6:目が覚める
お読みいただきありがとうございます。
ここから現状把握という名の世界、人物紹介などが続きます。
目が覚める。
柔らかなベッドに寝ていた。
見渡せば木材がふんだんに使われており暖かな印象の部屋。
質素だがよく出来た木製の家具が置いてある。
簡素なテーブルの上のお盆には陶器の水差しと逆さに置かれたガラスのコップ。
テーブル向かいのカーテンからは明るい日の光が漏れている。
ベッドから起き上がりカーテンを開ける。
清々しい光の粒が部屋を照らした。
外には町並みと遠くに森が見える。
どうやらこの部屋は2階のようだ。
窓を開ける。
町並みからは朝の喧騒が聞こえる。
涼風が頬を撫でた。少し肌寒さを感じる。
今更自分の恰好が下着姿だということに気が付いた。
見渡すが服は見当たらない。
カバンはベッドの横に置いてある。
コップに水を注ぎ、飲む。
ふぅ……冷たくて美味しい。
ぼやけていた頭がすっきりした。
ベッドに腰かけ記憶を辿る。
森にいたはずだよなぁ……あぁ倒れたんだ……
倒れるほど疲れていたか?
それとも食った牛もどきに遅効性の毒でも有ったのだろうか?
そう言えば胸の痛みは消えている。体に異常も見られない。
ありがたい。誰かが助けてくれたのだろう。
倒れた時にはマジで軽く死んだんじゃないかと思っていた。
はっきりとしてきた思考を巡らせていると小さく部屋の外から足音が聞こえた。
『トントントン』
ドアから優しいノックの音が聞こえる。
下着姿はマズいと思い、座ったまま布団に入り直し掛布団を下半身にかける。
「どうぞ」
「入りますねぇ」
女性の声が響き、足元まである薄緑色のローブを着た人が入ってきた。
――きれいな人だ
簡素な部屋が華やいだ。それこそ一斉に向日葵でも開花したかと思うぐらい。
年は20代前半ぐらいだろうか。
優しそうなタレ目、綺麗な鼻筋、そして微笑みを湛えた艶っぽい唇。
その柔和な微笑みからは優しい陽光が溢れているかのように、少し沈んでいた心にも光が射した気がした。
前の空いたローブには精密で綺麗な刺繍が流れるように入っており、肩まであるウェーブがかった茶色の髪を際立たせている。フードまで被ればきっと修道士のように見えるだろう。
特に目を引くのはインナーと少し厚手のローブの胸元を持ち上げるほどに目立つ膨らみ。
……目のやり場に少し困る。
そういう視線の迷子の末、畳んだスーツを持っている事に気がついた。
「良かったぁ。目が覚めたのですねぇ。私はローザと申します。この診療所の【治療士】です」
ちゃんと言葉が分かる。この世界の言語については問題ないようだ。
でも……ヒーラー? あの治す感じのヒーラー?
「小泉といいます。あなたが助けて下さったのですか?」
「うふふっ。私は部屋に寝かせただけですよぉ。ここに運ばれた時には【治癒】を掛けましたが必要なかったようですし」
治癒! これは間違いないんじゃないか!
「……それでも、ありがとうございました。気持ちよく寝れましたから」
「ふふっ元気になられて良かったですねぇ。起き上がれるようでしたら、こちらお召し物とタオルです。失礼かと思いましたが、汚れていましたので」
スーツなんかを受け取る。
ありがたい。裾の土も落ちている。
「突き当たって右側がお手洗いです。準備が済みましたら1階にお越しくださいねぇ。簡単ですがお食事を用意します」
「何から何まで……ありがとうございます。急いで用意します」
「うふふっ。ゆっくりでいいですよぉ。私もこれから準備しますから」
『それでは』と必要なことだけ伝えて部屋から出て行ってしまった。
名残惜しい。
もうなんか女神なんじゃないだろうか。
包み込む感じというか安心する感じというか。あの自称女神様に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。
そして【治療士】に【治癒】か。
当たり前のようにファンタジーな言葉が出てきた。
食事の時に詳しく聞いてみよう。
◇
階段を下りると美味しそうな香りが漂う。
香りに導かれて部屋に入る。
ダイニングキッチンになっており、6席掛けのテーブルにはパンが用意されていた。
「いい匂いですね」
キッチンにいるローザさんに声を掛ける。
「すぐに用意しますのでそちらに座っていてくださいねぇ」
スープとサラダを用意しているようだ。
言われた通りに座って待つ。
