53:この技術の名前は
「この技術の名前は『サーマル・デバリング』と言います」
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ある理科の実験を覚えているだろうか。
水素と酸素をホースに入れて、プラグでパチっとすると大きな音がして水ができるというびっくり実験を。
これは水がH2Oであるという事を教える時によく行われるが、その他にもある現象が起きている。
それを式で表すと、
水素 酸素 水
H2 + 1/2O2 ⇒ H2O(気体) + 241.8[kJ]
水ができると同時に熱エネルギーが生まれている。
実は“発熱”しているんだ。
では、ここに酸素を過剰に供給した場合はどうなるか。
水素 酸素 水 酸素
2H2 + 2O2 ⇒ 2H2O + O2 + 高温エネルギー
今回使ったメタンの場合では、
メタン 酸素 水 二酸化炭素 酸素
2CH4 + 5O2 ⇒ 4H2O + 2CO2 + O2 + 高温エネルギー
となり、どちらもエネルギーが生まれ、酸素が余っていることが分かる。
じゃあ、その熱と余剰酸素って何に使えんの? と言えば、当然『何かを燃やす』ことに使う。
今回はメタン1:酸素3の割合の混合気体を燃焼室、チャンバー内の密閉した空間に0.8Mpa、大気圧の8倍程度になるまでぎゅうぎゅうに押し込んだ。
そしてスパークプラグで点火すれば、混合した気体の結合反応により、まさに爆発的に燃焼が始まる。
0.003秒後にはのチャンバー内の圧力は充填時の約17倍。温度は3000度を超える。
この爆風のような熱波がチャンバー内を縦横無尽に駆け回る。
つまり気体が入り込む構造であれば、複雑な構造であっても奥側や内側まで熱波が届く。
熱の伝導は、質量に比べて広い表面積を持っている薄くて鋭い部分、ツァンコアの刃のような部分が熱を吸収しやすい。
だからコア本体と均一な温度になる前に自然発火温度に達する。
ここでさっきの余剰酸素が使われる。
酸素の支燃性で急激な酸化反応を起こして、燃焼酸化物となり薄い部分だけ燃え尽きる。
発生する超高温と超圧力を利用して、金属の小さな突起や薄いササクレ、所謂『バリ』や『カエリ』を瞬時に過熱し燃焼させ酸化物として焼失させる工法。
これを『サーマル・デバリング』と呼ぶ。
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「というわけです」
「さーまる? ……何を意味のわからんことを……貴様は酸素だってメタンだって買っていなかっただろうが」
「良い所に目を付けますね。でもご自身で言ってたじゃないですか。『陽光の森』と『牧場』で遊んでいたと」
「……?」
「技術者は回り道することは有りますが、それを無駄にすることはしません。知っていましたか? 『陽光の森』の奥は木の魔獣の所為で酸素が豊富なんですよ。そしてヤックなんかの反芻動物のゲップや糞尿からはメタンが出ます。それを集めて保管して、充填するのも初級の風魔法で簡単に出来るんですよ」
苦々しい顔を隠すこともなく晒すニガゴレ。
今更気がついても遅いって。
「だから……アイゼイレや他の工業クランは今後、グロイスから大量購入することになるでしょうね」
「なっ! ふざけるなっ誰がこんなモノを使うかっ」
「危険があり時間のかかる工法と安全で速い工法、そのどちらを選ぶか。あなたにはもう決める権利はありませんが、『傑物』だった元オーナーさんなら分かりますよねぇ?」
「クソがっ殺してやるっ」
「させると思うか、ゴルゴレ殿」
「『ثلج صغير【雪花】」
煽り耐性が無さすぎる怒ルゴレの喉元には剣が突き付けられ、立ち上がろうとした足元が氷で固められた。
「あー因みになんですが、私はこの設備が無くても使えるんですよ」
部屋の中央辺りまで少し歩く。
「攻撃魔法みたいなのを使いますよ。いいですよね? 元オーナーさん」
人形のように頷くしかないペコリゴレ。
「シェフィリアさん。この前辺りに【防壁】をお願いできますか。出来れば2重とか強いやつを」
「『قوية لمنع الرياح【剛防壁】』『حماية الصوت【防音】』」
流石、気が利くぅ
俺は右手を斜め下に向ける。
そして顔を背ける。
「じゃあ……いきますよ。『範囲』『設置』」
◇
刹那、音が消え、視界が消えた。
閃光のような強烈な光。
音とは思えない大気の振動。
建物ではなく、大地が揺れていると錯覚するほどの激動。
『――――――――――――――――ォォォォォォ』
ガラガラと何かが落ちる音が聞こえてきた。
幸い視界と音が戻ってくる頃には、足の震えが収まる。
