47:とりあえずキャンセル
とりあえずキャンセルの連絡を進めてもらう傍ら、アイゼイレについて聞いてみた。
「主は材料調達から加工、販売まで行う工業系クランですが、事業は幅広く全国で飲食や不動産なども行っています。2000人ほどが鉄塔内で居住しているとされています。ほぼ何でもクランメンバーエリアで賄えるため、福利厚生も充実しているようです」
へぇ本当に大手なんだな。
「雑誌等のインタビューではクランメンバーからは何一つ不満はなく、アイゼイレには感謝しかないそうです。都市からの信頼も厚く、優良クランとされており聞こえてくる評判も良いものばかりです。オーナーは『ゴルゴレ・レパッコ』。天才的な紋章技師であり3級冒険者です。1代でアイゼイレを築いた『傑物』と称されています。他人に任せず全ての決定は自身でされているそうです」
優良クランだと言われていると。気持ち悪いくらいに。
押しも押されぬ感じだ。
オーナーにしたって、『傑物』なんだろう?
今回のクエストにしたって自身で依頼したか、そうでなくとも目を通しているはずだ。
シェフィリアさんの話が本当なら、俺は起業家という部分でゴルゴレって人を買っている。
だからこそ嫌がらせをすることが新型の『隠蔽』を使用するコストや一時操業停止にするリスクに見合っているとは思えない。
つまり依頼主側にメリットがないのだ。
果たしてそんな事を『傑物』がするだろうか?
ん……そういやゴルゴレってどこかで……
「アイゼイレから返事が来たぞ」
なんか現物を送れるFAXのような魔導具で書類を転送していたようで、どうやらすぐキャンセルの連絡は終わったようだ。
えーとなになに。
『指名クエストの破棄について』
よくある定型文を読み飛ばす。
非常に丁寧で分かりづらい言葉に彩られた文章を要約するとこうだ。
『実はこの依頼品は個人的なプレゼントに使う予定だったんだ。だから今のクランに迷惑かけるのはちょっとね。簡単なクエストなんだからキャンセルしないでもうちょっと頑張ってよ。貢献度を下げるのも忍びないからね。もし本当に納期までに間に合わなかったらクランハウスまで謝罪に来てくれればいいからさ』
「白々しいですっこれはキャンセルを受け付けない為の口実ですよっ! きっと無駄な労力を使わせて嘲笑おうとしてるんですっ」
ビシッと立てる指にもいつもより力が入っている。
ヤナさんはもう心底嫌っているようだ。
「そうだとしても、本当にランクがどうでもいいならギルドから強制的にキャンセルすることは出来るぞ。どうする? コイズミ」
「うーん……」
当然キャンセルの申請には偽装の事は載せていない。
つまりまだ、処理されていないツァンコアを納品されると思っているわけだ。
クエスト失敗をさせたくて、キャンセルはさせたくない?
「安心してくれコイズミ殿。謝罪の時は我も共に行こう」
「え? そんな、1人でいいですよ」
「いや、その……この村の人々は皆、我の子供のようなものだ。心配するのは当然だろう」
「でも悪いですよ。それに村長が同席するとあっては先方も戸惑いますよ。……どうしたんですか?」
「その……実は……この個人的なプレゼントとはな、我に贈られる物なのだ。だから我が行けば話が――」
「どういうことですかっメル様っ!」
「「えっ」」
◇
メルさんはいつもよりもっと小さく見えるぐらいに身を小さくしている。
シェフィリアさんの眼が光る中、言いづらそうに重い口を開いた。
「実は、ゴルゴレ殿から宝剣を贈ると言い出されてな……」
「なんてことっ! いつですかっ?」
「……3週間ほど前、コイズミ殿がグロイスに来た時だ」
あぁそうか思い出した。
ゴルゴレって俺がシェフィリアさんに村の案内を受けてる時に、メルさんと会食をしていた人だ。
確か市長だと言ってなかったか?
「あの会食の時にっ! ぐぬぬっ私が付いていれば! 今までそんな素振りはなかったじゃありませんか!」
「うっ……急だったのだっそれに我も断ったのだっ。以前から送られてくる手紙も冗談だと思っていたのだ」
「手紙っ?! 私は知りませんよ!」
「ひぃっ怖い目を止めるのだシェフィ……村長宛の親書で来ていたのだっ」
「そんな抜け道を使ってっ! ふぅ。私は怒ってはいません。心配しているだけです。それでどんな内容なのですか?」
「うぅ……まだ怖いぞ。政治の話がてら『鉄塔』で魔獣使いのショーはどうかとか、良いレストランがあるからディナーはどうかとか……」
「明らかにアプローチを受けてるではないですかっ!!」
「ひぃぃ! 人族から見れば、我なぞ子供だろうっ? 我にはっ……我にはそんな魅力はない……だから冗談だと……思っていたのだ……」
「メル様……」
人間に比べ、悠久の時を生きるエルフ。
項垂れたその姿にはどうしようもない時間の隔たりを感じさせる憂いを帯びた瞳。
それは好ましく身近に思っていた少女がどこか遠くなってしまったように感じてしまった。
◇
俺はメモを取る手を止める。
狙いはこれか。
キャンセルする場合は主にギルドからのペナルティで、失敗ならアイゼイレからのペナルティだ。
要はキャンセルではなく、失敗をさせれば先ほどのプレゼントの話が活きてくる。
実際今みたいに、俺がそんな『納品する物を間違えた』なんて理由で失敗したことが分かれば、事情を知るメルさんは一緒に謝罪に行ってくれると言い出すだろう。
だから突然プレゼントの話を言い出したのではなく、これは多分クエスト失敗させた後の次の一手だ。
だとすればロリコンゴルゴレ市長の狙いは『メルさんを鉄塔、自身のクランハウスに呼び出すこと』のように思える。
ただ、呼び出して何になる? 交友は深まるどころか溝ができないか?
