45:……治癒いる?
「……『治癒』いる?」
「そのまま触っちゃダメだよっせんぱい!」
「すみません。心配おかけしました」
ズタボロになった手に下級ポーションを掛けながら、そんな心配と説教を聞く。
このポーションは2人を心配させないための必要経費。
俺の自己修復はポーションを使わずとも、すぐにこの傷は消えるだろう。
ただ、すげぇ痛いことには変わりはない。
さらに問題は革を簡単に切り裂くほどの鋭利な刃を備えたゴーレムコア。
こんな物を残り9個確保して、尚且つ納品するってかなり面倒に感じてしまう。
予定通りどこかで買って納品することにしようか。
なんか急に怪我するし、手甲は破れるしもうテンションはダダ下がりだ。
「ツァンコアはね、こうやってコロコロって巻いてコアを触らないように持つんだよ」
マルテさんは布を重ねてクルクルっと上手く持ち運びができる形にしてくれた。
素材の取り扱いにも詳しい。流石未来の魔剣鍛冶だ。
「危ない素材なんですね。流石は手馴れてますね」
「いやー……一応ほら。自分の使ってみたい素材ぐらいは知っとかないとねっ///」
頬を赤くするマルテさんの右手の先でスリングよろしくブンブンとコアが回る。
めちゃくちゃ怖い。
「……マルテ照れてる」
「違うって///」
なんかヒソヒソと話しているが楽しそうで良かった。
やっぱり安全第一。怪我して心配をかけちゃいけないな。
「これだけ取り扱いが大変な素材だから値が張るんですね」
「ドロップ率も悪いしね。しかも処理済みは10万ゴルだよ? 鍛冶屋としてはちょっとねー。ウチもそんなに仕入れられないんだよね」
「ん? 処理済みは1万ゴルが相場なんじゃないですか?」
「……安すぎ」
「うんっそんなに安かったら『アイゼイレ』もあんなに大きくなってないよっ」
「どういう……ことだ?」
報酬価格に食い違いがある?
聞いた話では10個で100万ゴルだったはず。相場の10倍でだ。
つまり通常単価は1万ゴル程度だと思っていた。
今の説明だと適正価格のクエスト報酬となる。
俺はスマホを取り出し、撮ったクエスト用紙を確認する。
うーん。確かに合ってる。
『処理済みツァンゴーレムコア』10個で100万ゴルだ。間違いない。
「……なに? これ……」
「あっすごい。これ転写の魔道具? へぇー『アイゼイレ』からのクエストなんだ。ん……なんかこのクエスト怪しくない?」
横から覗き込んでくる2人にもこのクエスト内容は異常に映るらしい。
「わざわざ素人に処理済みを用意させるなんて事を、その加工事業をやってる『アイゼイレ』が指名依頼するかなぁ」
「コアの処理って何をやるんですか? 素人にできるんですか?」
「え……えっと、確かこの周りの薄い刃の部分を削って落とすんだよ。材料にするにも邪魔だからね。やるには特殊な装備が必要だから簡単には手を出せないと思うよ」
処理するのに特殊な加工工程が必要?
