80:『英雄の胎動』
『英雄の胎動』
そんな見出しが朝刊を賑わせた。
続く記事は『ドランゴルム超速撃破』、『あの地震に関係が?』、そして『黒衣の冒険者が負傷者を救う』、『青銅級冒険者の快挙か?』など英雄誕生を匂わせ心躍らせる内容も記されている。
誰彼しばらく話の種には困らないだろう。
ただ、一部の情報通は気が付いていた。
コーヒー片手に新聞を捲るガノンもその1人。
――戦闘の詳細が記されていない
各社明らかに情報が足りていない中での掲載。
それは帰還者から得られた情報には、『誰がどうやって討伐したか』がすっぽり抜けているということ。
これは戦闘を目撃した者がいない、或いは口止めされている事を意味する。
つまり帰還者を逃がし、討伐組の斥候や先鋒が駆け付ける間、ほんの1時間程度で行われた討伐だと推測されるのだ。
果たしてその場に居合わせた普通の冒険者にそんな事ができるだろうか。
『迷宮ボス』を大ボスとするなら、『階層ボス』は中ボス。
危険度4級のドランゴルムは比較的討伐しやすい部類にあたる。
しかし、7級制限エリアにたまたま上位の冒険者が何人も準備万端で集結していて、出現次第全身全霊で殲滅したのなら、聞かずともその噂は耳に届いてくる。
更に極めつけは、ボスのドロップ品情報が全く聞こえてこないこと。
その行方も目撃情報もないということは、収納袋に入れたはず。
しかしそんな大量の素材を収納できる収納袋を持ち歩く者がウルム遺跡に潜るはずもなく、不思議な空間魔法を使うあの『青銅級冒険者』の仕業だろうことは想像に難くない。
故に、始まるのは情報戦とスカウト合戦。
『どんなメンバーでどうやって倒したか』ではなく、『どんな条件なら首を縦に振るか』。
そういったものに興味の無いアイツにはすこぶる面倒なことになるだろう。
「がっはは。大変なことになっちまったな」
近しい者のみが知っている機嫌がいい時にでるその癖。
久々に刈り揃えた顎鬚を摘まむようにガジガジと撫でる手が不意に止まった。
「……ッ!」
「ガノン。どうしたの? もう遅いわよ。変な独り言言ってないで、出る時間よー」
「あ、ああ。悪い悪い。……マジかよ」
新聞を片付ける直前、『いや、まさかな』と再度苦笑いを浮かべる。
射し込む朝日が照らす朝刊の記事。
『英雄の胎動』に押され『怪奇! ウルム遺跡の石柱喪失』が小さく隅に追いやられていた。
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「……けってごめんなさい」
『『ごめんなさい』』
「えぇっ……急にどうしたの?」
ポーションを飲んでも本調子ではない二日酔いの2人を休ませていると、いきなり素直な謝罪が届いた。
ハードキッカーヨキが開口一番ごめんなさい、だと?
むしろまた蹴られるんじゃないかと身構えたのに。
「よわいけど、弱虫じゃなかった。ゆうかんな戦士だった」
「んん、えぇと……?」
「『迷宮技師』とみこんでたのみがある、あります」
えぇ……よく分かんねぇ。なんか知らない所で見込まれてた。
ただ、その真剣な顔には誠意で答えなきゃな。
「聞きましょう」
「こわした犯人をつかまえて、ください」
「……街灯の?」
「おれたち……見たんだ」
◇
ほんの僅かの間に行われたその犯行を、話が飛び飛びになりながらも伝えてくれた。
街灯が壊されたとされる夜、ヨキ達は教会を抜け出していた。
月が綺麗な夜遊び日和のその日は『墓場探検隊』だったそうだ。
おっかなびっくりしながら墓場を伺うと、そこには何かの影が動き、音もなく街灯を消していったのが見えた。
そして余りの怖さに一目散に逃げ出して、布団に包まって寝たのだという。
「あれは、あのにおいは『古いインクと紙』のにおい。だからぜったい『あの緑の帽子』のやつらだ」
そして明朝、その場に行くと壊れた街灯と『古いインクと紙』の匂いが残っていたと。
緑の帽子というのはメインストリートの商店で見るお揃いの緑帽被った人たちか。
