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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第3章 出張には延長がつきものな件について
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59:活気に溢れている

 活気に溢れているはずの村の広場。

 相変わらず昼時を過ぎても賑わっているが、今日はどこか違っていた。


 人出が少ない訳ではない。

 ただ、すこしだけいつもより話している声のトーンが低いのだ。


 ピコピコと動く赤い猫耳は敏感にその違いを感じ取っていた。


 その『地獄耳』が聞き取る内容は、『迷宮技師ダンジョニアが遠い故郷に戻る』。

 それも『急に明日』なのだと。

 暫くする頃には、荒唐無稽な尾ひれが付いて『迷宮技師ダンジョニア帝輝龍グランツドラゴンを狩りに行く』なんてことになっていた。


 ここ数日前に拠点をグロイスに移したラッカには、村の詳しい事情は分からない。

 しかし、噂になっている人物については知識と面識があった。


 先週まで2重スパイ紛いのことをやっていたのは、まさにその迷宮技師ダンジョニアが関係している。

 依頼のために調べ上げたその人物は、信じがたい功績を残していた。


 バレ鉱のゴロックトラップ観光開発に始まり、新素材の開発、そしてあの『愚物』の逮捕劇を引き起こし鉄鋼素材の流通に革命を起こした。

 その後の多額の寄付や表彰を断ったことなども民衆が知ることとなり、知名度はうなぎのぼり。

 雑誌なんかでも連日特集されている。


 昨日の話では、鍛冶屋にボデンコアを使って廉価版のコア処理装置を作ったそうだ。

 このグロイスにいなければ、きっとクラン勧誘と野次馬で溢れかえっていたことだろう。


『弱いくせに凄いヤツ』

『絶対、何か裏がある』

『でも金の匂いがするし、ちょっとかわいいし』


 と自身に言い聞かせストーカー紛いの事を始めていた彼女には、また『よく分からない』感情が押し寄せていた。



「あんな言い方しなくてもいいのにゃっ」



 あんな急に追い出すようなこと。

 あの冷酷な秘書の言葉を思い出すたびに胸がムカムカする。



「都合が悪くなれば、ポイッなんてあんまりにゃ」



 律儀にその理不尽な退去命令に従い、別れのあいさつに回るコイズミを遠目に見つめる。

『防音』が設置されている庁舎やギルドを抜かせば、鍛冶屋でも診療所でも、往来でさえも彼が告げる急な別れを惜しむ声が、嗚咽が『地獄耳』に届いた。


 多分残したのは功績だけではない。

 1ヶ月という短い期間で如何に人の心に触れていたかが伺い知れた。



 ――自分だって本音を言えば、もう少し見ていたかった。

 ――本音を言えば、もう少し話したかった。

 ――本音を言えば……



 胸のムカムカがシクシクとしたモノに変わっていた事にラッカは気が付いていなかった。

 その代わりに湿った心を写すような曇っていく空に、もう直ぐ雨が来ることに気が付く。


 注意して見ていなければ見失ってしまう後ろ姿が小さくなる。

 足早に宿に戻る後ろ姿を、彼女は見送る事しか出来なかった。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 退去の準備、と言っても何もすることはない。