――この指名クエストは何かおかしい
まるで藻掻くゴーレムにまとわり付く水のように、言い知れぬ不安が渦を巻き頭から離れない。
眼下に落とす視線の先には滲んだ血痕がこびり付いていた。
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「お帰りなさいっどうでしたか?」
「ヤナさん。クエストの内容を確認させてください」
「えっどうかしましたか? ……今すぐ個室を用意します。お待ちください」
ツァンコア以外の戦利品を驚くスーズリに換金してもらって全て2人に押し付けた。
その後、そのまま『受付』に赴いた。
少し早めに帰ってきた俺に安堵のヤナさん、しかし不安な顔を察してかすぐに個室に通してくれた。
「聞いていた素材の報酬価格に分からない点がありまして」
ヤナさんはクエスト用紙を取り出して、不思議そうな表情を浮かべる。
「んーちょっと待ってくださいね。はい。確かに『ツァンゴーレムコア』10個で100万ゴルですね」
「処理済みのコアは10万ゴルと聞いたのですが?」
「えぇそうですよ? ツァンコアが1万ゴルで、処理済みが10万程度で取引されていると思います」
「えっ? でも10倍ぐらいの相場だと聞いていたのですが……」
「ん~? その認識で間違っていませんよ?」
「……うーん?」
だめだ。分からない。
お互いに首を傾げるばかりで全然言っていることが噛み合わない。
「なぜ処理済み品の話が気になったのか分かりませんが、今回は『ツァンゴーレムコアの納品』なのでドロップしたものでもそのまま納品すれば完了ですよ」
「んっ? ここには『処理済みツァンゴーレムコアの納品』って書いてあるじゃないですか」
「……ここに? コイズミさん。ここに書いてあるように見えるんですか?」
「え……えぇ。だってここに『処理済み』って」
「……あたしにはその指の先には何も書いていないように見えます」
「そんな……」
「……ですが、コイズミさんはそんな嘘をつく人ではないことは分かっていますよ?」
◇
「がっはは。それで俺が呼ばれた訳だな?」
「わざわざすみません」
「気にすんな。んで、問題のクエスト用紙ってのがこれか」
ガノンさんは無造作に拾い上げると、裏返したり、灯りに透かしてみたりと鋭い目つきで確認し始めた。
いやぁ頼もしいな。こんな頼れる上司がいてく――
「わかんねぇ」
「えぇ? 諦めるの早くないですかっ?」
「わかんねぇモンはわかんねぇからな」
「えぇ? 自信満々に?!」
「そもそもグロイスにクエストが届いた時点で俺も目を通してるからな」
胸を張るガノンさんも嘘をついているようには見えない。
だったらなんでマルテさんやレオさんは……
あっ! スマホ!
「これを見てください! 転写の魔道具です」
「えーと……書いて……ありますねっ」
「どれどれ……おぉ精巧な写しじゃねぇか。……確かに『処理済み』って書いてあるな」
「「うーん?」」
首を傾げる3人。
でも疑惑は確信へと変わった。
このクエストには何か裏がある。
◇
確認をしたところ、直接クエスト用紙を見る場合は『処理済み』の文字だけが見えず、スマホを通せば見えるらしい。
「ということは、クエスト用紙に何か細工がされていると?」
「コイズミ。クエスト用紙ってのは破ったりできないようになってる。それに専用の魔道具で書かれてるんだ。誰のマナで書いたか分かるようにな。もちろん後で偽装ができないようにだ」
「じゃあ……『アイゼイレ』から来たときから既に何かが」
「いやそれが解せねぇんだよ。依頼側が偽装して何になるんだ?」
「うーん……間違えたから修正して消したとか?」
「間違えたら基本的には訂正して印を押すか、そもそも用紙を替える……まず考えられねぇな。それになこの俺の目を誤魔化せる『隠蔽』を仕込むなんざ。よっぽどだぞ」
まぁそうだよな。
依頼主が依頼を偽装する理由が分からない。
サプライズで持ち込んだ時に処理工程を見せてくれるためとか?
うーん……どうやら今の段階ではお手上げのようだ。
これは直接依頼主に聞いてみるしかないんじゃないか。
「なんにせよ、これは確認が必要だな。とりあえず鑑定に回すぞ」
◇
「というわけで、僕が呼ばれたんだねー」
『素材買取』の気のいいドワーフ、スーズリは相変わらず間延びした声を響かせる。
この場においては救世主かもしれない。
いつの間にか大所帯となった部屋ではまだクエスト用紙との格闘が続く。
「じゃー始めるねー『تاكيد التقييم【看破】』」
マナの輝きがスーズリの瞳に宿る。
じっくりとクエスト用紙と『にらめっこ』が行われる。
「んーなんだろうねー? コイズミ。どこに書いてあるの?」
「そのまま文字の手前のこの辺りですよ」
「うーん?」
「ここに処理、済みって感じです」
『ここ』と指で指し示した。
「んー? あっ! 見えたー」
なんか目が魔法でキラキラしててちょっと面白いなんて考えていると突然驚く声。
「あっおい! 見えるぞ!」
「本当ですねっ見えるようになりました!」
俺には変わっているようには見えないがどうやら『隠蔽』とやらが消えたらしい。
――まてよ? 消えちゃまずいんじゃないか?




