8:村長のメルリンド
村長のメルリンド、メルさんは嫌な顔一つせず分かりやすく答えてくれた。
今いる場所がシャッツフルス王国という国で北に位置するグロイスという村であること。
それに村の周辺や施設、魔物や魔法についても。
一言でまとめれば【マナ世界】だ。この世界はマナで回っている。
【マナ】とはあらゆるものに宿り、操作することで様々な事に応用できる。
ざっくり言ってしまえば空気や水のように世界を循環し巡っている、ある種のエネルギーの様な物だ。
全ての生命体はマナを保管できる【魔石】という器官を体の中に持っている。
これは牛もどきから出てきた宝石だ。人間はへその下辺りにあるとのこと。
傷つけられれば致命傷にもなるそうだ。だから魔石が無くなれば当然死ぬ。
なにその急所……怖っ。
魔石を成長させることで保有できるマナが増える。
魔法とはこの魔石からマナを練り上げて、消費することで対象に何かしらの効果を起こす事だ。
つまりマナで熱量を操作すれば、火の魔法や冷却魔法。
白犬達が使っていたのは大気操作の魔法、転じて風の魔法だ。
こちらは威力を上げたければ相応のマナ制御が必要になり、【魔導士】の中でも好んで使う者は少ないそうだ。
水を出したければ大気中の水蒸気をマナを使って集めたり、マナの質を変化させ酸素と水素から結合して作れば可能らしい。
後者は音が大きいため戦闘時に威嚇にも攻撃にも使われるそうだ。
また体にマナを巡らせば身体能力の強化にも治療にも使われる。
便利な魔法講座に年甲斐もなく心が躍ったがすぐに意気消沈する。
だって俺の体の中に魔石なんて無いもの……きっと魔法使えないもの……
……普段見れないものを見れると思えばいい経験か。切り替えよう。
ふと黒い動く木ブルートツリーとかはどうなのか聞いたら
「ほとんどの植物の魔獣は魔石を根に持っているから、掘り返さないと見つけられない。半日掛けて掘ったのに、本体じゃなくて分枝だったときは……」
何か遠い目をしているメルさん。
話の腰を折ってしまった。この話には触れない方が良さそうだ。
◇
魔石は生まれた時から持っているというよりは、母親から分けてもらう感じだと言う。
だから昔は子を産んだ母親が衰弱して亡くなることも多かったそうだ。
進化の過程で女性が生まれる確率が高くなったのもその為で、技術が進歩した現在でも女性の割合の方が少し多いらしい。
魔石自体はそのままマナの燃料としてや質の高い物は【紋章】と呼ばれる文字を刻み【魔道具】としても使われる。それこそ使い道は街灯から冷蔵庫、転送陣まで多岐に渡る。
魔石を使った色々便利な道具。それが【魔道具】と呼ばれ、動作させたいようにプログラミングするのが【紋章】というわけだ。
マナは電源のようにも使えて、熱量を操作し水まで出せる。
まるで夢のエネルギーだ。この世界では電気や化石燃料は時代遅れだな。
ただ、ここ100年ぐらいでの技術革新が凄まじく、魔石の値段は安定して高値らしい。
家庭の懐事情を圧迫するのは、どこの世界もエネルギー問題なんだなと思う。
◇
生態系については獣人やエルフやドワーフなどの亜人と呼ばれる種族に加え、知能の高い魔獣の集落などもあるらしい。
進化が多様過ぎる。町を見て回るだけでも楽しそうだ。
種族間の対立や宗教戦争などは定期的に起きている。
そこも星や進化の過程が違っても同じなのだろう。
長寿であるメルさんが人間と交流を始めたのは100年ほど前から。その頃の人間は技術もまだまだで【ステータス】も弱かった。気まぐれにいろんな脅威から守ってやっていたら、段々と人が集まりだしてこの村ができた。
最近は人間も【ステータス】が上がってきて、魔物なんかの脅威に対抗できるようで平和だと言っていた。
メルさんすごい人……すごいエルフだった。
どうせ村長は不正している太った豚だろうとか思っていた自分を恥じた。
「その【ステータス】というのは……?」
「最近……あぁいや……50年ぐらい前に開発された【ステオーブ】という魔道具がある。
その者の能力を数値で表示してくれるんだ。【力】【耐久】【器用】【敏捷】【魔力】の5つが表示される。それが【ステータス】だ。今では【アビリティ】や【加護】なんかも加えて表示される優れものだ」
【アビリティ】や【加護】……色々気になる言葉はあるが、つまりは体力測定の魔道具が数値パラメータを算出してくれるということか。
どこかゲームの世界に入り込んだような状況に心が弾む。
「不相応な【クエスト】に挑む無謀な者達を【クラン】側も実力を数値で管理して止められるようになった。これが出来てから【冒険者】の死亡者が大幅に減ったんだ。形骸化していた【ギルド】が力を持ち始めたのもこれがあったからだな。……発明者の【エレイン】は我が尊敬する者の一人だ」
知識の塊のような人だな。