すぐに二人分の皿が用意された。
湯気の立つスープと瑞々しいサラダが目の前に置かれる。
「どうぞぉ召し上がれ」
「いただきます」
まずはスープから。
ポトフのような優しいが力強い、素材が活きた匂いがする。
葉物と芋のような野菜、鶏肉のような肉をころころと細かく切ってある。
スプーンで掬って一口すする。
薄い色の見た目に反し、野菜の濃いうま味が広がる。
芋はスッキリとした素朴な甘味を残してホロホロと崩れていく。
また肉は香ばしい下味が付いており、小さく切ってあるが塩味がいいアクセントになっている。
何も入っていなかった胃に優しく熱が染み渡る。
「うまっ……美味しいです」
「ふふっ良かったぁ。おかわりありますからねぇ」
次は黒っぽいパンを齧る。
外はギュッと堅いが中はしっとりと柔らかい。
薄っすら塩味だがよく噛むとしっかりとした味わいがある。
ライ麦パンに似ているだろうか。野菜スープにもよく合う。
サラダを見れば色とりどりの野菜が使われており、温野菜になっているようだ。
濃い赤の野菜は見た目通りニンジンのような味だ。芋のような野菜にフォークを刺すとシャキッと音がした。食べると大根のような味がする。
酸味のあるドレッシングは素材の味を邪魔していない。
思い返せば、日頃野菜はコンビニのサンドイッチでしかとっていなかった。
たまに食べても友人達と行く居酒屋のサラダぐらいだったように思う。
野菜を美味いと感じるのは久しぶりな気がする。
「……おかわり頂いてもいいですか?」
にこにことお皿を渡してくれるローザさんに感謝しつつ、『誰かに料理を作ってもらうのはいいものだな』なんて当たり前の事をしみじみと感じた。
◇
用意されたおかわりもペロリと平らげてしまった。
片付けを手伝おうとしたらやんわりと断られた。
その上、食後のハーブティまで用意してもらってまったりしてしまっている。
若干の手持ち無沙汰に部屋を見渡していると壁掛け時計が目に入った。
時刻は8時ぐらいを指している。もちろん数字の8ではないが読める。自分の時計をみると6時半を指している。8時に合わせておいた。
ディーツーは生活水準もそんなに変わらないと言っていたが、この感じだとサバイバル生活はしなくて済みそうだ。
すぐに片付けを終えたローザさんが戻ってきた。
「とても美味しかったです。御馳走様でした」
「お粗末様でしたぁ。消化の良いものを用意しましたが口に合ったようで良かったです。やっぱり誰かと一緒の食卓は良いものですねぇ」
「……じゃあここにはお一人で?」
「ええ。昔は2人で勤務してましたが、最近は平和なのでこの診療所の部屋も出番が少ないのです」
『久しぶりにお泊りの患者さんでしたよぉ』と少しお茶目に微笑む。
聞けば普段は各家庭に訪問してお年寄りや病気がちな人に治癒を行っているそうだ。
お代のほとんどは村から出ているそうで、困ってはいないみたい。
「ありがたいことに皆さん日頃から顔を出してくださって、たまに野菜やお肉も頂いているのです。先ほどの野菜もデンさんが今朝持ってきてくれたものなんですよぉ」
だから温サラダが瑞々しくて美味しかったのか。
まぁこんなしっかりしているおっとり美人さんがいたら顔も出したくなるだろう。
俺もとりとめのない会話が楽しい。つい時間を忘れて話し込んでしまった。
「あぁいけない。すっかり忘れていましたぁ。目を覚ましたら、村長が話を聞きたいと言っていました。……コイズミさんのことを伝えても宜しいですか?」
少しためらいがちに尋ねてくる。
嫌ならまだ休んでいてもいいという事か。
気配りに感謝する。
が、これ以上甘えている訳にもいかない。
「えぇお願いします。私も色々と聞きたいことがあるので」
とりあえず物売れる場所とか魔法の事を聞いてみたい。
「それでは呼んでまいりますねぇ。そちらの応接室で待っていただけますかぁ」
そう言うと玄関から出て行ってしまった。
そんな事はしないが俺が泥棒だったらどうするのか。
どう見ても怪しい俺の事を詮索せずにいてくれたことや美味しい料理、話した人柄から全面的にローザさんを信頼している。
きっと村長なんてどいつもろくでもない奴だろう。不正で得た金で太った豚に違いない。
会うのは嫌だが、恩人を困らせるわけにはいかない。
いきなり権力者に会うとは思っていなかったが、自分の状況説明も考えてある。
無難に乗り切ろう。