表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第3章 出張には延長がつきものな件について
79/154

76:……倒しちゃいませんか?

「……倒しちゃいませんか? ドラゴル」



「「えぇっ?!」」



 またも2人の心臓は飛び跳ねた。


 たった1人で行かす訳にはいかないと、勇気を振り絞りこの場に留まる彼女ら。

 そこに飛び出したのは目標は達成したというのに、自ら更なる窮地へ飛び込もうとしている意味不明の提案。



「倒さなくてもいいじゃんっ! ほんとのほんとに!」



「……むんっ」



 マルテは『心底信じられない』と頭を振り、レオに至っては『もうぶん殴ってでも連れて帰る』と魔導杖を振りかざした。



「ちょっ! こっわ!」



「あっレオ待ってっ!



「……『助ける』だけって言った」



「んーこの程度なら倒す段取りができるかなと」



「この程度って、せんぱいっグランミルパのは知ってるけど、ここにはガノンおじさんだっていないんだよっ?!」



 その言葉は侮っているからではない。

 猛攻を防ぎ切ったところも信じられない攻撃も目にしている。

 迷宮技師ダンジョニアの強さも聡明さも信じて疑わない。


 ただ、足止めをすることと、ボスを倒すことの違いは知っている。

 数日掛かるボス討伐は『倒しちゃいましょうか』などと気軽に行えることではない。


 強力な空間魔法を駆使するにも最接近しなきゃいけない。

 さらに夕刻に差し掛かろうかという今、何の準備も無しに夜通し戦えるほどボス戦は甘くはないのだ。


 それは容認できない。

 何もできない無力感も、胸がぎゅっと締め付けられる心配も、『先に行ってて』と言われた悲しさも。

 これ以上は譲歩することはできない。



「あのー……じゃあ、討伐組が来るまで待ってからでも――」



「それじゃあ遅いんです」



「えと、分かってる、よね? ドランゴルムは“まだ逃げてないよ”」



 アイカはおずおずと苦言を呈した。

『傷ついたボスは逃げる』の常識からすれば、まだ十分に体力を残していると。


『英雄誕生』を望んでいた先ほどとは大きく状況が変わっている。

 一度防いだとはいえ雷属性を使用するという未知の行動パターンがある以上、『単独撃破』は危険すぎる。


『引き時』と『妥協』は違う。

 蛮勇では『英雄』には成れはしない。



「うーん多分、あと10分程度で討伐できると思いますよ」



「っ! そんなのっ――」



 嘘っぱちだと、荒唐無稽な絵空事だと続けようとした言葉は紡がれなかった。

 そこには普段通りの柔和な笑みが自分達に向けられていたから。



「みんなに手伝ってもらえれば、ね」



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 時間にして数分。

 蹲っていたドランゴルムが動き出した。


 いや、動き出したというよりは飛び跳ねたに近い。

 体中から飛び出した剣山のような石英が超重量の体を浮かし、茶色い液体をも吹き飛ばした。


『魔物』は学習する。

 それは瞬時に行われた漏電対策。


 近接攻撃用のスパイクを全弾突出させたその姿はハリセンボンのようには愛らしくはなく、ただただ何者も寄せ付けぬ寒々しい不気味さを放っていた。



「レオ準備はいい?」



「……うん」



 手短にまとめられた作戦内容にも疑問はない。

 ただ、『階層ボス』に対峙しているというこの状況自体が不思議でならなかった。

 気軽に立ち寄った迷宮ダンジョンで『階層ボス』を討伐しようとするなんて夢にも思わなかった。


 でも、不思議と恐怖はない。

 誰かが『統率』アビリティでも持ってるのかと思うほど落ち着いている。

 それどころか『やってやろう』という気分になってくるのは、多分あの人の所為。

 こちらを伺うその黒い瞳に頷きで返す。



 ◇



「じゃあ行きますよっ! 『設置』」



『バッギャアアアン』


 凄まじい破砕音が開始の合図。

 スパイクを粉砕した石柱が深々と背中に突き刺さった。



「……『المياه والرمح【水槍】』」



 魔法による同時攻撃。

 続いて放たれた水槍が少しだけ外殻を抉る。

 圧倒的なマナ障壁と外殻の前では微々たるダメージしか与えられない。


『グギィイウウウ』


 鬱陶しそうに細く絞られた瞳孔が魔導師メイジを捉えた。

 浮かぶのは小さなマナの煌めき。



「槍っ」



 石壁の隅からアイカの声が届く。



「はいっ揺れるよレオっ!」



「んっ」



 レオを“おぶった”マルテは脱兎のごとく走りだす。

 石英槍が放たれ、地面に突き刺さる頃にはもう次の工程に移っていた。



「『المياه والرمح【水槍】』」



『グギィイ』


 再度外殻に水槍が突き刺さる。

 苦々しくドランゴルムは体の向きを変えた。

 片手間で潰せる餌ではなく厄介な害虫であることを認識したから。


