62:銅鉱で栄えた町バレーガ
銅鉱で栄えた町バレーガは、一見近代的に見える町並みで出迎えてくれる。
しかし、所々にその盛衰の跡を残していた。
工場などの配置が銅鉱石の加工工程に区分けされていたり、出稼ぎ労働者が滞在していた宿や疲れを癒した酒場などがバレ坑のある西側に凄く多かったりと、リフォームされてはいても昔の銅鉱山に沸いた面影を教えてくれる。
また、バレーガ伝統料理は挽肉のパイとなっており、これは労働者が働きながら食べれるようにと人気になったメニューらしい。
今では当時の精錬技術や2次加工産業は、魔導具技師などに様変わりし職人の町としても発展しているそうだ。
これはバレ鉱のゴロックトラップを見学した後に町を案内がてら説明してもらった内容。
『バレーガ観光組合の副組合長』のウォードさんに。
聞いたさ。なんでそんな偉い人がお土産屋やってんだって。
そしたら『まぁちょっとな』との回答。
何がちょっとなのか分からないもの。
人にはズケズケ聞く割に自分は照れて話さないもの。
◇
案内してもらったお目当ては問題となっているバレーガの産業の1つ、フルーツ栽培。
目の前に広がるのは広大な果樹園。
昨日までの雨に湿った土。
しかし水たまりもなく、水はけの良さが伺える。
周りを見れば虫除けをしているのかその辺にいる虫は多くない。
こんな所に本当に魚がいるのか?
離れた位置には複数種類栽培していて、見たことのある実はマリンだ。
ああやってバナナみたいに生っているのは初めて見た。
中でもケルクの占める割合は多く、半数ほどがケルクの低木。
緑色のトマトみたいに生っている。
目を移せば確かにおっちゃんの言うとおり、低木の下の方の実がほとんど無かった。
中には痛ましく半分齧られていたりと商品にならない物も見える。
「下の方の実はほとんど無くなってますね……」
「普段は虫なんかを食ってるらしいんだが、まぁこの通り雑食なんだ。マナがありゃカースファンガスの胞子だって食うぐらいだしな」
「マナ、雑食と……」
メモを取りながらも、仕掛けを考えていくがあまり良い案が思い浮かばない。
そりゃ地面泳ぐ魚とか初めてだし。
摩擦抵抗どうなってんだよ。
「……うーん。いつもは地面の中の魚ってどうやって対処しているんですか?」
「いや、こんな被害は今回初なんだ。なんでも他の地域じゃ土魔法で地面を掘り返したり、川に戻った時に捕るらしいんだが、根付いた木の周りを掘り返すわけにはいかねぇし、川で捕りゃ追われたカブーが陸に散るだけだって意見もでてる」
どうやらフルーツ栽培は町の公共事業のような立ち位置らしい。
駆除するにしても方法や発生するコストをどうするかでモメてるんだとか。
『分かるか? それで対応が遅れて、こうして被害が増えてちゃ世話ねぇんだけどな』と苦笑いを浮かべた。
確かに産学官でいうところの『官』、公共団体が絡むとこういう不具合が起きたときに動きが悪いって話はよく聞く。
まぁそれは多くの異なった意見が出る中で状況整理して纏めて、意思決定するのが非常に困難だというのは分からないでもない。
ただ、その不具合の元凶を作ってしまった身としてはちょっとな。
「おいルーキー落ち込むなよ。お前さんの所為じゃない。あぁバレーガアイス食いたきゃカフェにならあるだろうし、ウチも明日また入荷するからよ。元気だしな」
苦々しい顔をしていたのかそんなフォローを貰ってしまった。
その時、ザッと音を立て視界の隅で土塊が跳ねた。
気がついた時には、飛んでいた蝶が消えていた。
……あんなに跳ねるのか。
「実はちょっと試したいことがありまして」
◇
購入した『これで貴方も魔獣マスター! 大魔獣大図鑑』を読みあさる。
静かなカフェにはハーブティの香りが広がっている。
魔獣使い向けの本を勧められたかと思ったが、これは面白い。
その生態から味まで丁寧に書いてある。
美味とか書かれてるんだから楽しみでしょうがない。
いやぁ魔獣に魚がいるのは盲点だったし、陸に魚がいるのも盲点だった。
それに魔獣は魔石を吸収できるから単純に強い。
するってぇと引きも当然良いに決まってるよなぁ。
「お届け物だよっせーんぱいっ」
「……これ」
「え……」
初めての地面釣りに思いを馳せていると聞いたことのある声が聞こえて顔を上げる。