 自分の物は全て『倉庫』に入っている。

 引越しも楽チン。


 ということは、部屋に戻っても何もやることはないということだ。


 窓の外ではパラパラと小雨が降り始めている。

 仕方なくベッドへと身を投げる。


 別れのあいさつと共に情報を集めてみるものの全滅。

 村人にも出回らない情報を俺が知るすべもなく、手詰まり。


 うーん……後味が悪い。

 何も分からないままって言うのが気持ちが悪い。


 少し帰るのが早まったと言えばそれだけなんだけどさ。



『コココン』



 突然ノックが聞こえた。

 俺は即座に身構えた。

 すぐに行動に移せるように右手を向ける。


 なぜならその方向はトイレのドア。



「失礼します……あっこんにちはっ」



「ディーツー! なんでそこからっ?!」



 現れたのはシャツに革のジャケット、そして草臥れたハット。

 鞭こそ持ってはいないが、どこぞの遺跡にでも乗り込んでいくような格好だ。



「前回のようなことが有ってはいけませんから。入る前には『ノック3回』なのだと調べたのですっ」



 確かに着替えている時に鉢合わせるのはちょっとな。

 でも惜しいな。今のはノックしてトイレから出てくる意味の分からない感じだった。

 誇らしそうに胸を張るディーツーには黙っておこう。



 ◇



「お約束の1月が経ちます。ここでの生活はどうでした?」



「……えぇ。楽しかったですよ」



 椅子に促し、お茶を勧めると奇しくもあの有能な秘書に問われたことと同じ内容を聞かれた。

 そのことに少し戸惑う。



「……ディーツー。実はそのことなんですが……」



「やっぱりこのまま残りますか?」



「え……なんで……」



「えーと、ケーヴィの予測では98%程度で帰ることはないとの予測が出されていました」



 なんか悔しいが、ケーヴィにはお見通しだったってわけだ。

 今この状況で帰るのは、どうにも腑に落ちない。

 急に俺が追い出される理由があったってのは間違いないんだから。



「じゃあすみません……1月延長させてください」



「えっ? す、好きなだけ居てもいいですよ?」



「出張は期限が決まっていないと、出張って言わないんですよ」



 期限の伸び伸びになった出張ほどモチベーションが下がるモノはない。

 仕事にも、その後の飲みにもダラけが出てしまう。



「……? うーん? と、とにかくここでの生活を楽しんでくださいね」



 まぁどちらにしても、この村からは離れなきゃいけないが、帰るのは後味の悪さを無くしてからだ。

 こんなの怪しいコードを残したまま帰るのと同じだ。

 絶対後で後悔するし問題が起こるんだよ。



 ◇



『それではっ』と恒例となった動作、パチンの胸の前で手を合わせ、空気を変えた。



「じゃあ早速発表しちゃいますよっ」



「ん……なにを?」



 いつも以上に大きなアクションだ。

 早く何かを言いたい感じが伝わってくる。



「さぁスマホを見てみてくださいっ! 早くっねっ早くっ」



「ふふっ。はいはい」



 言われたとおり『倉庫』から取り出す。



「んー……これといってー……あっバッテリーが」



 確か昨日メルさんと思い出に浸っていた時には10%を切っていた。

 でも今は80%。いやーこいつはありがたい。


 撮ってある魚図鑑と魔物図鑑にはお世話になった。

 画像でメモを残しておくのは、何かと便利なんだ。



「充電してくれたんですね」



「えへんっ! これは充電じゃないのですっ『充マナ』ですっ」



「……じゅうまな?」



「スマホの駆動エネルギーを電気からマナに変えたのですっ! これからは何時でも使い放題ですよっ」



「へ……まなにかえた? ……いつでもつかいほうだい?」



「これは魔石にマナが溜まる性質を応用したんですっ! 大気とか周辺から吸収しているのでエネルギー切れは心配いらないのですっ」



 こっわ! このエセ考古学者は何言っちゃってんの?

 ……第二種永久機関? 

 いや、マナだから一応自然エネルギー的なの利用してるのか?



 永久機関は論外だし、自然エネルギーを利用した発電だって負荷がかかれば壊れる。

 蓄電設備が無けりゃ安定しない上、風力発電だって燃えるし水力発電だって捥げる。

 制御できない過ぎたエネルギーは危険との隣り合わせだ。


 収納機能は『まぁ魔法があるんだし』と諦めに似た納得ができたが、身近なモノで不思議現象を起こされてしまうとどうも身構えてしまう。



「……これ持ってて大丈夫ですか?」



「だ、大丈夫ですっ! この世界の『不壊』の古代魔法を応用していますから、滅多なことでは壊れませんし、マナ吸収効率と変換効率、消費量の比率なんかはケーヴィが常に調整してます。さらに同時に何重ものフェールセーフが働いていますから――」



 大きなアクションで説明してくれているが全然頭に入ってこない。



「よ、喜んでもらえませんかぁ……?」



「あっ、いやっ! そんなことないですよ」



「でも……おにいちゃん嬉しくなさそう……」



「いやいやっ余りにすごくて……驚いているんですって」



「そ、そうですかっ! えへへっでもこれだけじゃないんですよっ! なんと通話機能が使えるようになったそうです!」



「……つうわ?」



「今まで使えなくて不便でしたよねっ? 撮った写真からどなたか選んで長押しすると、なんと離れた場所でも通話が出来るようになりましたっ」



 えっなにそれ生体GPS?

 そもそも電波は?


 聞きたいことはあるが、とりあえず物は試し。

 今話したいのはあの人だな。


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