77:迷宮都市ロンメル
迷宮都市ロンメルは、その日2度目となる小さな揺れを感じた。
アイゼイレのロビーでは、忙しなく事務スタッフが書類準備に追われている。
その中、フットワーク軽く遠方からも集まった凄腕冒険者たちは不自然な振動に首を傾げた。
既に騒がしい酒場では、喧噪に混じりグラスに湧き上がる泡が僅かに揺れ。
そして郊外の教会では、食器のカタと鳴る音色とは別の音に子供たちが空を見上げる。
「へんな雲ー」
「キノコみたーい」
その率直な感想の通り、目に映るのは白い傘を広げたきのこ雲。
遠く、ウルム遺跡の方角に立ち上っていた。
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「いってぇ!!」
頭がガンガンするし、腹も痛い。
距離を取ったはずなのにダメージがヤベェ。
爆風の気圧増減を完全にナメてた。
それもそのはず、石壁から目前を伺えば爆心地の惨状がその破壊力を物語っている。
白煙は未だ上空に立ち上り、放射状に広がる痕跡を辿れば庭園の木々をなぎ倒している。
地面に目を向ければ硬く踏みしめられた地面が抉れるように凹んでしまった。
そしてその手前、ひっくり返って地面にすっぽり埋まるドラゴルの姿があった。
腹には再生したであろう真新しい外殻が見えている。
ガシャガシャと騒音を出し足をバタバタさせる様はどこか滑稽に映る。
さて、痛がってもいられない。
すぐに『自己修復』が痛みを取ってくれるだろう。
最後の仕上げだ。
バタ足を繰り返す巨体に近づく。
危機を感じ取ったらしく出鱈目にスパイクを突出させるが、もう遅い。
【超再生】と無尽蔵のマナに胡坐をかき、手加減をしてしまった時点で『段取り』は始まっていた。
連続で撃てるのであれば近づかれる前に『ブレス』を連発するべきだった。
まぁ爆風でダメージを負ってる俺も人の事言えないなと苦笑いが浮かぶ。
差し出すのはずっと開きっぱなしで強張っている右手。
出し続けたマーカーをドランゴルムの腹、その中でも逆さに生えた鱗に向ける。
「『収納』」
右手を閉じる。
バタ足の動きが緩やかに停止した。
庭園に響いていた騒音は、造作もなく、呆気なく、静かに消え去った。
◇
魔石を失った魔物は塵へと変わる。
『階層ボス』も例にもれずドロップ品である石英骨や外殻を残しながら、中から崩れ落ちるように形を変える。
それまでの雑音をかき消すように、最後にキンと硬質な音が響いた。
「ふぅ……」
デカい落とし穴の傍にどっかりと座り込む。
「せんぱいっ! 大丈夫?!」
「うぐっ! えぇ……一応」
「……『القليل من الشفاء لك【治癒】』」
「あ、あぁ、どうも」
飛び込んできた砂埃に塗れた頭達をなでなで。
良かった。少なくとも俺の数倍の【耐久】を持つ2人は何ともなかったようだ。
「良かったっ 本当に良かったよぉ……」
「……うんっ。うん」
それでも、頬を濡らす雫。
小さな冒険者達には大きな負担と心配をかけてしまった。
カバーできるとは言え、危ない場面もあったしな。
「……頑張りましたね。みんなのお陰です」
「そんなっあたし助けて貰って……」
「……僕もフォローできなかった」
「いやいや。素晴らしい動きでしたよ。怖い目に合わせてしまって申し訳ありませんでした」
「いやっもっとあたしはっ……ううん……いつか、あたしが助けてあげるからねっ」
「……『ダンドリハチブ』」
後悔ではなく、反省を活かし次へ繋げる意志。
悔しさを滲ませる瞳が未来を見据えていた。
「アイカさんの指示も……あれ?」
アイカと名乗ったサポーターさんの持つ攻撃情報も魔石の位置なんかも重要な要素だった。
作業に集中できたのも遠くから適格に指示を出してくれたお陰だ。
急いで伺うと犬耳をペタンと下げ、尻尾もクルンと巻いていた。
そしてポカーンと石壁の影からきのこ雲を見上げている。
こちらを見てポカーン。また見上げてポカーン。
ま、まぁ……無事で良かった。
◇
「せんぱいっこんな大きな爆発だって聞いてないよっ」
「……んっ!」
近い、近いなおい。
『倒した。助かった。良かったね』の後、落ち着いたと思ったら猛烈な抗議を受けている。
「えぇ……爆発するって言ってあったじゃないですか」
「これ爆発じゃないよっ大爆発だよっ!」
「……ドランゴルムが飛びあがるぐらい」
「何なのあの『銀色の粉』はっ? あんな危ないもの持ってたの?!」
「……結構重かった」
あと近い。すごく近い。
もう俺落とし穴に落ちそうなんだけど。
「ちゃんと説明してくれる、よね?」
「分かってます。分かってますって。でもまずはアレを片付けてからですね」
指さすそれはドロップ品に混じる『回廊の石柱』と『水路から分捕った石壁』。
◇
これだめだ。石柱戻らん。どうしよう。
強く押せば動きそうだし、ゴーレムでもぶつかれば倒れるかもしれない。
『不壊』がいきなり倒れたら大騒ぎになるだろう。
石壁はくり抜いた場所に戻せたけど、ぶった切ってしまった石柱がどうにも不安すぎる。
もう……根こそぎ取っちまうか……
なんか初めから無かった感じに……
こう土をざざっと乗っければ……
よしっ……分からん分からん。
ここらに柱なんて無かった。これでいこう。
『内緒にしてて』のお願いも済ませた。
これで万全だ。『軟禁』されることはないだろう。
……向けられる呆れたような目も気の所為だと思おう。
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日が傾き山間の稜線に鳥が飛び去る。
朱に染まり始める大聖堂は、先ほどまでの激戦が嘘のように静かさの中に佇んでいる。
俺たちは重傷だった足を気遣いながらゆっくり脱出を始める。
すれ違う不審がる討伐組らしき人達と支える細い肩にドギマギしながら。
「で、せんぱいさっきの説明は?」
「……危ない粉」
ん……なんか機嫌悪くなってる?
それに危ない粉って嫌な響きだなおい。
ま、まぁいいか。
「あれは『アルミニウムの粉』です」
「アルミっ? あの軽い金属の? それだけ?」
「それと大事なのは2人に大量にぶつけてもらった『水』ですね」
「……【水槍】は攪乱じゃない?」
「えぇ。それもありますけど、ちゃんと要素の一部ですよ」
「うーん。アルミは鍛冶には使わないからなぁ。それと水? 全然意味が分からないよっ」
じゃあ種明かしといこうか。
「必要だったのは『アルミニウムの粉』と『水』。あの現象は――」




