇんだ
『ドグッ』
感じたのは衝撃と熱さ。
『ゴボォッ』
見えたのは自らの口から逆流する赤黒い液体が飛び散る地面。
聞こえたのは凡そ人の体からでる音ではないような破砕音と誰かの言葉。
そして意識が途絶える刹那、遠くにリュートの音色が聞こえた気がした。
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「遅くなってしまった! 間に合うだろうか?」
「まさかグレボアの群れが出るとは」
屋根を走り、壁を走り、軽やかに人込みを抜ける影。
はっと振り返る冒険者の顔には憧れに似た表情が浮かぶ。
「っ! シェフィ! 速度を上げるぞ! 様子がおかしい!」
「あれはっ!」
屋根を駆けた時に見えたのは、不自然に駅に集まる人だかりと倒れた人々。
そしてその中に倒れ伏した見知った姿。
「マルテ! レオ殿!」
「【治癒】! メル様っこれは眠っています!」
「おい! 何があった?! どうしたのだ!」
「う……寝てた……?」
「う、ううん……メル様にシェフィリアさん? ……そうだっ! せんぱいは?!」
はっと気が付いた2人はふらつく足にも構わず、彼がいたであろう場所を目指す。
そして不意にペタンと座り込んだ。
「コイズミ殿……」
騒がしいはずのロンメルに響いたのは、絶望を吐き出すように絞り出した声。
草色の石畳みには柔和な笑みも頼りなさそうな背中もなく、致死量であろう赤黒色のシミだけが残されていた。
第3章が終了です。
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