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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第3章 出張には延長がつきものな件について
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74:絶え間なく

 絶え間なく襲い来る槍を『不壊』の石壁が防ぐ。

 ある時は移動させ、ある時は重ね、視界を確保しながら槍の射線を切る。


 繰り返される持久戦。

 その動きに変化が訪れた。


 楽器を奏でるように左手が虚空をなぞる。

 そして全く関係ない右側上空に右手が向けられた。



「『設置』」



『バシュ』っと大きな音を出し、何かが弾けた。


 激しい攻防の隙を突いて行われた謎の動作。

 その効果はすぐに表れた。


 感じたのは飛沫。

 そしてポツポツとした小雨。


『なんで雨が?』と不思議がるアイカの犬耳には悲鳴が届いた。



『なんだ、なにが起きたっ?』

『うあああっ』

『ひぃぃ逃げろぉ』



 それは『恐慌』により前後不覚に陥っていた冒険者達の悲鳴。

 雨に触れた冒険者の意識が戻っている。


 アイカは目を見開いた。

 広範囲に撒かれたのは美しい若草色の霧雨。


 下級ポーションの雨を冒険者に届けた?

 周囲を警戒しているように見えたのはこれを狙って?


 間合いを見極めていたのはドランゴルムだけじゃなかった。

 この持久戦こそが『迷宮技師ダンジョニア』の狙い。

 驚くべきは攻防を繰り広げながらも、負傷者を確認する視野の広さと豪胆さ。



「『収納』 よそ見なんて随分と余裕じゃないですか」



『グギィゥウウウ』



 そのよそ見をしていたはずの『迷宮技師ダンジョニア』が言い放つ。

 巨体がよろめき、隙間から息の漏れるような咆哮が響いた。


 逃げる冒険者達に気を取られていたドランゴルムの大口が歪に消え去っていた。

 切り取られた部分が即座に再生するが、その目には驚愕が表れている。


 そして、放たれた挑発の言葉を魔物は正しく理解した。



『グウゥウウウウウウウウウルルルルル』



 地響きのようなうなり声。

 それは相対するのは餌ではなく敵であると認識した証。

 繰り広げられていた攻防はさらに加速し始める。



 ◇



 散弾のように降り注ぐ槍は、勢いを増し押し寄せる。

 巨体を撓らせ、致命の打撃を見舞う。

 何度腕や尾を消されても、大重量のスイングが止むことは無い。


 対して、旋律を奏でるように動く指。

 正確に魔物を捉え、消し去る手のひら。


 後ろへ向けた霧雨は既に2度。

 座り込むアイカには攻撃の欠片すら届いていない。


 静と動の均衡を支えていたのは圧倒的な状況判断。

 “完封”と言わしめた石壁の再配置と空間魔法の間合いは崩されることなく、粛々と行われていた。



『グウゥウウ!』



 均衡を破ったのは咆哮と紋章ルーンの複数展開。

 高低差が設けられた大量の槍が出現。



「『設置』」



『ドオオオウウウン』



 強烈な爆発。

 瞬間、熱波が押し寄せた。

 空中で炸裂した噂の『巨人の足踏み(ギガントストンプ)』が上空の槍を弾き飛ばし、ドランゴルムの顔を焼く。



『グゥウ』



「注意散漫ですし、芸がないですね」



 アイカの目には後方を伺う余裕を見せる彼が微笑んだように見えた。


 その言葉に気が付く、先ほど槍の狙いはこちらではない。

 振り返ればほとんどのパーティが意識を取り戻し、這う這うの体で逃げ出し始めている。

 逃がすまいと放とうとした攻撃は彼にはお見通しだった。


 不意にその流れに逆走する者が目に映った。


 装備から見て討伐組ではない。

 この場にいることですら死に繋がるはずの冒険者だ。

 それでも空色の斬撃が素早くゴーレムを切り裂き、逃げ遅れた者を助けている。


 そしてもっと気になるのはその後ろ。

 あそこは水路の近く、置かれた大きな石の上に何故か魔導師メイジが乗っていた。

 更にその上には何かが浮かんでいる。


 遠く離れても感じるマナ。

 ……あの浮いている大きな玉は【水球】? なんでそんなことを?


