46:がっはは
「がっはは。お前には驚かされてばっかりだ! どうやって『隠蔽』を解いたんだ?」
「いや、何もしてないです……」
「流石コイズミさんですっ! なんてったって迷宮技師なんですから! っはぁー」
「本当に『隠蔽』だったんだねー。僕はその見破ったっていう魔道具も気になるなー」
俺は特に何をしたつもりもなく、何度か文字を指しただけ。
だけど盛り上がる面々。
特に隣に座るヤナさんは大興奮している。
今までの魔法を見て、そして受けてみた感じからして俺にはバフ、デバフの類の魔法が効きづらい、もしくは効かない。
しっかり『防壁』や『風衣』なんかは効果を発揮していたのに、『治癒』が効いていないことからすると、そういった『周りに付与するもの』は問題ない。
でも『俺に対して何かする』魔法は全然効果がないのだ。
恐らく今回の『隠蔽』も、光の屈折やホログラムの類ではなく、相手の魔石やマナなんかに干渉して誤認させていたりするのだろう。
少しだけ……映画館で一人だけ3Dメガネをかけていないような疎外感を感じる。
しかし、俺はそんなことよりこれからの事が心配でしょうがない。
こんな怪しいことには関わらないことが一番だ。
「一度受けた指名クエストって断れるんですか?」
「っとそうでしたね……。正当な理由があれば断れます。その場合、通常ですとキャンセル料が発生しますが今回の件に関しては……」
「あぁ何か異常がある。そこらへんはギルドで負担するから安心しろ」
「いえ、罰金についてはいいのですが、『正当な理由が無く断れるのか?』ってことです」
「……そう言うことか。今、クエスト用紙を見れば『報酬が普通なだけの指名クエスト』になっちまってるってことか」
「あぁっ……でもっ! 明らかに偽装されてたじゃないですか! コイズミさんは悪くないですよ」
「これは多分、新型で超高度な『隠蔽』だよー。【看破】でも見えなかったんだからー。でもその偽装の痕跡も無くなっちゃったんだよー? 元々消すつもりだったんだよー。まともに聞いてくれないと思うよー」
「……じゃあわざわざコイズミさんに嫌がらせをするためにっ?! なんでそんなことっ」
「ヤナ。落ち着け。憶測で言っていいことじゃねぇ……まぁしかしこれじゃ疑いたくなるわな」
ガノンさんは苦笑いを浮かべると深刻な顔で俺を見つめる。
「この件は調査が必要だ。悪いが少し時間をくれ。後な……正当な理由なく指名クエストをキャンセルする場合、お前の貢献度が相当下がることになるだろう。降格も有り得る」
……それだけ?
深刻そうな顔だから心配していたが逆に拍子抜けだ。
一度受けた仕事を断るんだ。俺のギルドからの印象が悪くなるぐらいなら安いもんだ。
「いや、私のランクが下がるだけなら全然問題ないじゃないですか」
「……あたしの所為でそんなっ……あたしが勧めたからっ」
「おいおい。ヤナ。俺だって気がつかなかったんだ」
いやぁどう考えてもヤナさんの所為じゃない。
それに新人にはどうしたって失敗は付き物。
それをフォローすればいいだけのことだ。
「そうですよ。ガノンさんの所為にしとけばいいんですよ」
「おいっ」
「ははっ。でも本当に大したことじゃないですよ。それに利益が無かろうが納品すればいいだけなんですから」
ヤナさんが落ち着くまで優しくなでなで。
クエスト用紙との格闘はこれで一旦お開き。
調査の報告を待つことになった。
しかし翌日、この考えが甘すぎたことを知ることになる。
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翌朝、白狼亭でお裾分けしたロショウを早速使ってくれた絶品朝食を食べていた。
活きロショウを10匹ほど渡すと、おやじさんの御眼鏡に適ったようで気合の入った料理が出てきた。
今回は天ぷらのようにさっくりと揚げたロショウにサッパリとした柑橘タレを添えたような感じ。
行儀が悪いが、手づかみで一口。
衣に吸い込まれたタレの風味。
サクっとした食感とジワっと広がる甘味と酸味、そしてロショウのホクホク。
全然クドくなく、あっさりとした後味。
おやじさんの創作料理が俺の好みを完全に突いてくる。
そして以前食べたロショウより美味しい気がするのは自分で釣ったものだからというのが大きいかもしれない。
そんなまったりとした朝食は、突然息を切らせたヤナさんが飛び込んできたことで終わった。
「コイズミさんっ! ギルドまで来てくれませんかっ!」