たしか鮮魚って書かれた看板にも書いてあった。
『アルトバウ』っていう商人系クランだったと思う。
『紙とインクの匂いがしたから商人がやった』。
かなりぶっとんだ刑事物ドラマでもそんな証拠じゃ犯人は自白を始めない。
『現場に魚の骨が残されていたから魚屋が犯人』の方がまだましなぐらいだ。
「うーん。残されていた匂い、ですか」
『ヨキの鼻はすごいんだよ』
『かくれんぼもすぐみつけられるの』
「いやー、何もその緑の帽子の人達が壊さなくても、冒険者に任せれば――」
「ちがうよ。冒険者のにおいの奥に、犯人のにおい」
『ぜったいわるい人、たまにここにも来るの』
『ルミ様に何かいってた、たぶんいじわる』
においの奥に嗅いだことのある人物の匂いが有ったと。
なにその感覚、なにその嗅覚。
「……『倉庫』。これからはどんな匂いがしますか?」
取り出したのは、『グランミルパの魔石』。
これは少し意地悪問題、市場には完全に出回っていない新素材だ。
「【狼の鬣】……虫、どうくつ。かじやと砂。そのねてる2人。それと……たぶんエルフさんでしょ、あとは武器油? あとは……なんだろうこれ」
「あ、もう大丈夫です。十分です」
グランミルパだけじゃなくて、『バレ鉱』。その後の『雷鳴山の鍛冶』。
ポルタ遺跡じゃゴーレムトラップに置いただけだし、レオマルコンビは多分周りにいただけ。
数日間のゴーレム溺死観察でキャッチボールでもしてなきゃだけど。
それをほぼ完璧に言い当てた。
やべぇよこの子。名探偵になれるよ。
「じゃあやってくれる?」
「うーん。この事ルミさんには話しましたか?」
「ううん……。ルミ様は……やさしいから」
「……」
「もうルミ様にはあぶないことしてほしくない」
『ちゃんとねてほしい』
『がんばりすぎなの』
……ダメだって。
ダメなんだってこういうの。泣きそう。
いやでも、我慢だ。我慢。
うーん。確かにこの子達の言っていることが正しいかも知れない。
けど、それをクランに突きつけても鼻で笑われて終わりだ。
現行犯で見つけるにしたってなぁ……
「……報酬がいるんだよね? お金はないけど、クエスト報酬は良いモノ」
「あ、いや、報酬なんて……ん……それは……」
「ルミ様のしょうぶぱん――」
ポケットから取り出して広げられかけた何かが即座に視界から消えた。
瞬時にその持ち主であろう人の手によって、黒色の恐らく三角形のモノが奪われたから。
「ヨーキーーー!!!」
「ひぃあ!」
集まっていた子供たちが我先にと走り去る。
捕まったヨキが消えていった方向からは『ペチンペチン』という可愛らしい音と悲鳴が聞こえてきた。
◇
「どうにかしてあげたいけどね……」
「……難しい」
「そうですよねぇ……」
騒音の響く商店街を抜ける。
てくてくと歩きながらの相談は堂々巡りを続けていた。
繰り返される街灯破壊を放置すれば、迷宮化が進んでしまう。
そうなれば当然街だってあの教会だって危ない。
人命を考えれば危険箇所隔離からの、立ち退き、移転が妥当だろう。
それでも、あの子達が手入れをしていた花壇。
遊んでいた庭。手作りのブランコ。
小さなヒーロー達にあの場所を離れさせたいとは思わない。
いやこれは難しい問題だ。
憲兵やらギルドが調査して捕まらない犯人をどうすればいいんだろう。
なんとか調子を取り戻したレオマルコンビも頭を抱える難題。
『三人寄れば文殊の知恵』と言ったものだが、全然いい案なんて思い浮かばない。
代わりに『どうか、気になさらないでください』と世話になったルミさんの顔が思い浮かんだ。
「気にしないでって言われてもなぁ……」
「……クエスト報酬?」
「えっ! せんぱいっそれが目当てっ?」
「えぇ! 違いますよっ!」
その言葉に思い浮かんでしまった黒い三角形を振り払うように首を振る。
「ああいう大人な感じが……」
「……黒」
「ちょほんとに違いますからねっ!」
朝から変わらず商店街は賑やかに冒険者を出迎える。
道すがら目にする緑の帽子はどうにも怪しく見えてしまった。




