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異世界出張!迷宮技師 ~最弱技術者は魚を釣りたいだけなのに技術無双で成り上がる~  作者: 乃里のり
第2章 出張にはトラブルが起きる件について
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50:何度も行う発動のトリガー

 何度も行う発動のトリガーは尽くすり抜けた。

 ありったけのマナを込めるが紋章術ルーンスペルは発動しない。


 どうしたっ……なぜ発動しないっ!

 あいつが何かしたのか?!

 

 驚天動地。前後不覚。

 自身の築いてきたものが足元から崩れ去る感覚に襲われる。


 その時、服の裏で紋章ルーンが瞬く。

 効果は『鎮静』。

 気の動転を感知して発動、予めそう設定していた紋章術ルーンスペルが発動した。

 それにより何とか思考の渦から抜け出したゴルゴレは、焦りながらも模索を始める。


 いや、注意して見ていた。

 あいつはここに来てから何の素振りも見せていない。


 破片を片付けるメイド達を気遣う男を見澄ます。

 まずは一刻も早く紋章ルーンを確認しなければ。

 だが、どうにかしてあいつを足止めしておかねば……



「クエスト用紙もまだのようですし、コアを運んでおきましょうか? ずっとここに置いておくのもアレですので」



「いえ、お客様にそんなことをさせてしまっては――」

「いやっ……それは助かる。倉庫までの間に工業区を案内して差し上げるのが良いだろう。()()()



「……! それでは……ご案内致します」



 好都合だ。やはりマヌケめ。

 自ら時間稼ぎを名乗り出てくれるとはな。


 クエスト用紙を遅らせる手筈を整え、紋章ルーンを確認する。

 ゴルゴレは濡れた靴を履き替えることなく、急ぎ足で行動を起こした。



 ◇



 工業区にはいくつか立ち入れない部屋が存在した。


 それは関係者以外立入禁止の部屋でも、立ち入りづらい静かなオフィスルームでもない。

 ゴルゴレのマナによる照合が必要なその部屋は、オーナールームの更に奥、隠し扉の中に有った。


 隠し扉から短い階段で地下へ下ると、ゴルゴレはマナ灯を入れた。

 そこには天井の低いだだっ広い空間が広がっていた。


 鉄塔が丸ごとその空間の上に建っているほど広い部屋。

 その地面には精密で巨大な紋様が描かれていた。


 初めて見る者であれば、紋章ルーンが柱を縫うように描かれていると勘違いするだろう。

 しかし、これはゴルゴレが企画し、基礎から柱に至るまで紋章ルーンを避けるように設計されていた。


 つまり、これこそが禁術『従属』と『洗脳』の多重紋章マルチルーン

 この巨大な紋章ルーンとリンクすることで、人の精神を縛るほどの強力な紋章術ルーンスペルを生み出していた。


 その肥えた体に似つかわしくない速度で、芸術にも見える紋様を確認して回る。


『何もおかしな所はないではないか』


 そう思っていた次の瞬間、ゴルゴレは立ち止まった。

 いや、()()()()()()()()()()()



