79:どうぞ、狭いところで……
「どうぞ、狭いところで申し訳ありませんが」
『遠慮なくお休みになってください』とほほ笑むのは、ルミと名乗った治療師さん。
纏うのは見たことのある刺繍の入ったローブ。
それはこの場所が診療所であることを示している。
あと、何がとは言わないが大きい。
あれぇ……治療師ってみんなそんな感じ?
まさかそういう審査的なものが……
「大丈夫、よね?」
「あっ。いえ、突然すみません。お世話になります」
「先ほどは本当に申し訳ありませんでした。アイカの恩人に……」
「あぁ……大丈夫です。もう痛みも引きましたし」
「ゲンコツしといたから。安心して、よね」
申し訳なさそうに拳を握ったのは、ここまで連れて来てくれたアイカさん。
そして『べー』とその背中から顔を出す小さなたんこぶを付けたクソガ――男の子。
少し違いが分かりづらいがこの子は多分『狼人』だろう。
耳のフサフサの感じがジャギジャギしている。
これはこの場所が孤児院を兼ねていることを示している。
そして『先ほど』というのは、あいさつしてたらあの子にいきなりローキックを食らって悶絶。
『こんなよわいヤツじゃアイ姉をたすけられない。迷宮技師の偽物』と嘘つき認定されてしまった事件。
ボス戦で必要としなかった【治癒】を使わせるとは、凄まじいハードキッカーだ。
足腫れたってか折れたかって思ったもの。
どうやらヨキと呼ばれたその子はガキ大将らしく、俺は他の子たちからも懐疑的な視線を向けられてしまった。
『『ベー』』
いや、これは敵視に近いかも知れない。
てか子供は寝ろよ。もう夜遅いぞ。
◇
連れてきてもらったのは、郊外にある診療所、孤児院を兼ねた教会。
当然十字架ではなく、複雑なモニュメントが付いている。
ここの出であるアイカさんの紹介の元、気さくに一晩の宿を提供して貰った。
酒臭い泥酔組は既に夢の中だ。
「本当に凄かったんだから!」
久しぶりに実家に帰って、親に自慢するようにはしゃぐ声がリビングダイニングに響く。
『英雄』だの『快挙』だの褒めちぎられているのが、すごくこっ恥ずかしい。
「では、あの揺れもコイズミさんが……」
「そう! すごい爆発だった、よね?」
「えぇ……いやまぁ……みなさんのお陰ですけどね」
「流石はあの『迷宮技師』なのですね」
「きっとまた明日には大騒ぎになってる、よね!」
大興奮を隠せないアイカさんに打って変わり、ルミさんは落ち着いたもんだ。
やはりどんな時も沈着冷静に患者の――
「どうしましょう。そうですね。不躾なお願いですが、サイン頂けますでしょうか」
……意外とミーハーなのかも知れない。
そう言って何処かから取り出したのは黒い塊。
「えぇ! そのフライパンに?!」
「ダメ、でしょうか?」
「いや、良いですけど使うんじゃ?」
「え、あぁ……そうですね。ではこちらに」
「えぇ! そのむ――ローブに?!」
「ダメ、でしょうか?」
「いや、良いですけど! せ、洗濯するんじゃ?」
「え、そうですか……そうですね、ではこちらの――」
『ウ゛ア゛ア゛ア゛』
「っ! ……なんですか今の?」
野太い唸り声? 雄たけび?
腹の底に響くような奇声が微かに聞こえた。
「えーと、そうですね……」
「今のグール、よね? 何があったの?」
「…………実は」
◇
――街灯を壊す事件が起きている
ここ1週間ほどで、誰かの悪質ないたずらと思われていた犯行は数を増し、様々な場所で街灯の魔導具が壊されて夜を照らす明かりが消えている。
直してもすぐに再発するため、大きな事件となりつつあるとのこと。
その事件が原因で起き始めたのが、教会の裏手にある大きな墓地の『迷宮化』。
『魔物除け』の街灯が壊されてしまったことで『グール』や『スケルトン』など、おどろおどろしい魔物が出現するようになってしまったらしい。
それらは危険度9級程度の弱い魔物。少し離れた教会まで襲い来ることはない。
しかし夜な夜な『光のフライパン』で退治してはいるが、その声で子供たちが寝付けなかったりと頭を悩ましているのだという。
「近隣でも修理の申請はしているようなのですが、まだ市長交代の混乱が続いているようで……」
「細々した申請が後回しになっていると」
「迷惑な犯人、よね。そうだ、街灯直るまで手伝いにくるよ」
「アイカ、助かります。でも大丈夫ですから、まずは療養してください」
「でも、グールぐらいなら……ん、どうしたのコイズミさん?」
「コイズミ様。……市長のことはあなたの所為でありません。どうか思い悩まないでください」
思い悩む?
いやいや。そんな勿体ないことはしないさ。
俺がやることはもう決めている。
「ギルドの場所教えてください!」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
目の前の禿げた頭蓋を鋭い閃光が貫いた。
覗いていた眼窩も足首に絡みつく爛れた手も塵へと消える。
「ありがとうございます。もう少しいけると思ったんですけどねえ」
「まだ、やるの? 疲れてないの?」
「もう少し! もう少しだけお願いします!」
「もう……本当に変な人、よね」
『グール相手に喜んで戦う人を初めて見た』と、地面に刺さったナイフを引き抜いた。
その動作の遅さは足が本調子でないことに加え、流石に繰り返した『バイ〇ハザードごっこ』に呆れながら少し辟易しているようだ。
チャキチャキと狙いを定める動きをすると、その目が更に細くなってしまった。
でもしょうがないじゃないか。
『グール』や『ゾンビ』と言えば、そりゃやっぱり銃だろう。
付き合いの短い相棒『魔導銃』15万ゴル、装填されているのは『閃光弾』×2で10万ゴル。
そして『閃光玉セット』4万ゴル。
このギルドで急いで買ってきた約30万ゴル『なりきりセット』の元を取るためにも楽しみまくりたい。
というか、この『閃光シリーズ』は物質を傷つけることはない。
そんなこと言われたらもう撃ちまくってヒャッハーしたいもの。
◇
「これは迷宮化がかなり進んでそう、よね?」
落ち着いて後から考えれば相当罰当たりな銃撃戦を終えると、墓地を眺める瞳が静かに語る。
「そうなんですか? 確かにかなりの数がいますしね」
見渡せば既に2、3体の蠢く魔物が見つけられる。
「これじゃ余り時間がないかも知れない」
「時間? どういうことですか?」
「このままだと『ハイグール』とか『ソードスケルトン』とか強い魔物が出ちゃうかも知れないってこと」
「え、それって、あの教会は……」
「もしかしたら、立ち退きしなきゃいけなくなるかも」
映るシルエットは時折唸り声を上げ、蠢く魔物。
薄雲に隠れた弱々しい月明りに照らされた墓地が静かに闇に沈んでいた。
-------------------------------------------------
『グール』
『形態・特徴』
人型の魔物。
体組織が腐乱しており、悪臭を放つ。
聴覚、嗅覚、マナ覚を用いるため、暗闇に注意。
特に噛みつき等による感染症は脅威。
すぐに殺菌消毒すること。
体長は1.6mほどで動きは遅い。
魔石位置は頭。
『スキル・アビリティ』
感染付与
『マナ食性』
肉、魔石
『出現環境』
遺跡、廃墟、墓地等
『ドロップ』
9級魔石、歯
『危険度』
通常個体:9級
進化個体:7級
-------------------------------------------------




