64:どうでもよくなかった
どうでもよくなかった。
全然どうでもよくなかった。
チラッと見てしまったら、なんというかミニバイクに450cc付けたような感じだったもの。
でも凄まじく綺麗に整っていた。『あれ? 新しい黄金比?』って思ったもの。
『姿を偽っている』。
それはまぁ間違いない。
先に入っていた数人の冒険者達が何も騒がなかったから。
俺はせめて離れた位置ならと思っていたが、レオさんの人見知りが発動したのか、全然隣を離れなかった。
凄い意識してしまったのはしょうがないだろう。
恥ずかしがる仕草が余計に、こう……
『周りには男に見える魔法少女がタオル1枚で男湯』なんてどんなエ――
「き、切りすぎじゃない? せんぱい」
「あっ……」
目の前には捌かれた切り身の束。
気が付けば5匹も捌いてしまっていた。
◇
ワンルームではあるが簡易ベッドを置いても余裕がある部屋。
コンロ型の魔道具の上では、鍋と蓋の隙間から蒸気が漏れている。
「もうそろそろですね」
「……おいしそう……っ///」
「おふぅ……いい匂いしてきたよっ」
そして、マルテさんからも変な吐息が漏れた。
一夜明けた今でも微妙なドギマギが続いている。
明らかに寝不足のオッドアイはまともに目を合わせてくれないし……
なぜかスカイブルーの瞳にも熱っぽい視線を向けられている気がするし……
レオさんはまぁ分かる。
すげぇ特殊な体験をしたんだから。いつもはどうしてるんだ?
あとはマルテさんはなんなんだ?
ま、まぁ……とにかくカブー鍋をつつこうじゃないか。
今回の鍋は昆布出汁の水炊きに近い。
透き通ったスープからは、野菜の匂いと共にあっさりとした香りが広がる。
じゃあ早速カブーを。
箸から伝わる感触はほろふわ。
少し赤みがかった白身は強く掴むだけで崩れてしまう。
はふっと一口。
ほろっと崩れるような柔らかさ。
しかし……淡白。これは油が少ない身質だ。
美味いけどあっさり。どこか鱈に似ているかもしれない。
野菜と共に用意したポン酢に潜らせば、かなり絶品。
味付け次第でどんな料理にも合いそうな感じだな。
「……すごい」
「ほんと、すごい! 美味しいねっ」
うーん?
若い子には受けの悪い感じだと思ったけど大げさに喜んでくれている。
「やっぱり魔獣はマナがいい味してるっ」
「……うん。深みが」
「えっ? マナの味?」
「うん。せんぱい……魔獣の肉にはマナが豊富なんだよ」
「へぇ……」
確かにそんな事聞いた気がするが、なんだろう。なんかちょっと悔しい。
『この美味さが分からないなんて子供舌だ』って言われている気がする。
俺は誤魔化すようにゴマダレをぶっかけて、口に放り込んだ。
「あっそれあたしもやるっ!」
「……僕も」
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「名産化は難しい?」
ここは朝の果樹園。
竿を垂らす人が増え、少し賑やかになっている。
一番賑やかなのはマルテさんだけど。
『カブーを名産にしてみては』と様子を見に来たウォードさんに話してみれば、『難しい』との回答を貰ってしまった。
確かにカブーの下処理は少し大変だった。
カブーを【解体】、泥を取り外して【組立】しなおしたまでは良かった。
ただ石のような鱗? には安物の包丁では歯が立たず、小太刀の魔石をオンにしてやっと刃が通った。
でも米粒魔石が心臓付近から出てきたことを除けば、後は骨も複雑ではなくスムーズに捌けたんだけどな。
「『土の加護』持ちだからよ。生け簀にしても巨大な金属製を用意しなきゃいけねぇし、締めたら1日も経たずに臭みが出ちまうって言うからなぁ」
「あぁ。保存ができないと。んー冷凍したら味は落ちますよね」
「はっは。味はまぁ大丈夫だろうが、冷凍か。いや、確かにお前さんのお陰で風当たりは良くなったが、観光組合にそんな高い魔道具を買う予算は割いちゃもらえないさ。あの頑固な商業組合が黙っちゃいねぇよ」
「ん、氷魔法じゃダメなんですか?」
「そういやお前さんはまだルーキーだったな。6属性のマナ元素の中に『氷』は無いよな? お前さん氷魔法はどうやるか知ってるか?」
「あっ……そう言えば確かに。どうやるんですか?」
「氷は『融合魔法』だ。『水』と『闇』のマナを同時に練るんだよ。こんな風にな。【雪花】」
そう言うとおっちゃんの手の上に煌きが起こり、氷の結晶が踊った。
「『融合魔法』はおいそれと出来るモノじゃない。扱うにはコツがいる。いや、適正って言った方がいいか。だからこの程度の氷魔法でも出来るヤツはバレーガじゃ俺ぐらいだ」
「そう……ですか」
「まっシェフィのを見てれば簡単に出来ると思っちまってもしょうがねぇさ」
『こうして駆除が出来るだけでも儲けもんだ』とフォローを貰ってしまった。
そして踊っていた結晶がパキっと音を立てて砕け散った。
うーん。
もったいない。あんなに美味しいと食べてもらえるのに。
やはり釣り人しか食べられないような魚は美味しくても流通しづらい。
それは釣り人の特権だと思えばいいが、やっぱり美味しいものは皆に食べてもらいたいよな。
◇
金属製の巨大な生け簀に、大量冷凍出来る高級魔道具。
どちらにしてもまだまだ肩身の狭い観光組合には予算が下りない。
そんな町の柵をどうすりゃいいんだ……
いや、そもそもそういう冷凍技術なんかも進んでいない気がする。
多分マナ元素に無い魔法なんかは、必然的に発展していないんだ。
こういうアイス用程度ならあるが、大容量となるとそもそも用途が少ない。
それより輸送手段を開発していったほうが多方面に需要があるだろう。
カフェでバレーガアイスを頬張りながらそんな思考を巡らす。
うん。美味しい。やっぱりこれはディーツーにも食べさせてあげたい。
「……これからどうするの?」
「あっそうそう。次はどこに向かうの?」
「予定としてはロンメル経由で王都なんですけどね」
「あっじゃあロンメルまで一緒に行けるねっ! 良かったねレオ」
「……うん」
「えっ……本当に帰らなくていいんですか?」
「ステータス上げも兼ねてるんだけどね。お父さんにボデンコアの採取をお願いされてるんだ」
あぁなるほど。
可愛い子には旅をさせよってやつか。
えっ! じゃあまたどこかに泊まる?!
あんなのを毎日?! 間違いが起きるって!
身が持たないってマジで!
あっ……部屋分ければいいだけか。
「ポルタ遺跡は面白かったよねー? 初めて釣りやったり」
「……タルタル」
「ゴーレムが沈んでいくのを眺めたり……」
「……狂気」
「お手数おかけしました……」
「後は風魔法でドロップ品見えなくなったりねー」
「……次は大丈夫。もう範囲と圧力は調整できる」
ぐっと杖を握って、『成長した』アピールをしている。かわいい。
確かに水を出していない時の戦闘は大変だった。
風に舞う砂塵が収まるのを待たなければならなかった。
それを範囲やら圧力やらで調整できるようになったなら凄い成長だ。
……圧力の……調整?
「あっ! レオさん! 手伝ってもらいたいんですけどいいですか?」




