68:2週間で利益が出る
『2週間で利益が出る』
この胡散臭いセリフはハッタリではない。
依頼料と材料の価格相場から、余裕をみて粗利を計算していたものだ。
流石に消耗品費などは不明だが、未来の魔剣技師に因れば雛形があれば低コストで高速量産も可能だとのこと。
まぁこの暑くなる時期、安心と信頼のバレーガの職人が作ったというブランド力。
その利便性、携帯性からすれば、どこぞの広場や迷宮内の休憩スポットの屋台、運送業にも引き合いは強いだろうと目論んでいた。
しかし、その予測は大きく外れることになる。
◇
結果から言えば3日。
エアクーラーと名付けられた魔導具はたったの3日で大口の注文が入り、商業組合は早くもキャパオーバーに悪戦苦闘している。
大きな引き合いがあったのは宿泊業と高温迷宮探索。
まずバレーガのみならず宿泊施設からの問い合わせと注文が相次いだ。
設計仕様は圧空の魔導具をエアクーラーに取り付けた箱。
そう。完成したのはまさに小型冷蔵庫。
温度調節と湿度管理、節約機能も紋章でしている優れもの。
排気音に関しては『防音』を刻んでいた。
元々この世界の冷蔵の魔導具は、水魔石と闇魔石を燃料としている。
そして紋章を刻み、マナの質を変化させることで冷却効果を発揮する。
だから冷却槽の他に複雑で大掛かりな設備が必要になっていた。
その上、融合魔法を発動させ続けているようなもので魔石消費もかなり激しい。
本体も維持費も高額で大掛かりな設備となれば客室までは普及しにくいし、設置するにしてもリスクが伴う。
かなりハイスペックだった神獣の尻尾亭の客室にも置いていなかったのは、その為だ。
だから安価で比較的小型に出来るエアークーラー式は客室にうってつけだったというわけだ。
宿泊業の顧客の多くは、短期滞在の冒険者。
あの手この手で呼び込みたい宿泊業としては、客室に冷蔵庫があることが集客になると映ったようだ。
現に俺も部屋で氷が欲しいと思ったことあるしな。
◇
次に問題の高温迷宮とは何か。
これはその名の通り、周辺環境が高温になっている高難易度の迷宮だ。
身近だと蒸し暑いバレ鉱の3層がそれに近いだろう。
特徴としては危険で辛い労働環境に見合った高収入が見込めるが、当然そんなに長時間は探索できない。
『快暖』の紋章等では、流石に周辺温度が50度を超えるような温度調整は厳しいらしく、様々な補助魔法や魔導具、専用防具を利用してやっと体温を調整していた。
こういった事前準備の敷居の高さから、そもそもパーティ編成も難しい。
魔物ドロップ品や素材の採取にしても専門クランに高額依頼を出さなければならなかったのが現状だった。
そこに目を付けたのが、防具の下に着こめるようにしたクーラー機能付き装備。
カジュアルに言うなら小型の圧空の魔導具とエアクーラーを付けたアンダーウェア。
燃料は風魔石のみで長時間可動と謳った装備は、高温迷宮に手を出したかった冒険者とクランにドン刺さりした。
探索装備のアドバンテージとしても、迷宮系クランの福利厚生の一環としても需要が爆発したらしい。
◇
『カブーの駆除』については正式にクエストになった。
捕獲したカブーはそのままギルドから観光組合に持ち込まれ、『瞬間冷凍』か『熟成冷蔵』され各地に卸されていく。
これで増え続けていたカブーも色んなところで美味しく食べられるようになるだろう。
俺としては釣り人口が増えたのがかなり嬉しい。
もう釣り仙人みたいなおじいの釣り仲間ができたしな。
商業組合という名前は付いているものの、どちらかと言えば所属する魔導具技師の中小規模クランの元締め、言わば『親会社』か『専門商社』のような役割も担っている。
となると町自体が『総合商社』のようであり、そりゃあ持ち得る権力としてはかなり強いわけだよな。
狭い範囲での中央集権。
大手クランのアイゼイレとはまた違った珍しいビジネスモデルだ。
組合同士で仲が悪いというか、権力差が生まれているのはこの所為なんじゃないだろうか。
今回は観光組合の宣伝戦略がガッチリハマったのも需要に繋がったはずだ。
これを機に、歩み寄ってくれればいいなぁ。
『当分は生産に掛かり切りになる。何かあれば連絡はギルドを通す。それは持ってけ。マルテは置いてけ』
そんな事を考えていると、目の前の眉雪はそう仏頂面で連絡を締めくくった。
そして、上の空で聞いていた連絡はさらに彼方へ飛んでった。
受け取った『それ』とは横長の箱とキラキラした小物。
待望の『大物用クーラーボックス』とジグやスプーンの『ルアーセット』。
今回も出張中の俺にとっては面倒くさいロイヤリティなんかを断った。
そして『代わりにこんなの出来る?』とむちゃぶり報酬として貰ったのがこれ。
まぁ契約についてざっくり言えば『金はいらねぇ孫達にくれてやれ』『ふざけんなっお小遣いじゃねぇ』などの応酬が続き、流石に忙しいオートイさん並びに商業組合も面倒くさ――気を利かせてくれて、ギルドにぶん投げ――お任せすることになった。
◇
やっべ嬉しっ。あぁ早く使いたい。
すぐにでもこれ持って王都に――
いやいやっなんならロンメルでもいいかも、あっもうそこら辺の川でも――
「こっちだよっせんぱいっ」
「……」
「えっ! ちょっとどこいくの?! 止まってよっ」
「え?」
「えっ?! ほんとどこ行くのっ?!」
強引に手を引かれて制された。
足が釣り場に向かっていた。いや、今も向かいたいんだが。
「……受付時間」
