表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第2章 出張にはトラブルが起きる件について
57/154

55:『白狼』

『白狼』の店主おやじさんことゲラルさんは目にも止まらぬ速度でアンギラを捌いた。

 目打ちをすることなく、さらに言えば曲がった状態から突然背開きに変わっていた。


 唯一見えたのは表面のヌメリを取る動作と綺麗なヒレが離れる瞬間ぐらい。

 何か音がしたかと思ったら終わっていた……全く参考にならない。

 もはやこれは職人技ではなく、人間業ですらない気がする。


 見れば開いた身は白身。

 弾力がありそうなふっくらとした感じはまさにうなぎに見える。


 ロンメルで諸々やった後メルさんとポルタ遺跡に行ってきた。

 前回の釣果と合わせて16匹。

 どんな味なのだろうか。楽しみでならない。



「……まだ始めないぞ」



 早く食べたい気持ちがこうして下処理を見る目にも出てしまっていたようだ。


 料理は全ておまかせだが、骨せんべいだけはお願いした。

 うなぎと違ってアンギラには毒はないので、下処理も簡単にできるだろう。


 なぜこんな感じで捌きを見ているかと言えば、今日は打ち上げ。

 いつもは離れている机を宴会用に並べ替えたり手伝いをしていた。

 何かあれば集まるというのはこの村の和やかな風習だと思う。



 ◇



「「かんぱーい!」」



 各々のグラスが響き合い、『白狼』には笑顔が弾ける。


 打ち上げに用意された料理はいずれも気合の入った感じ。

 そして甘いタレの少し焦げた香りとバターとタルタルの香りも広がる。


 早速いつもの黒エールを相棒に蒲焼をつつく。


 作ったマイ箸で身を切り分ける。

 それだけで身のふわんとした柔らかさとぶるんとした弾力が伝わる。


 口に運べば、まずは香ばしく甘いタレの香り、次には崩れるような柔らかい食感。

 そして全く泥臭くなく、むしろ上品な甘さを感じる美味さが広がる。



「おいしっ! アンギラってこんなに美味しかったんだねっせんぱい!」



「……おいしい……でもやっぱりこのタルタルも……」



 初めての黒エールを少し舐めて顔をしかめていたマルテさんも機嫌が直った。

 レオさんに至ってはタルタルが口の周りに付くほど、ペルカのムニエルを頬張っている。


 やはり高級食材と珍味に当たるアンギラはそれ程頻繁には食べられない。

 ゴレームトラップからコアを拾ってきてくれた新人冒険者達も気に入っているようだ。



「あらぁ生魚がこれほどおいしい思いませんでしたねぇ」



「この『刺身』というのもやみつきになる美味さだぞ。我も初めてだ」



「生のロショウがこれほど美味とは……」



 大人組は刺身を気に入ってくれている。

 刺身を食べるだけでどこか絵になるローザさんには、今回陰ながら支えてもらった。

『従属』されている人達への対処法に加え、心配だと言って効かないであろう紋章術ルーンスペルに対する補助魔法をしこたま掛けてもらった。


 このどうしても食べたかったロショウの刺身は『解体』して寄生虫を確認。

 そして『組立』直して安全に食べれるように配慮した。


 こうして、バグまで利用した試行錯誤の苦労は報われた。

 マリンの柑橘系の香りが爽やかな醤油にちょんと付けて一口。


 ――絶品の一言


 くにっという新鮮なサーモンのような食感と淡い苦味とほのかな甘味。

 最後にすっとマリンの香りが抜ける。

 ……日本酒が恋しい。


 見渡せば魚料理だけでなく、魔獣の肉やデザートなんかも沢山並んでいる。

 串焼きなんかは串焼きおばちゃんのお株を奪うんじゃないかというレベルだ。



「その時こう言ったんだよー『これはキルヤストォですか』ってねー」



「がっはは! それは見たかったなおい!」



「支部長飲みすぎですよっ! また奥さんに怒られますよっ」