聞いていないことまで話してくれる。
「【ステータス】を上げるには段階があるとされている。その1、それぞれのステータスに沿った経験を積む」
ふむふむ。当たり前だな。
「その2、高いマナを持つ何かを破壊する。あるいは高いマナを持つ何かを摂取する。魔物を倒すか、魔獣の肉を食べるのが一般的だな」
「ん? 魔物と魔獣は違うのですか?」
「魔獣は生物が【マナ進化】したものだ。そこには営みがあり! 生態系があり! 愛がある! 美しく! 可愛いのだっ! 魔物にはそんなものは存在しない! マナから生まれ、マナに還るだけだ。ただマナのあるモノを襲って食らう! 全く可愛くないのだっ! 全然違うのだっ! 一緒にされては困るのだっ!」
「すみません……」
魔獣のことになると熱くなる気質のようだ。
流石はエルフ。物知りだ。
教え方もうまい。尊敬される村長というのも頷ける。
ただ、一つ聞くと聞きたいことがどんどん増えてしまう。
俺は手帳にメモしている手を止めた。
まぁとりあえずはこれぐらいにしておこう。
この世界で冒険するつもりはない。
◇
「コイズミさんは多分【迷い人】なのですよねぇ? ご協力したいのですが、故郷はどうやって探せば良いでしょうかぁ。【冒険者】に登録されていたのでしたらギルドで分かるかも知れませんが……これからどうされるのですか?」
白犬達についての質問に答えているとお茶を片付け終わったローザさんが心配そうに聞いてきた。
「そうですね……当面はこの村に滞在することになると思います。まずはギルドに行ってこれを買い取ってもらいます。宿屋代ぐらいにはなると嬉しいのですが」
カバンから紫の宝石、魔石を取り出し見せる。
物を売れる場所の話を聞いたらギルドで買い取っているとのことだった。
魔道具屋でも買い取るらしいが在庫などによっても大きく相場が変動する。
最初はおすすめできないそうだ。
「おぉ珍しいな。闇とは」
「ここではあまり見かけない色ですね。綺麗な色ですねぇ」
おっディーツーの言っていたことは間違っていなかったようだ。
二人は物珍しそうにしている。
「そうだな。ギルドなら……10万ゴルぐらいにはなるだろう。クレアの所なら1月ぐらいは泊まれる。安全で良い宿屋だぞ。我が保証する」
この国の金銭感覚は日本円に近い。大体1円=1ゴルぐらい。
ただ地域差によっていろんな物の値段が違うのも同じで、ここら辺は肉や野菜が安く、海鮮などは当然高い。
観光地ということもあり、宿屋の値段は少し高めらしい。
正直言えば、この紫の魔石はもっとべらぼうに価値の高い物だと思っていた。
それこそ1月豪遊して暮らせるぐらい。
残り3つある魔石を売れば30万ゴルだとして、1つ分は宿代に消える。
残り20万ゴルで白犬達やローザさん達へのお礼、必要な日用品に食費、そして釣り道具なんかは買えるのだろうか。
「もし良ければここに宿泊されませんかぁ? 仕事のお手伝いをお願いしますので、お代のことは心配いりませんよぉ」
少し顔が曇ったのを察してかそんな事を言ってくれる。
間違いない。ローザさんは女神。
「我の家にも空き部屋はあるぞ! その……色々と話を聞きたいのでな」
間違いない。メルさんは天使。
だがそれでは完全にヒモだ。自活できてこその出張だろう。
「大変有難いのですが、助けて頂いた上にそこまでしてもらっては立つ瀬がありません。それに良く知らない人を泊めるのも良くないでしょう」
二人とも残念そうな顔をしてくれるのが妙に嬉しい。
「短期で働ける仕事というと何がありますか?」
「【冒険者】が最適だろう。コイズミ殿は何をしているのだ?」
「冒険者……ですか…… 装置の設計とかですね」
「じゃあ【技師】さんなんですねぇ」
この世界にも同じような職業があるらしいことに少し安心する。
「うーん。この村には魔道具技師も紋章技師もいないのだ。……まぁそう簡単に手伝えるものでもないと思うがな。他というと……今の時期からは観光が賑やかになる。宿屋も手が足りなくなるな」
「この診療所も観光客の方が多くなれば忙しくなりますよぉ。ふふっ住み込みで働けますよ?」
「それはズルいぞローザ! 村の庁舎だって人手が足りない時はあるぞ!」
「うふふっそれはまずメルちゃんが出歩いちゃうのを直さないとね」
「むぅ。それは我も反省してるではないかぁ……」
仲良く言い争いを始めてしまった。
「いやいや。ちゃんと仕事は探しますから」
診療所も庁舎も公営施設みたいなものだろう。
流石に職権乱用はさせられない。
「あぁすまない。……それで職を見つけた後はどうするのだ?」
「まずは色々見て回りたいと思います。その後は白犬達……神獣様へのお礼も兼ねて森に行こうかと思います」
「……すまない。それは許可できない」
メルさんは形のいい眉を少し曲げ、申し訳なさそうに答えた。