「そ、そうだよっ 早く行かないと配送受付終わっちゃうよっその箱送るって言ったのせんぱいだよっ」
「あぁ……ちょっとだけっお試しですからっ! ほんのちょこっとだけ」
「……多分夜までやる」
「駄目だよっせんぱいは魚釣り始めると止まらなくなるんだよっまた絶対遅くなるよっ」
「うっ……」
ぐうっ……正論だ。
ここ数日カブー駆除に託けて釣り三昧だったのも俺だし、にゃんこ先生にクーラーボックス送り付けてレッドテール持ってきてくれるように言ったのも俺だ。
うぅ仕方ない……動きは風呂で確認しよ。
◇
レンガ作りの洋館のような外観。
グロイスにあるものと似た佇まい。
夕方が近いためか、戦利品を持ち込む冒険者も多く見える。
しかし、大半を占めているのは防具ではなく作務衣を来た職人。
そして掲示板に並ぶのは沢山の製作クエスト。
古びて尚美しく磨かれた看板。
刻まれた名はバレーガギルド。
職人の町バレーガを色濃く反映したギルドは町の中心に建てられていた。
「やったねっレオっ」
「……うん」
先に譲った受付から2人の喜びの声が響いた。
最近分かるようになってきた、あの『うん』は喜んでる『うん』だ。
その理由はすぐ分かる。
レオさんの手首に巻いてある冒険者の証の形が変わっているから。
通常1年以上は掛かるはずの8級から7級へのランクアップ。
それを2週間程度で行ったという快挙。
これは『新魔法の開発』に対して『特待処置』が受理された結果だ。
有用性が認められた風属性の冷却魔法は【風氷渦】と名付けられた。
孫弟子の新魔法開発に大いに喜んでいたウォードさんに因れば、受理されれば魔導研究所で『詠唱の開発』が進められるそうだ。
これは『詠唱があるから魔法が起きるんじゃないの?』程度に思っていた俺にとってはかなり意外な話だった。
風魔法を例に挙げれば、そもそも空気の圧力と範囲を調整できることは、日常的に風魔法を使うこの世界の住民には当たり前のこと。
雨避けを行うため使ったり、服を乾かすために温風を出したり、少数派は敵を薙ぎ払ったりと用途により調整を行っている。
これはそれぞれの魔法に対応した詠唱を唱えれば、強弱はあれど同じような効果が起こせるということ。
言い換えれば『詠唱という規格化された方法を行うことで、設定通りにマナを動かし運用できる』。
つまり詠唱とは魔法の標準化。
普及したスマホアプリのように、めちゃくちゃ便利で日常に溶け込んだものと同じだ。
アプリを使って何かをすることができる人は多いが、新しいアプリ自体を作ろうとする人は限られている。
だから『短縮詠唱』と呼ばれる技術は自身がマナの操作を深く理解することで、詠唱が無くとも魔法の効果を起こしていることらしい。
◇
『……コイズミさんのお陰』と言っているようなオッドアイの目線に軽く首を振る。
「日頃の努力の成果ですよ」
「……ん」
目標らしい6級までもう少しだ。焦らず研鑽を続けていればきっと大丈夫。
むしろ、暴発するほどのバカ高い魔力を制御できるようになったら怖いもの無しなんじゃ……
あれ? この子天才なんじゃね?
「おふぅ……ぁっ……あたしはもうすぐ追いつくからねっ! 覚悟してなよっせーんぱい」
「はは。新聞の昇級欄を楽しみにしてますよ」
「本気にしてないっ ほんとの本気ですぐ追いついてやるんだからっ」
生意気そうな上目づかいの9級新人冒険者も貢献値が良い感触だったようだ。
格上のボデンゴーレムをザッシュザッシュぶった切っているのは知っている。
サイトンさんからは『陽光の森』に散歩がてらブルートツリーを狩りまくっていると聞いていた。
『魔剣のお陰』と謙遜するが、水属性で木って関係ないんじゃ……
あれ? この子天才なんじゃね?
◇
「はい。確かに。配送依頼を承りました」
いくつかの荷物が無事配送登録できた。
ギルドは信頼できる配送専門クランとNDA、秘密保持契約することでスピーディで安全な配送を実現している。『だから大丈夫』と受付嬢から念押しされた。
『初めてのご利用ですか?』に素直に『はい』と答えられてしまうと長々とした説明をしなければならないギルド嬢も大変だ。
それでも1mmも営業スマイルを崩さないお姉さんギルド嬢にプロの風格を感じる。
胸元が絶妙に覗く制服の着こなし方にもプロの――
「では、こちらに冒険者の証をお願いいたします」
「アッハイ」
石板に近づけるといつものピコーンが聞こえた。
「はい。確かに……えぇっ!!!」
「えぇ?!」
「「「えぇっ?!」」」
びっくりしたっ急に表情を崩したことにまず驚いた。
その顔に受付の同僚達も驚いてるんだから絶対激レアだこれ。
「ど、どうしたんですか?」
「あっいやマニュアルだと……えっ……どうしましょう? えーと……その……お、驚かずに聞いてください」
その慌てぶりにもう驚いてるって。
「……コイズミ様は……もう6級の昇級試験を受ける事ができます」
「……はい?」
「すっご! 『飛び級』だよっ! やっばいよっせんぱいっ!」
「……『重特待処置』」
なにそれこわい。聞いてない。
『本当にあるんだ』
『貴族だけだと思ってた』
『あれ迷宮技師だよな』
その言葉にざわつきが広がった。
「えーと……それだけではなく、合格すれば続いて5級の昇級試験も……です……」
「………………はぁ?!」
3章前半が終了しました。
少し長めの幕間を挟んで後半へと続きます。
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