そして同時に騒動の始まりとなることを告げていた。
◇
「ほう。そんな指名クエストが……『隠蔽』とはな」
「普段では考えられませんね」
「だからなんで村長とシェフィまでいるんだよっ」
「ふふっそんなに年長者を邪険にするものではないぞ。ガノ坊」
「そういうことじゃねぇって」
ヤナさんに右手を引かれ、足早にギルドに向かっていると、『おはようっ。なんだ面白そうだな』とメルさんの目にとまり、左手にメルさん。数珠繋ぎでシェフィリアさん。
ギルドに駆け込むころには微笑ましい感じになっていた。
通された場所は支部長室。
苦々しい顔をより濃くしながら迎え入れられた。
「まったく……おい。ギルドの調査部からはクエスト用紙には何も怪しい所がなかったってよ。綺麗さっぱり証拠が消えてるってことだ。どうやらスーズリが言ってたように特殊らしいな」
「……そしてこれが問題のアイゼイレからの通知です」
テーブルの上に置かれた紙。
『設備更新に伴う加工事業操業一時停止のお知らせ』
この世界のよく分からない時候の挨拶を読み飛ばし、本題を探る。
長々とした分かりづらい文書を要約するととこんなことが書いてあった。
『故障した設備新しくするから、1週間ぐらいは工場停止するよ。ごめんね。でも心配しないで。少し在庫があるから大丈夫だよ。だから今のところ値上げはしないから安心してね』
まぁ通常運転までの異常時対応とその連絡だな。
「タイミングが良すぎる。こいつはしてやられたな」
「こんなの嘘ですよ……酷すぎますっ」
「うーん……?」
どういうことだろう。
「ふむ。『この指名クエストを達成させる気が無かった』ということです」
ふむふむ。
……なんで? やりようはある気がするけど。
シェフィリアさんの補足を聞いてもよく分からない。
「もし『隠蔽』に気がつかずに、処理していないコアを納品したとしましょう。するとアイゼイレはこう言うでしょう。『処理済みコア』を納品していないからクエスト失敗だと。そして『処理済みコア』を購入して納品する場合は、現状の品薄になる可能性のある中で、いきなり購入可能な商社や材料屋、鍛冶屋や建材屋などを探し回らねばなりません。そして奇跡的に見つけられても間違いなく購入には報酬以上の経費が必要です。そうなれば利益は全くでないばかりか大幅にマイナスになってしまう」
うんうん。
雷鳴山の鍛冶はそんなに仕入れていないって言ってたしな。
「さらにコアの処理加工を行って納品するにしても、ほぼ100%をアイゼイレが請け負っております。ですがこの通知内容の真偽に関わらず、表向きに操業停止であれば処理加工を依頼することはできなくなりました」
なんだそれ。独禁法どうなってやがる。
たったの1日でとてつもなくメンドくさい事に巻き込まれてるじゃないか……
「そんな独占が許されるんですか。どこか他の加工業者では出来ないのですか?」
「『実質独占になってしまっている』というのが現状です。加工方法は公表されてるのです。ただ、それを行える競合がいないのです」
「特にツァンコアの薄く鋭利な刃を取り除く工程は危険が伴うのだ。刃で手を切るのは勿論のこと、生半可な防具を容易く貫く刃の破片が刺されば、取り除くのも大変だ。処理に手間がかかるのに加え、常に怪我の危険があり、専用防具も必要とあってはやりたがらないのも頷けるだろう?」
なるほど。物知りコンビの説明によれば相当なコストをかけて生産していて、ほぼ独占だと。
だからマージンが9万も上乗せされるのが許されているのか。
「それじゃ……キャンセルしましょうか」
「なんで……そんな他人事みたいにっコイズミさんは悔しくないんですかっ」
「えぇ……いやぁ、別に貢献値が下がるだけで許されるなら安いものじゃないですか」
「これは明らかにコイズミさんへの嫌がらせですっ! きっと『黒晶』に対する腹いせに! 自分たちの利益が減るから? 何が大手クランですかっ?! こんなことをして!」
「おい。ヤナ」
「……あたしは嬉しかったんですっコイズミさんが認められて。なのになんでコイズミさんがこんな嫌がらせを受けなきゃいけないのっ」
ヤナさんの小さな嗚咽が聞こえる。
顔を覆う姿がとても悲痛で俺には撫でてあげることしかできなかった。
俺の事を俺以上に嬉しがって、そして悔しがってくれる人がいる。
それだけで何か報われた気がした。
ただ、何かが引っかかっていた。
本当にこれは嫌がらせなのだろうか?