 離れた位置を移動しながら魔法を飛ばしてくる最も鬱陶しい相手。

 ドランゴルムが見据えたそれは『高速移動砲台』。



 ◇



 詠唱を行いながら別の行動を行う『並列詠唱』。

 これが難しいことは言うまでもない。

 言霊を紡ぎながらも敵を見据え、攻撃を躱し安全を確保しながら走る。

 魔導師メイジ曰くそれは『右手で高等数学を解きながら左足で蹴鞠するのと同じ』なのだと。


 その高等技術をレオをマルテがおんぶして走るという曲芸で代用している。

 近くに用意された水源から水槍が幾度も浮かび上がり、外殻を抉った。


『グギィイウウウ』


 痺れを切らしたドランゴルムが選択したのは点ではなく面での殲滅。

 尖槍の広範囲爆撃。複数のマナの煌めき。

 バチバチと閃光を放つ光槍がちょこまかと動き回る害虫に向けられた。



「雷槍、大っ!」



「おっけ! 『設置』!」


『ドゥボォォオオオオ』


 鈍く重い打撃音が響いた。

 上空から飛び散った破片が舞い、塵へと消える。


 巨体が大きく傾き、集まっていたマナも消し飛んだ。

 その音の先、巨体の背中には『不壊の石壁』が顔を出している。


 行われた攻撃、それは気取られぬ内に接近して体内への『設置』。

 直接ドランゴルム内へ入れられた巨大な異物。

 周りの組織を爆発的な速度で押し出し、弾き飛ばし、甚大な破壊を齎していた。



「もういっちょ! 『設置』」



「『المياه والرمح【水槍】』」



『グギィイウウウ!!!』


 クルクルと立ち位置を変え、回るように翻弄する。

 左右からの攻撃は的を絞らせず、手玉に取るように痛打を加える。


 しかし、ドランゴルムは逃げる気配はない。

『ボス』の名に恥じぬタフネスと無尽蔵のマナをまざまざと見せつけている。

 繰り返される遠距離の打ち合いには終わりが見えない。



 ◇



「はぁはぁ……」



「『المياه والرمح【水槍】』 ……マルテ大丈夫?」



「っ! ……大丈夫っまだいけるよっ!」



 小柄とはいえ人ひとりを抱えての疾走。

 銅級に迫る強さと言ってもまだ冒険者になったばかりの戦闘経験の乏しさ。

 格上相手に失敗できないというプレッシャーは確実にマルテのスタミナを奪っていた。


 目に見えて分かる『空元気』。

 それを見逃すほど『ボス』は甘くはない。


 それまでの石槍での爆撃から一転、一歩踏み込み体をくねらせた。



「尻尾っ!」



「あっ……くっ!」



 慌てて行ったバックステップ。

 しかし数舜の遅れ。

 その遅れが尻尾の接近を許す。


 薙ぎ払われる死神の鎌はそれほど早くはない。

 恐るべきはその攻撃範囲。


 先端のスパイクが迫る。


 ――『せめてレオだけでも』


 背の友人を守るように正面で迎える。



「っ!」



 目前で尻尾が軌道を変えた。

 大きく上を通り過ぎていく尻尾は通り過ぎドシンと地面を叩いた。



「大丈夫ですかー?」



「あっ! えっごめんなさいっ」



 遠くから投げられる言葉に反射的に謝ってしまう。

 今のは完全に自分の不注意だ。



「遅れましたー怖かったですよねーすみません」



「いやっあたしの所為でっ」



「……それは後。『القليل من الشفاء لك【治癒】』」



【治癒】の詠唱の動作を利用して後ろからポカリと頭をはたかれた。

 ほんの少しの頭の痛みと疲労が和らぐ。



「うっ……ごめんっ」



「んっ……『無理しない』」



 作戦会議の最初に言われた言葉。

 その言葉に冷静になって見てみれば、ドランゴルムの足が消えていた。

 支えを失ったスイングが上を通り過ぎたのだ。

『手を煩わせてしまった』と後悔するのは後。



「大丈夫っもう無理しないっ」



 精細を取り戻した走りは最終目的地に向けられていた。



 ◇



「準備はいいですか? 『設置』」


『バッギャアアアン』


 最後の石柱が放たれ、わき腹に突き刺さった。



「いけるよっ!」

「んっ! 『كرة الرياح【風球】』!」



 背中に石壁を生やしたドランゴルムに向かって『銀色の風船』が飛ぶ。

 それは作戦の最後の工程。

 既に『段取り』は完了している。


 対する怪物は体中からスパイクを突出させ、巨大なマナの煌めきを起こした。

 初めての動作、しかしその意図は容易に想像できる。


 ――『大雷槍』の全方位展開


 石壁に隠れ、逃げ回らなくなった獲物達への致命の連撃。

 十分にマナを残している余裕からか、勝利を確信したからなのか歪な口角が上がったように見えた。


 しかし、遅すぎた。

 到底攻撃には思えない速度で進む風船が怪物の近くで静かに弾けた。

 美しく舞い散るのは銀色の粉。


 次の瞬間。

 閃光と爆風が庭園エリアにまき散らされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