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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第3章 出張には延長がつきものな件について
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78:必要だったのは

「必要だったのは『アルミニウム粉末』と『水』。あの現象は『粉塵爆発』と『水蒸気爆発』です」



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 アルミ缶、窓枠、車のホイールに電車。

 ケースで有名なジュラルミンもアルミと銅の合金で、酸化アルミニウムの結晶鉱石はルビーやサファイアだったりする。

 軽くて加工しやすいアルミは日常品から工業材料、建材や導電体にと合金化され様々な産業で使われている。


 しかし、粉末形状のアルミが可燃性固体、第2類危険物に指定されていることは一般的に余り知られていない。

 実はテルミット法と呼ばれる鉄の溶接に使われるほど、アルミ粉末が燃焼した時は多量の熱を発生する。


 さらにアルミ粉末が発火した場合は、水や通常の家庭用消化器ではなく金属火災用消火器が必要になる。

 その理由は式で表すと分かりやすい。


 アルミ    水     酸化アルミ   水素 

 2AL + 3H2O ⇒ AL2O3 + 3H2 + 840KJ


 アルミ粉末は水と反応すると、水素と熱を生み出す。

 つまり水に触れただけで『粉塵爆発』の危険性がある。

 となると、誤って水で火を消そうとすれば、文字通り爆発的に被害を広げることは間違いない。


 このような水や酸などに反応して発熱してしまう性質は様々な金属粉にも見られ、上手く利用することで鉄粉を使い捨てカイロに使っていたりする。



 ◇



 では、これらの性質を踏まえて今回の『落とし穴にクルリンパ作戦』はどうか。


 まずアイカさんからのドラゴル情報を整理すると、外見から予測できなかった情報は近づくとスパイクを出すというもの。


 そして予測していた『圧電効果』による電撃。

 景気よく漏電させたはいいが、地面の水たまりが感電元となってしまった。


 魔石位置の目印と言われた逆鱗は腹側にあって見えない上に、その攻撃範囲と帯電圧が分からない以上、近づいた時点でアウトと考えた方がいいだろう。


 ならば、どうやって近づいて魔石の位置を確認するか?

『ひっくり返して身動きを取れない状態を作ればいい』


 二手に分かれた時、2人には逆側面からの【水槍】による攪乱と大量の水を。

 視界の外の俺は地面の下を『収納』して巨体の入る落とし穴、そして重心を上げるべく背中に『石壁』を撃ち込んだ。


 そして落とし穴用に『収納』した大量の土壌の主成分は、ケイ素、アルミニウム、鉄。

 それを『解体』してアルミだけ取り出せば、『アルミニウムの粉』の完成。


 ドラゴルの足元を足ごと『収納』して傾けてあげれば『段取り完了』だ。


 最後に『アルミニウムの粉』を近くでばら撒き、足元の水たまりに運んでやれば水素と熱、あるいは火花放電で発火した粉末は『粉塵爆発』を起こし、生まれる熱が大量の水を『水蒸気爆発』させたというわけだ。


 超重量の巨体が浮き、薄くなっている地面を破り、落とし穴に転がり込む。

 これこそが『落とし穴にクルリンパ作戦』。


 必要だった役割は移動式砲台の攪乱と水、重心の上昇と落とし穴からのアルミ粉末。

 そしてそれを見極め指示を出す第三者の目。


 まさにみんなの協力があってこその作戦だった。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「というわけです」



「アルミの粉が爆発するなんて……」



「もし細かく削るときは注意してくださいね」



「もう怖くて触れないよっ」



「……着いた」



 レオさんの声に見上げるそれは『鉄塔』。

 アイゼイレのクランハウス。


 商業区とは違う迷宮ダンジョン探索区の入り口。

 グロイスギルドよりも多くの人が行きかい、何かの対応に追われている。



「ここまででいい。ありがと」



 途中から口数の減っていたアイカさんは自らの足を引きずり歩き出す。



「え、でも」



「……色々報告があるの。後でお礼するから宿教えて、よね」



「……」



 帰るべき場所に帰ってきた後、襲ってくるのはどうしようもない現実。


 迷宮ダンジョンに散っていってしまった者達の友人が、恋人が、家族が報せを待っている。

 冒険者の帰りを願いつつ、そんなことあるはずがないと信じながら。


 酒を浴びたいほどの煩悶。

 このまま逃げ出したいほどの心痛。


 だが、悲報を届けなければならない。

 最後の雄姿を伝えねばならない。


 それが迷宮ダンジョンを探索する者の覚悟。

 それが冒険者の生き様。


 支えていた細い肩が離れ、酷く明るく見えるクランハウスに消えていく。

 まるで薄汚れた影が光に混じるように溶け込みながら。


 いつもは騒がしい夕方に響く酒場の喧騒が、今はどこか遠くに感じた。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「ぷはぁー」



「……こく」



「うっにがっ」



 安酒が腹に染み渡る。

 運動した後の一杯が美味い!

 この鶏ももの揚げたやつなんて肴に最高!