すると目の前の【剛防壁】がひび割れ、形を崩しながら消えた。
「と、まぁ……こんな感じ……です」
そう言って多分引きつった顔で振り返るが誰も俺を見ていない。
それもその筈。
――目の前の床が【剛防壁】を境に無くなっているんだから
地下の紋章のある部屋まで崩落。
厚みのある床、土台が広範囲に渡って爆発四散していた。
それは先ほど床に出来た破壊跡とは比べ物にならない。
まるで噴火でも起きたかと思うような、見るものを震撼させるほどの破壊力。
「これは後10回ほど撃てます。どうですか? あなたには見えましたか?」
「ひっ……」
震えるブルゴレには、言葉が届いているか分からないが効果はあったようだ。
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これは『組立バグ』と名付けた。
以前の簡単な検証では『先端の欠けた木刀』と『木刀の先端』を入れて、近づけても『組立』を押してもくっつかない事を確認した。
前は『まぁそりゃそうだよな』と思っていたが、ある事に気がついた。
『手動で動かした時、重なってなかったか?』ってこと。
確認すると、『組立』ボタンを押すと『組み立てるって概念がある物』は重ならない範囲で自動で組んでくれた。
グラスとテーブル、水筒の蓋や分解したボールペンなんかがそれに当たる。
『欠けた木刀』に関しては、クラフトメニューに入れた時点で既に分かれていたのもある上に、この『重ならない』って制限があったからくっつかなかった。
『解体』もそうだ。セルロースナノファイバーを作った時も『解体』を行った状態では重なっていなかった。
だからこのボタンはディーツーが用意した『安全制御機能』、或いは誤操作した場合の『フェールセーフ』だ。
しかし『組立バグ』正式に言えば『手動組立時重複バグ』は、手動で動かした場合は入れたモノ同士が重ねられる。
すると気になるのはどこまで重ねられるか?
手動で重なった状態で『組立』を押さずに取り出したらどうなるか?
その結果がさっきの破壊力。
クラフトメニュー内に酸素とメタンを5Mpa程度になるようぶち込み、種火を放り込んでインベントリに取り出した。
それを床の中に『設置』すれば、爆風と共に膨れ上がる圧力が周りの物を燃やしながら四散させたというわけだ。
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これは当然、【防壁】なんかが無けりゃ自分が死ぬし、使う機会なんか無い方がいい。
ゴルゴレへの脅しになっていれば十分だ。
さぁ、仕上げといこう。
「そうそう。懇意にしている司法官のヒーリさんや貴族のヤニスさんなんかは今回動けないそうですよ。どうやら賄賂なんかの正確なタレコミがあったらしくて揉み消すのに忙しいみたいです。あー後は偽名口座とか強制購入した不正口座は削除されました」
「……なぜだぁ……なぜそんなことまでぇ…… 貴様は……」
「これも言い忘れていましたが、『【地獄耳】の探偵』にも協力してもらっていました。ですよね? にゃんこせんせ」
「ラッカにゃ! なんど言ったら……あとさっきのバチクソ危なかったにゃ!」
声の先を辿ると少し離れた屋根の鉄筋の骨組みから、ひょこっと顔を出していた。
「どういう……事だ」
「ふんっこれは返すにゃっ!」
音もなく降りてきて、何かをぶん投げた。
「ぐぉおお」
凄い音を立ててゴルゴレの顔と腹にぶち当たったのは3級魔石が2個。
「にゃあには、にゃあの流儀があるにゃ! お前みたいなクズになるつもりはないのにゃ!」
「ぐう……はぁはぁ……お前の報告には何もなかった……嘘は付けないはずだっ」
「ふん。嘘は付いてないのにゃ。お前の出した指示が『コイズミを見張って、何か分かったら報告しろ』だから、こんな変なの何をやってるか『分からなかった』から報告しなかったにゃ」
「ぐぅぅぅ……」
「私への指名クエストもそうでしたし、まともにクエストを依頼することも出来ていないじゃないですか。どうやら依頼する側に問題があったようですねぇ。……これじゃ『傑物』じゃなくて『愚物』がお似合いなんじゃないですか?」
俺は徐に右手を向ける。
その肥えた顔に浮かぶ表情は悔恨か絶望か。
「この国の司法制度がどうなっているか分かりませんし、刑期も知りませんが……二度と出会わない事を祈っていた方が身のためだと思いますよ?」
跪くように項垂れた『愚物』。
憲兵に連行される中もあれ程騒ぎ立てていたのが嘘のように鳴りを潜め。
繰り返し発現していた『鎮静』も電池が切れたように、発動することはなかった。