「なんだこれは……なんなんだこれはっ!」



 広い空間に怒声が響き渡る。

 その音の振動が目の前の構造で反響し、低い唸り声のように聞こえた。


 立ち止まったゴルゴレの目の前には、『紋章ルーン諸共くり抜かれた地面』が広がっていた。



 ◇



「ふざけるなっ! なぜこんな事に?! 誰がこんな事を?!」



 怒鳴り散らす声は反響し、自らの耳に響く。

 近くの柱をブチ折りたい衝動に駆られ、『鎮静』の紋章ルーンが瞬いた。



「ふぅ……ふぅ……」



 落ち着け、そんな事をしている場合ではない。

 これでは紋章術ルーンスペルが発動する訳が無い上、今すぐの修復は不可能だ。



「しかし、どうやって侵入してこんな……っ?!」



 遠くを見渡すゴルゴレは違和感に気がついた。


 近づいて見ればそれは側面を螺旋階段状に切り取られた柱。

 そしてその隣には床板を支えるように積み上げられた『磨かれたような岩』。


 なんだこれは? この上は確か便所があったはずだ。



 ――『トイレが綺麗だった』



 脳裏を過ったのは何気ない世間話。


 その言葉に身震いするほどの強烈な怖気が走った。



「……まさかっ! あの時には既に?!」



 まるでその笑みの内に隠していた毒牙。

 迷宮技師ダンジョニアと言われるあの男に戦慄を覚えた。



 ◇



 服の裏では繰り返し『鎮静』が発動する。

 肥えた体を揺らせがむしゃらに走るゴルゴレは応接室へと戻った。

 しかし、あの迷宮技師ダンジョニアは戻っていなかった。



「くそっどこに行きやがった!」



 悪態をつくその姿にはクランオーナーとしての面影は見られない。



「ゴルゴレ様。探していました」



「なんだっ?」



「ひっ……コアをどこに格納すればいいのか指示を頂きたくて……」



「馬鹿が! 倉庫に決まっているだろう!」



「その……倉庫に入りきらないので……」



「なんだと……何を馬鹿な……」



 狼狽し切るその姿には『傑物』としての面影も見られなかった。



 ◇



 急いで部材倉庫へと向かったゴルゴレの目の前には、山と積まれた木箱。

 奥に見える納品出入口の方にも積み重なっていた。


 そしてその入口で2人の帽子かぶった運搬業者に指示を出すあの男の姿もあった。



「コイズミ! これはどういうことだ?!」



「あぁゴルゴレさん。すみません。今納品しているところです」



「何をだ! この箱はなんだ!」



「『処理済みツァンゴーレムコア』ですよ。それに『重たかったので箱を分けました』と言ったではないですか」



「ふざけるなっ! 10個でこんな箱の山になるか!」



「え? 10個じゃなくて、()()()()()と記憶していましたが」



「そ、そんな訳あるか! それに1000個も用意出来るわけっ……っ!」



 ――中身を覗き込み、手に取って確認するまでもなかった


 全ての木箱の隙間から見えるそれは見紛うはずもない『処理済みコア』。

 箱の数にして200箱。半数ほどがまだ運搬前であるにも関わらず、倉庫から溢れていた。



「馬鹿なぁっ……一体どうやって!」



 怒鳴り散らすゴルゴレの声に周囲の者も動きを止めた。



「やだなぁ……『安く加工して頂ける所があった』と言ったじゃないですか。個数についてはクエスト用紙をご確認頂けますか」



「まだ言うかっ! おいっ持って来い!」



 控えていたメイドが小走りにクエスト用紙を届ける。

 乱暴に受け取り確認すると、納品数の欄には確かに『1000個』。


 ただし、明らかに『10』の文字と『00』の文字の書かれたインクの濃さや太さが違っていた。



「なんだこれは! 偽装のつもりか?! 見れば分かるだろうが! これは10個だ!」



「ちょっとお借りしますね。あー本当ですね。これは気がつきませんでした。じゃあこれは汚れですかね?」



 わざとらしく驚いてみせるコイズミは、取り出した細いペンに付いているゴムのような部分で擦り始めた。



「あぁ消えましたね。確かに10個でした」



 クエスト用紙には『00』の文字が消え、『10』の文字だけ残っていた。

 擦っただけでインクが消えた? 新種の紋章ルーンでも使ったのか?



「……貴様、何を企んでいる?! こんな真似をしてなんのつもりだっ」



「なんのつもりも何も、まさか“消えるとは思っていなかったので”」



 ふざけやがって。意趣返しのつもりか?

 やはり間違いない。地下の紋章ルーンの破壊もこのクソ野郎がやりやがった。

 あれを作るのにどれほどの犠牲と手間が掛かったか。


 儂を敵に回して……無事に帰れると思うな。



「貴様が何をしたか分かっているんだろうな?」



「そりゃあ分かりますよ。納品していただけです。……ただ、“集まっている野次馬達がどう思うか”までは分かりませんがね」



 ……野次……馬? 



「……あ゛ぁっ! ……このペテン師がっ! 今すぐ扉を閉じろっ! お前ら野次馬をどけろ!」



 ◇



 独占製造が故に、希少であるはずの『処理済みのツァンゴーレムコア』。

 それが山ほどアイゼイレに納品されている。


 大半の者が『操業一時停止のお知らせ』を知っている今の状況では、誰もアイゼイレが『処理済みコア』を大量購入する意図を理解できない。



 道行く者はこう思った『こんなに買ったのか? まさか買い占め?』と。


 ある冒険者はこう思った『こんなに有るんじゃポルタ遺跡はマズイ狩場になっちゃったな』と。


 その連れの冒険者はこう思った『あれー? あれって迷宮技師ダンジョニアだっ! かわいー』と。


 そして、ある商人はこう思った『この工場以外にどこかで大量生産できるのか?』と。



 それぞれがそれぞれの考えを持つ。

 それはすぐに酒場でごちゃ混ぜにされて、尾ヒレが付いて泳ぎだす。



『きっとアイゼイレが買い占めしているから、コアの値段が下がらないんだよ』


『いやいや、その内大量に販売されて値崩れを起こすぞ。ポルタ遺跡は止めときな』


『だったら防具が新調できるね。助かるじゃない』


『なんでもあの迷宮技師ダンジョニアが大量に納品したらしいな。処理加工はどこでやったんだ?』



 今宵、下手くそな演奏が奏でるのは、『冒険者達の奇想曲(カプリッチオ)』。

 それは燎原の火のように広がっていく。


 鉄塔前の大量の箱を大勢に見られた時点で、アイゼイレの独占が崩れた事を意味していた。


 ゴルゴレは慌てて警備員達に指示を出すが、それでは遅かった。

 指示を出すのが、ではない。


 絶望的なまでに、気が付くのが遅かった。

 迷宮技師ダンジョニアが応接室に来たときには、全ての段取りが終わっていたということを。

※この話ではフリクションボールペンの間違った使い方をしています。

 文章の偽装等を肯定、推奨するものではありません。

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