 なんてこと思えるはずもなく、やはり面識はなくとも人の死は堪える。

 お互いにどこか気を使いながらのこじんまりとした祝勝会。


 ここ昼間の居酒屋兼レストランは、見事に激しい酒場へと変貌していた。

 このぐらいうるさい方が今は心地いい。



「あー甘いお酒もあるみたいですよ」



「今日はコイツの気分なのっ。レオはよく平気ね」



「……これハニーモー」



「色は似てますけど、確か蜂蜜の甘いお酒ですね」



「うっ……あたしもそれ飲むっハニーモーくださいっ!」



 苦そうに舌を出していたしかめっ面。

 ハニーモーを口に含んだ瞬間に、ぱぁっと輝いた。

 

 その笑顔に釣られて、笑みが広がる。

 今は何も考えず、美味い酒を飲もうじゃあないか。



「……ふふ」



「レオっ今笑った?!」



「……笑ってない」



「うそっ笑ったよっ! ねっせんぱい! 見たよね?」



「見ましたけど、そんなに珍しいことでも……」



「あぁっ! じゃせんぱいには……見せてるんだ……おっふぅっ」



「えぇっ! 顔真っ赤じゃないですか?! あれっ鼻血でてます?!」



「……うみゅ……見せちゃう?」



「えぇっ! ちょっ! なんでフード脱ごうと! あぁっ! ハニーモーって確か度数高いやつ!」



「おふぅ……これはこれで……」



「いやっマルテさんも止めてくださいって!」



「いやいやっへへ。あっしはいいんで。どんどんやっちゃってくだせぇ」



「何それどういう酔い方?!」



「おい。あんたがコイズミ、迷宮技師ダンジョニアか?」



 酩酊し始めた2人におろおろしていると、厳ついおじさんが静かに声をかけてきた。

 冒険者特有の威圧感というか、目というか。一癖も二癖もありそうな。


 なんて答えたらいいだろう。

 ここは酒場だ。さすがに刃傷沙汰にはならな――



「そうだったらなんだっていうのよっ」



「……『المياه والرمح【水―― もごもご」



「ちょレオさんっ!」



 いきなり魔法をぶっ放しそうになった口を押える。

 そのおかげで周囲のグラスの酒が俄かに浮き上がり、そのまま落ちた。

 喧嘩早すぎる! これじゃ『こんにちは、死ね!』ってやってるようなもんだよ!



『おう! 喧嘩かぁ! やれやれぇ』

『オヤジに500ゴルだぁ!』

『酒は巻き込むなっ! 酒に罪はないぞぉ! ぐびびっ』



「いや、悪かった。そういう気はねぇ」



『こんな面だから』とすぐに平謝りする姿。



迷宮技師ダンジョニアさんよ。今日、俺はあんたに助けてもらった。一杯奢らしてくれ」



 そしてにかっと笑った苦笑いが覗いた。



「あ、あぁ……あの場に」



『何! あの迷宮技師ダンジョニア!』

『あのお人よしのバカ! 実在してたのか?!』

『バカとは何だいっ! 悪く言ったら許さないよ!』

『ぐえっ! 殴らなくてもいいだろうがっ!』


 色めき立つ酒場。

 起きる殴り合いとそれに賭ける者達が囃し立てる。



「悪い、目立たせるつもりはなかったんだが……」



「いやぁ……それはこちらもすみません……」



「……うみゅ……ごめん」



「ま、まぁとりあえず一杯飲んでくれ。ダチが好きだった酒だ」



 酒場の店主に合図すると、目の前にはロックグラスに揺蕩う琥珀色。

 どこか気品のあるその色はウィスキーに酷似している。


『献杯』ではなく『乾杯』とカツンと同じ色のグラスが鳴った。


 香りは、全く似ていない。

 どこかベルモットのようなスッキリどこか甘いような香り。


 そしてほんのり渋みとフルーティな風味を残して喉を過ぎる。

 やっぱりワインに似ているかもしれない。



「美味しい……」



「そうか。良かった。ありがとよ」



 それだけ言うと、飲み干したおっちゃんは立ち上がり去っていく。



「え、ちょっと……」



「ま、頑張れよ」



 そんな意味深な『頑張れよ』ってなんなんだ?

 その答えはすぐに分かった。


『私達も助けてもらったのよ!』

『俺にも奢らせてくれ! 倅が世話になった!』

『あたしだってあの愚物の所為で大変だったのよ!』

『飲み比べをしようじゃあないかぁ! これは俺の好きな酒だぁ』


 そんな喧騒が狭いテーブルに押し寄せたから。

 こじんまりとした祝勝会は怒鳴りあいが、すすり泣きが、下手くそな歌が響く壮大な酒盛りへと変わった。


 きっと、こうして冒険者達は酒を飲んで、騒いで、笑い飛ばすんだ。

 忘れるためではなく、散っていった仲間を送るために。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 ……宿がない。

 あれほど旅の達人たちが『メシより宿』と言っていたのに。


『階層ボス』発生の報せに押し寄せた冒険者によって宿は軒並み満室。

 そりゃあ急いで来て実は『階層ボス』倒されましたって言われても帰るわけにはいかないよな。



「そんなところぉしゃわんないでよぉーきゃははー」



「……うみゅ……きゃはー」



 やべぇなこれ。

 さすがにどろどろに泥酔した2人抱えての野宿は避けたい。



「どうしたの?」



 街頭の明かりに照らされたのは、見知ったばかりの犬人シアンスロープ

 途方に暮れる顔にすぐに察しが付いたように、尻尾が上がった。



「あ、良いところあるよ。来る、よね?」


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