65:……すごい
「……すごい」
「ほんとすごいですね。こんな短時間で」
「え……いや、コイズミさんが――」
「いやいや、出来たのはレオさんの――」
「いや……こんな新しい魔法……僕だけじゃ――」
「いやいや、マナ制御が上手くなってきた証拠ですって」
「いや……でも……」
『パアアアアアアアーーーーーーーーーンッ』
「「わっ!!!」」
不毛な『いやいや』の言い合いは、凄まじい破砕音によってかき消された。
レオさんは尻餅を付き、俺はあまりのびっくり具合に首を痛めた。
「……び、びっくりした」
余程驚いたのだろう。ふるふる座り込んだまま立ち上がれない。
首をさすりさすり手を差し出すと、不思議そうに見つめられた。
そして重ねた手には頼りない重さを感じる。
おずおずと躊躇いながら手を伸ばしたその仕草が、いつかの川辺の情景と重なった。
そういや最初はすっごい頑固に断られたよな。
「……ひどい。笑うなんて」
「違います違います。いやぁ……いつかの川辺の事を思い出しまして」
「ぁ……」
気恥ずさか俯く魔導師のローブ。
心地よい静寂が訪れる。
その静寂の中に『おふぅ』と、最早聴き慣れた吐息が聞こえた。
顔を向けると木の影からは、最早見慣れたブルーの瞳が覗いている。
「あっ! いや、その……い、依頼品持ってきたよっ」
「すごい早かったですね」
「へっへ。未来の魔剣鍛冶だもんっ任せてよっ」
受け取ったのは、細長いスプレー缶程度の金属製の筒。
細くなった先端には穴が空いていて、逆側には隙間が覗いている。
そして側面から『何か』を入れるように穴の空いた突起が飛び出している。
「じゃあこれで『段取完了』ですね。交渉と参りましょうか」
「その前に『これ』どうにかしないとじゃない?」
「ん……『نسيم دافئ ناعم【薫風】」
通り抜ける温風。
ペキペキと音を立てる木々。
その『凍りついた木々』に色が戻り始めた。
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「噂の迷宮技師様が何を言い出すかと思えば、カブーの名産化を手伝え? お門違いって言葉を知ってるか?」
眉間に皺を寄せるのはガッシリとした眉雪。
バレーガ商業組合のお偉方はその言葉に大きく頷く。
商業組合長の肩書きは飾りではない。
感じる威厳には、長年の苦労とその誇りが垣間見えた。
ここは商業組合の本部。
大きな町の役場の中に、役割と観光組合との仲の悪さを隔てるように東西に分けられた1区画。
東側を占拠する商業組合には歓迎する素振りなく、ここまで通された。
その風格がにじみ出る言葉にも急いでアポを取ってもらったことに加え、俺に対する皮肉と共に威圧が込められていた。
気難しさを感じる眉間の皺がさらに深くなる。
「そもそも今回の食害はカースファンガス、つまりはバレ鉱が原因と聞いてる。後はカブーを勝手に駆除し始めたのもな」
「耳が早いですね。アレは『毛針』って言うんです」
「ま、駆除する工法を広めたのは評価してやる。……だが食われたケルクなんかは戻ってこない。お陰で香料なんかの原料が高騰してる。商業組合にもそんなことに割く予算も余裕もない。まぁ契約書にサインしたのはウチの町長だが、その原因を作ったのはあんたと観光組のやつらだ。『はいそうですか』と頷くには筋が通っちゃいないだろう?」
『金の無駄だ』『時間の無駄だ』『観光組の奴らに言えってんだ』のこちらに聞こえるガヤも、この短時間で聞き飽きた。
この流れは『話を聞くだけ聞いて、馬鹿にして帰す』の常套句だ。
上々の流れだ。早速仕掛けるか。
「えぇ。ですから今回の提案は『カブーの名産化をすることで利益を上げるから、商業組合としても一枚噛みませんか』と言っているんです」
「……口ぶりが詐欺師のソレだな。儂たちは専門家じゃないが生モノは難しいとは知ってる。カブーの保存はどうする?」
「冷凍します。それも『瞬間冷凍』を行います」
「瞬間冷凍? アホらしい。冷凍設備を用意するには莫大な手間と金が掛かる。お前の言う利益が出るのはいつだ? 5年か? 10年か?」
「そうですね。恐らく2週間後には」
「かっ! 話にならん。どんな奴かと思えばこんなペテン師だったとはな。話はこれまでだ」
『ドン』
机に置いたのは、マルテさんに作ってもらった筒。
「……なんだそれは?」
「試作品です。冷凍魔道具の」
「こんな小さい物がか?」
よしっ掛かった。
「えぇ。使い方をお見せしますね。レオさんお願いします」
「……ん。『كرة الرياح【風球】』」
唱えられたのは下級の風魔法。
大きな透明な風船が筒の側面の突起から、徐々に押し込まれていく。
『シューーーーーー』
すると、空気が漏れるような大きな音が響いた。
防護手袋を付けて持ち上げ、排出される風を出してもらっていたお茶に向けた。
その瞬間、冷気の湯気が漏れ出る。
温くなっていたお茶がピキピキと音を出し、表面から凍りついた。
「な、なんだとっ! 貸せっよく見せろ! いっ!!」
訝しげな目が見開く。
ガタっと勢いよく立ち上がり、奪い取るように持ち上げた指が先端付近に触れた。
瞬間、凍りつき指が張り付いた。
「あっつ!」
慌てて逆側を持つと、今度は熱を持つ逆側に驚き、筒を取り落とした。
「あっ両端は危ないですよっ」
「馬鹿者っ早く言えっ」
文句を言うが、眉間の皺は浅くなっている。
改めてマジマジと見つめる目は、新しい玩具を見つめるように輝いていた。
◇
改めて出してもらったお茶を啜る。
お偉方は『ああでもないこうでもない』を繰り返しながら、楽しんでいるように見える。
暫くして満足したのか、皆席につく。
「おい。これはなんだ?」
「冷凍の魔道具の試作品です」
「おい。分かってんだろ。これは氷魔法じゃなくて、風魔法で冷気を生み出した。どんな仕掛けがあるんだ? 紋章か? 魔石か?」
「いやぁ……それはちょっと」
「なんだ勿体ぶるなよ」
「ですが、それを聞くとなると『カブーの名産化』に協力するって事になりますよ?」
「それも分かってんだろ。だからこんなもん持ち込んだんだろ? これはカブーだけじゃない。凡ゆる魔獣や生モノが輸送可能になる」
「えぇ。そうでしょうね」
「何より、さっき試作品だと言ったな? もう儂達はコレに魅せられちまった。魔道具技師としてコレを知りたい、作ってみたいと思っちまった」
確かに分かっていたことだ。
言い方は悪いが、現物を出して職人気質な部分をくすぐられたら、きっと乗ってくると思っていた。
これ以上は意地悪になってしまうな。
「じゃあご説明いたします。これには紋章も魔石も使ってないんです。使ったのは圧縮した空気。こいつの仕組みは――」




