66:この仕組みは
「この仕組みはボルテックス・チューブと言います」
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急いでバレーガアイスを口に入れた後、街はずれの林に来ていた。
レオさんには空気の動きや部品の内径の調整なんかを実際に風魔法で再現しながら手伝ってもらい、そしてマルテさんには設計図とその調整通りに金属をコネコネしながら部品を作ってもらっていた。
「あーなにこれーっホントのホントに難しいっ」
繊細に動かす指からはマナの光が漏れ出る。
文句を言いながらも金属は形を変えていく。
それは洗練された冷間鍛造のようでどこか美しさを感じた。
「……試したい」
早すぎる試作班の仕事ぶりに感心していると、小柄な魔導師はウズウズするように呟く。
見れば新しい玩具を目の前にしたようなオッドアイがキラキラとしている。
確か氷魔法は『水』と『闇』の融合魔法。
シェフィ師匠の得意魔法だしな。どこか憧れのような感情があるのかもしれない。
◇
「……ん」
ギュッと気合を入れた魔導師の上には、大気の奔流が浮かぶ。
バサバサと周囲の木々を揺らし、巻き込まれた葉っぱが砕けていく。
「……ぐっ」
小一時間ほどの挑戦は、レオさんのマナと体力を奪っていた。
如何に魔力が高いと言われていても、これだけ大規模に連続運転してれば無理が出るだろう。
まぁそりゃそうだ。
単純に大きくすればいいってもんじゃない。
流量や圧力も調整が必要だし、空気密度と動粘性、チョーク流れ、圧力損失だって考えなきゃいけない。
流体はそんな簡単に――
「……でき……た」
「えぇ?!」
目を向けた先の木が悲鳴を上げるようにベキベキと音を出す。
急速に色を失う樹木は、霜に覆われながら凍りついていく。
フードが浮き顕になる額には汗が浮かび、冷風に金髪がたなびく。
「……できたっ」
同じセリフを繰り返す魔導師。
やり遂げたように目を細めるオッドアイの上には大きな『渦』が浮かんでいた。
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温度を下げるモノと言えば、身近なところではエアコンや冷蔵庫を思い浮かべるのではないだろうか。
これらは冷媒と呼ばれるフロンやアンモニアを圧縮、凝縮、膨張、蒸発を繰り返すことで、高温・高圧の液体にしたり、低温・低圧の気体にしたりと、冷媒の状態を変化させて温度を下げている。
この流れは『蒸気圧縮式冷凍サイクル』と呼ばれる。
気体は圧縮することで温かくなり、膨張させることで冷たくなる。
ざっくり言えばアルコールを塗った肌がひんやりと感じる現象を利用しているんだ。
じゃあこのボルテックス・チューブとは何か。
今回マルテさんに作ってもらった金属筒は、まず側面から圧縮空気を入れることで、ゼネレータ、中心に穴の開いた回転しないプロペラのような部品を通り、空気を超高速回転させる。
次に回転した空気は、遠心力でチューブの外側に押し付けられながら螺旋状に先端の逆側に空いた隙間に向かう。
この時、高速回転している外側の空気は高圧になり熱を持つ、逆に内側の空気は低圧になる。
そして隙間から外側の温まった空気の一部を外へ逃がす、残りの空気は圧力の低くなっている内側に押し戻され膨張する。
膨張した内側の空気は温度が下がり、同じ角速度で回転しながら先端側に逆走する。
まるで踵を返した空気が熱を奪われながら、熱い空気の中心をすり抜けるように先端へ向かう。
仕組みのキモはこの高圧の回転流と逆走する低圧の回転流を作り出すこと。
この時の先端から出る冷気は、入れた圧縮空気から最大-70℃程度。
今の室温が25℃だとすれば-45℃程度の超低温の冷風が出ていることになる。
つまりボルテックス・チューブとは『ボルテックス(渦)』を利用することで、空気の『疎と密の状態』を起こし、高温と低温に分けることが出来る仕組みだ。
◇
特徴としては可動部品がないからメンテナンスが要らない、そしてこれ自体には電気も冷媒も必要としないから小型軽量。
圧縮空気を入れればすぐに冷気が出てくるし、ケツの隙間を調整すれば温度なんかの調整も可能だ。
こんな素晴らしい特徴を持つこの仕組みが家庭用冷蔵庫に使われていないのには、当然理由がある。
普通の家庭では圧縮空気を作るためだけにエアコンプレッサーなんて置かないし、装置や排出空気の騒音も問題になるからだ。
しかし、この魔法が発達した世界ではエアコンプレッサーを使用せずとも、簡単に圧縮空気を確保できる。
乾燥したクリーンエアだって『清浄』の紋章で作っていたしな。
しかも産業用で使われるのは精々0.7Mpa程度までで、高圧と言っても4Mpa程度だ。
風魔法でゴーレムを吹き飛ばすほどとなると、信じられないほどの圧力と十分な流量と速度が無ければ出来ないだろう。
そこから作り出される超低温の突風は、どれほどの効果があるだろう。
高圧ガス保安法でもあれば真っ青かもしれない。
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「というわけです」
「ボルテックス・チューブ……必要なのは風魔法だけ……」
お偉方の顔付きから察するに、既に思考は『これを使ってどういう魔導具を作ろうか』に移っているのだろう。
「えぇ。ですから皆さんの知見があれば、さらに小型にすることも紋章で追加効果を付けることもできるのでは、と期待しています」
「……契約の内容は?」
「と、いいますと?」
「おい。分かってんだろ。こいつを使う条件とか、利益の何割だとか」
「あっ……」
やっべ……そういや考えてなかった。
マジでカブーが駆除されるだけじゃなくて、美味しく食べれるようになればどうでも良かった。
……どうしよう。
「まさか……お前。本当に儂らに『カブーの名産化』を手伝わせるだけに来たのか……?」
「いや……そのぉ……」
「「くっく……はっはっは」」
重かった応接室の空気が弾けたように笑いが響いた。
……なにこれ。
「えぇ……」
「話は聞いてたが、本当だったとはなぁ。どんなペテン師かと思ってたわい」
「へっへっせんぱいはそんなんじゃないよっおじいちゃん」
「かーわゆいのぉ! マルテはーっ! ほらっこっちにおいで!」
「もう止めてよ。もう大人なのっ」
「久しぶりじゃからなぁ! マルテやっ ほらっほらっほらぁあ!」
「ちょっ怖いよっおじいちゃん! ほんとのほんとにっ! なんかムキムキだよっ」
「ひぁあ! 何も剣を出さなくてもいいじゃろっ! じゃろ?」
おじいちゃん……?