……クランハウス? 庁舎じゃなくて?
あっ……いや、まさかな。
でも、これなら先ほどのシェフィリアさんの説明に感じた気持ち悪さにも納得がいく。
「シェフィリアさん。相手を無理やり従わせる紋章術なんかはありますか?」
「……? えぇ『従属』などがございます。しかしどれも倫理に反する禁術とされておりますし、何より精神を縛るような強い効果を求める為には、継続的に使える大規模な紋章が必要になるでしょう」
「……大規模というと『鉄塔』……のような?」
「…………っ!」
突然、支部長室に張り詰めた冷気が渦巻く。
怒りに打ち震えるシェフィリアさんの右手がビキビキと氷に覆われた。
踵を返し、支部長室の出口に向かう。
「待てシェフィ何をする気だ!」
「ご心配には及びません。そんな輩は私が……」
メルさんがやっとのことで止めるが、見たことのないほどの寒々しい瞳はマジでブチギレてるのが分かる。
これがさっき感じた気持ち悪さの正体。
口を揃えて優良クランと言われているが、市長も兼任している以上、全てが整えられた評価。
第三者の確かな評価と情報ではないんだ。
内部の人間が『従属』とやらをされていれば情報も漏れないだろう。
外見はホワイト企業でも中は真っ黒だなんてことは良く聞くからなぁ……
あくまでも可能性の話だが、ロンメル市長でありクランオーナーであるロリゴレが、その『従属』を使っているのであれば、良すぎる評価もメルさんをクランハウスに連れ込みたかった理由にも合点がいく。
それに何度か俺を呼び出して、『従属』させれば芋づる式にお目当てが転がってくる可能性が高い。
「ガノンさん。クランハウスって調査できないんですか?」
「理由がなきゃ無理だ。特にクランメンバーエリアはな。それこそ犯罪とかなけりゃ手が出せねぇ」
くそっ、治外法権だ。
「何だかきな臭いことになってきやがったな。もう赤字だろうが処理済みコアを買って納品すればいいんじゃねぇか? 俺も手伝うぞ」
「それは難しいと思います。シェフィリアさんも言っていましたが、商社は処理済みコアを少量購入する人には売りたがらないでしょうし、そもそも今回の通知に便乗する転売防止に“売るな”というお達しが出ててもおかしくありません。……私なら本当にクエストを失敗させようとする場合、可能性のある材料屋、武器屋なんかにも根回しをしますし、あらゆる手を使って妨害します」
「じゃあ、ギルド名義でもいいから買って回してもらうのはどうでしょうか? 出来ますよね? 支部長」
「あぁそれなら出来るかもなっ! どうだコイズミ?」
「……いや、ご迷惑をお掛けすることになりますし、狙いがメルさんである可能性がある以上、根本的な解決になっていません」
「クリアしてもキャンセルしても別の手を打ってくるってわけか……あぁくそっ! こういう時にギルドは手出しができねぇ! どうすりゃいいんだよっ」
「……我のことなら心配いらない。ゴルゴレ殿も悪気はないのかも知れぬ。それよりもコイズミ殿が――」
「メル様は甘すぎますっ! 何かあってからでは遅いのですよっ」
「うっ……」
「やはり私がっ……」
「……シェフィリアさん。そんなことでいいんですか?」
「ですがっこんな無理難題をどうすればっ! それにメル様にこんなことをする輩などっ」
「いやー。どうせなら……不正で得た金で太った豚には、絶望の中で余生を過ごさせた方が良くないですか?」
「え……」
可能性や憶測の話は、正直どっちでもいい。
極めて怪しいだけで、ただただ御近付きになりたいだけかも知れない。
それは後で裏付けを取ればいいだけ。
ただ、どういう理由があったにせよ。
ヤナさんを泣かせ、メルさんを俯かせ、シェフィリアさんを怒らせた。
『クランオーナーの失墜』が最終プランの1つとしてあっても許されるだろう?