「依頼品が出来たから持ってきたんだっ」
「……ん」
その手には確かにケースに入った毛針用の針が光っている。
早いところとお願いしたが、まさかの2時間納品とは思っていなかった。
どうやらウォードさんはフルグライトに依頼してくれたようだ。
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魔石を巻き込めるように窪みを付けた厚みのある針。
単純な毛針というよりは、魔石のマナで集魚効果を高めるという、所謂イカスッテや邪道エギと言われる疑似餌にエサもプラスしたようないいとこ取り。
さらにこれは石の甲殻を貫く為に針を強化するための構造でもある。
糸の先で暴れる石を見れば綺麗に上顎に刺さっている。
今回の仕掛けは単純。
お手製の毛針に風に舞わない程度の軽い錘をつけただけ。
「……きた」
「あっ! こっちも!」
共に垂らす延べ竿にもすぐに当たりが来る。
いつの間にか増えた観客からも歓声があがる。
急にぐっと重くなる当たりがたまらない。
地面に毛針を投げるなんてことがこんなに面白いとは思っていなかった。
この釣りを広めていけば、陸に増えすぎた魚害も減るだろう。
それに美味いと言われる魔獣が手軽に食べれるようになるかも知れない。
◇
果樹園の従業員やら観客やらと交代しながらわいわいやっていたらもう夕方。
沈む夕日を背中に、お勧めされた宿へと向う。
爆釣に足取りも軽い。
「えっ帰らないんですか?」
「お父さんはせっかくだから泊まってきてもいいってさ」
「……冒険者はどこでも寝れないと」
少し得意げに先輩ズラしている感じのレオさん。
あー確かにそういう練習も必要か。
出張も慣れない内はホテルで寝られないって同僚もいた。
でも送り出したはいいものの、なんだかんだ親馬鹿なサイトンさんは心配してるんだろうな。
「でも仕事は良かったんですが?」
「あんな歪んだ【水球】じゃ仕事にならないしねぇ。ねー?」
「……むっ マルテだってオツリ間違えた」
「あっそれ言わないでって言ったのにっ」
2人の横顔が夕日に染まる。
急に別れを告げることになってしまった2人とまたこうして話せて良かった。
◇
「悪いねぇ1人部屋だったら2部屋空いてるんだけどねぇ。2人1部屋なら簡易ベッドを置けるし安くするよ」
盛況らしい宿屋は、そう申し訳なさそうに告げた。
バレ鉱に訪れる冒険者や湧き環境なんかを研究する魔物研究者達が増えたバレーガは宿屋も混んでいる。
ここに着くまでに見かけた比較的小さい宿屋は『満室』の看板が出ている所が多かった。
お勧めの宿屋は中型ホテルって感じと言ったらいいのか、そこそこの大きさ。
なんでも、料理が美味しいと評判らしい。
「どうします? 他の所も探してみますか?」
「……」
「あっあたしはここがいいっ!」
「んー? ……じゃあ、2部屋お願いします」
「まいどっこれが鍵だよ」
それはなんの飾りもない丸い玉。尻尾の鍵は洒落てたんだなぁ。
『はい』っと隣のレオさんに1つ手渡す。
「なんでっ 普通あたしが1人部屋でしょ」
それをヒョイっとマルテさんは摘んだ。
「え? だってそれは――」
「せんぱいっパーティを組んでても、普通は分けるのっ 男の子同士話すこともあるでしょ」
……男の子同士?
……あっ
――しかし我に見えているレオ殿は緑髪の男性なのだ
思い出した言葉に思わずレオさんを見つめる。
ぎゅっと杖を握る手に力が入った。
えぇ……その潤んだ目はなんなんだ……
小洒落たホテルのロビーに『おふぅ』と変な声が響いた。
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『カブー』
『形態・特徴』
最大40cmほどで、石のような甲殻に覆われている。
『土の加護』を持ち、水陸共に泳ぐ。
岩陰を好み、捕食時以外はほとんど動かない。
飼育する場合は水が無いと死ぬ。
土中で死んだ場合は回収が非常に困難になるため注意。
『食性』
昆虫、小魚、甲殻類、果実
『分布』
シャッツフルス山間部、平野部
主に河川中域
『食味』
泥抜きをして煮付け、唐揚げ、鍋にしても美味
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