 摩訶不思議なお立ち台は、すぐにその意図を知らせてくれた。


 魔導師メイジの巨大なマナに釣られゴーレム集まっている。

『不壊』の石壁には何もすることなく、ただ足元に群れる。

 そして振り下ろされた【水球】に押されてゾロゾロと水路に落ちていった。


 あの高さの水路に落ちただけでは倒せないし、形を崩しきるほどの水位もない。精々足の動きを止める程度。


 そうか……だから……あれは罠だ。

 ただ魔物を集めておくだけの、『階層ボス』との戦いを邪魔されないようにするためだけに用意された罠。



 ――彼は自分だけ逃げるなんてこと微塵も考えていなかった



 圧倒的な暴力に対峙する前から、『段取り』を進めていた。

 頼りなく見えていた背中には、『助ける』という信念が宿っていたのだ。


 冒険者の常識で考えれば酒場で『お人好しの愚か者』と嘲笑される行為。

 そんなことを成し遂げられる人は『英雄』だなんて呼ばれてしまうだろう。


 しかし暴力と常識を払いのけ、今も迷宮技師ダンジョニアは先頭に立っている。

 だから新聞に載るであろうこの戦いの名は『英雄の胎動』。


 震える心。

 胸が熱く滾る。


 雄々しく立ち向かう背中は、前を見据えていた。



 ◇



 焼かれた顔が即座に再生。

 しかしドランゴルムは、後ずさった。


 見えたのは赤く変色した激昂の目。

 踏ん張るように重心を落とす。

 それは最も注意しなければならない攻撃モーション。



「ブレスが来るっ」



 悲鳴のような絶叫。

 熟知するアイカにも『まさかこんな短時間で?』という信じられない現象。


 ブレスは半日以上のインターバルがあるとされている。

 だからそれまでに多重防壁や魔法盾、【治癒】の準備を整える。

 そうでなければ命がいくつあっても足りない。


 邪魔な冒険者を排除し、餌を逃がすまいと選択されたのは必殺のスキル。

 あの物量であればこの石壁ごと押し流してしまう。



「ちょっと音が出ますよ」



「えあ?」



「『設置』」



『バッギャアアアン』



『ちょっと』どころではない凄まじい音にアイカは思わず耳を塞いだ。

 すぐにズンという振動を感じた後は何も起きない。


 ……ブレスが来ない?


 恐る恐る石壁から少し顔を出す。



「……なにこれ」



 起きていたのは不可解な攻撃。

 ドランゴルムの口に穴が開いているのだ。

 喉とかではなく、顎を吹き飛ばし貫通して胴体まで続く穴。

 奥に白い何かが見えている。



「石柱ですね。『設置』」



 またも強烈な音を響かせた。

 右肩付近の石英が吹き飛びキラキラと舞った。


 確かに体内深く撃ち込まれたその色には見覚えがある。


 石柱――『先の尖った回廊の石柱』


 石柱を操り、それを槍みたいに飛ばしてブレスを止めた。

 でもそれだけじゃ再生してすぐに――


 ……再生が……遅い?



「再生阻害……」



 腕を破壊されても、いつもならすぐに形を取り戻す【超再生】が目に見えて遅い。


 あの攻撃は破壊が目的じゃない。

 体内に『不壊』の異物を撃ち込むこと。


 次々と撃ち込まれる石柱は【超再生】だけでなく、動きも阻害している。



「立てますかっ?」



「……『القليل من الشفاء لك【治癒】』」



「っ!」



 不意に後ろから声と【治癒】を掛けられビクンと跳ねる。



「あとはあなただけだよっ」



「あっ」



 それは手助けしていた2人の冒険者。

 自分以外の者はすべてこのエリアから脱出したのだ。


 罠のお陰でゴーレムも遠くにちらほら見えているだけ。

 動きの鈍ったドランゴルムからなら安全に逃げることが出来るだろう。


 助かった……本当に助けられてしまった。

 先頭に立つ迷宮技師ダンジョニアを見やる。



「…………見てちゃダメ、よね? 『英雄』が誕生するところ」

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