「またってなんだ、またってよぉ……がっはは!」



 ……以外にドワーフのスーズリは饒舌だ。

 それに強いお酒も飲んでいない。

 俺の中のドワーフ像が大きく崩れた。


 なんだかんだしがらみがある中手伝ってくれたギルドの人達にも感謝しかない。

 木箱の購入や【地獄耳】にゃんこ先生ことラッカさんを抱き込むのにも尽力してくれた。

 指名クエストで呼び出すなんて俺には考えつかなかったことだ。


 その本人を誘いはしたが、姿は見えない。

 にゃんこ先生はどうやら顔を出さないらしい。

『にゃあなんかが行っていいのかにゃ……』なんて言っていたしな。



 ん……今天井の隅に何か見えたような……

 誰にも聞こえないように小さく呟いてみる。



「にゃんこ先生にもアンギラ食べて貰いたかったな」



「ラッカにゃ! あっ……」



 ◇



「今回は大活躍だったらしいねっ。コイズミ」



 クレアおばさんが背中をバシっと叩きながら、大きな声で称えてくれる。



「うっ! いや、皆さんのお陰ですよ」



「おっ謙遜するじゃないか。その割にはアイゼイレに迷宮技師ダンジョニア診療所ができたって夕刊に書いてあったよ?」



「えぇっ? それは……そうなったのかぁ……」



 その名前はどうあれ寄付したモノはクランメンバーの治療に使ってくれたようだ。

 別にこれは褒められたいとか100%善意でやったことでもなく、方々におすそ分けした後に、あの量を一々換金するのも面倒だなって思った。

 それにもう直ぐ帰る俺にとっては1000万ゴルだろうが、1億ゴルだろうが、ラスボスを倒す手前のゲーム内通貨のようなものだ。


 ぱーっと使ってもいいが、生憎とそんな使い道も知らない。

 それなら誰かの為になる方がいいと思っただけなんだ。



「あとは『大地を揺るがす巨人の足踏み(ギガントストンプ)』って書いてあったよ」



「あれはーちょっと、やりすぎましたね……」



「そんな事はないぞっコイズミ殿! ごくっ 驚いたがスカッとしたのだぁ んぐっ」



「あらぁメルちゃんこぼしてますよぉ」



「ローザ様私がっ」



「なーにやってんだぃ……ピエニ手伝っておやりーっ」



 いつになく酔いが回っているメルさんの周りには微笑ましくも少しだけ心配そうに人が集まる。

 クレアおばさんは『まったく』なんて言ってはいるが、優しい顔をしていた。

 そのいたずらな子供達を見守るような瞳がこちらに向けられた。



「アイゼイレの奴らも、あんたの言う『みんな』の、あの笑顔は……あんたが守ったもんだよ」



「……知ってたんですか」



「職業柄ね。あたしからも礼を言わせとくれ。助けてくれて、ありがとうよ」



「そんな、いえ……本当に助けられて良かったです」



 後から分かったが考えてた以上に禁術の効果はヤバかったらしい。

 自分の知らないところで何かが起きなくて本当に良かったと思う。



「あたしの目に狂いは無かったってことさねっ! 本当によくやったよっ」



「うっ!」



 破顔一笑。バシバシ背中が叩かれる。



「クレアに認められるなんてやるじゃねぇかコイズミ」



 いい感じで酔っているガノンさん。

 背中の痛みから逃れるようにグラスを合わせた。



「なーに言ってんだいっコイズミはあたしの【威圧】をものともしなかったんだ。ガノンとは違うのさ」



「まじかっお前! お前っ! まじかぁ?! ……お前心臓がオリハルコンで出来てんのか?」



「そりゃどういう意味だいっ」



「がっはは! うっ……冗談だって。吐きそっ」



 鋭い眼光で捉えられたガノンさんはガチで身震いしていた。

 え……あれは【威圧】だったのか、てかクレアおばさんそんな強い【威圧】使えんの?

 今後は気を付けよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