44:鱗を落としたら
ワカサギ爆釣の歓喜の更新。
「鱗を落としたらヒレの後ろにこう言う感じで切れ込み。腹側は切りすぎないようにこんな感じ」
「肛門から切れ込みを入れると、頭と内臓をこんな感じで取り外せます」
「綺麗に血合いなんかをガシガシ洗い落として、次に背中から骨に沿う感じで、こう」
「回して腹側から同じようにして、こう」
「後は背骨に沿って、ザッザッと切り離す。逆の半身も同じ要領です」
「腹骨をすいて、残っている血合い骨を切り分ければ完成です」
マナの弱い生物、所謂魔獣でない生物は死ぬと魔石も体内に溶けるように消える。
ということで骨の構造は少し違うが魚の捌き方は、こうして大体地球と同じだ。
『おー』と感嘆の声をもらす2人は身を乗り出して3枚におろす所を見ていた。
昼食用のひと品に1匹だけ捌いていたらアンコールを貰ってしまい、こうして説明しながらおろした。
ちょっとだけ恥ずかしいが、興味を持ってもらえたなら嬉しい限りだ。
◇
6匹ほどアンギラを釣った所で食いがぱったりと止まった。
ふぅと時計を見ると昼が近い。
休憩するどころかがっつりと楽しんでしまったのだからと、そのまま昼飯になった。
流石にアンギラを捌くのはプロにお任せするとして、先ほどアンギラを待っている間に釣れたこの魚を食べることにした。
取り出したのは電池が心もとなくなってきたスマホ。
書庫で撮ってあった魚図鑑を確認すると、体表の斑点が独特の色合いだが、どことなくスズキに見えるこいつはペルカ。
内臓が地獄のような匂いがしたが、身はとても綺麗な白身。
ということで、目の前には皮をパリパリにしたムニエル。
贅沢にたっぷりのモーリーバターとグロイス名産の薄力粉。
弱火のフライパンで皮をじっくりと焼くのがコツだ。
「おいしっ……せんぱいにこんな特技があったんだ……」
「……パリパリ……おいしい」
「うっまっ。パリふわがいいですね」
パリパリの皮はギュッと濃縮した旨み、そしてしっとりとバターを吸った薄い衣の下はふわっふわ。
塩とコショウもどきを少し振っただけの淡白な味付けだが思いの外、好評。
じゃあここで真打ち登場、味変といこうか。
圧倒的な旨みの暴力『自家製タルタルソース』!
頬張る大口、歓声が上がる。
オアシスの水面を揺らし鳥が飛び立つ。
騒がしくなった水辺を惜しむように旋回して遠くに消えていく。
そして沢山釣ったはずのペルカも3人の胃袋に消えていった。
◇
「お腹いっぱいでちょっと苦しー」
「……僕も」
「口に合ったようで何よりです。でもちょっと焼きすぎましたね」
「ほんとのほんとにまた作ってね。せんぱいっ」
「……絶対」
満足そうにお腹を摩るパーティは第3宮へと足を踏み入れていた。
ここからは目的のツァンゴーレムも出現するエリア。
7級に指定されている格上相手に緩みきった行軍。
しかし既に1体をサクッと連携プレーで倒した2人に油断は無い。
高火力の魔法に、まるで真似できない身のこなし。
8級と10級の冒険者とは言え、その殲滅力は周りで見かけた冒険者達に引けを取らないように見える。
マルテさんは『魔剣のお陰だよ』と謙遜していたが『ステータス』、特に【魔力】の高さによるものだろう。
俺もあんな風に戦えたらなぁと少しだけ羨ましく思う。
ただ、無いものねだりで燻ってもいられない。
俺には俺の戦い方がある。
第4宮への順路から大きく外れた目的の場所を目指す。
◇
「せんぱい……これは『戦い』って言わないよ……」
「そうですねぇ……名付けるなら『ゴーレムトラップ』って感じですかね」
「……トラップ……『殺戮機』の間違い」
「……」
『ザバアアアアアアン』
飛沫と水音を巻き上げ、屈強なツァンゴーレムが沈んだ。
自身の武器である鋭い突起を活かすことは終ぞなく、ただただ水中で藻掻く。
恐らく泳ぐという動作を初めて強要された土塊には絶望的に深い水深。
それでも足掻き、尚も進もうとする気配。
しかし少し濁った水の中で形を崩し、成すすべなくその濁りの一部に加わった。
この一連の流れに呆れたようなジト目。
そしてかなりのドン引き加減と散々な言われ様。
こんな最高の評価を貰った『ゴーレムトラップ』は非常にシンプルな構造。
部屋の奥側は魔石をしこたま砕いたゴーレムが出現するスペース。
手前はゴーレムを引き寄せるスペース。
そして目の前に配置されたのは、【不壊】と言われている床をくり抜いて作った幅4m、深さ4mほどの部屋を横切る水路。
入口側に位置するそれは、部屋を大きく2分化していた。
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これは『電撃殺虫器』を参考にした構造だ。
コンビニの手前に吊るしてあったりする、たまにバチバチ鳴ってるアレのこと。
何気なく置いてあるアレは『発想の転換による発明』だったと言える。
それまでの夜間の虫避けや殺虫は虫が嫌う匂いや成分を散布や塗布したりして遠ざけるか、LEDなんかの虫が反応しづらい照明にすることで対応していた。
しかし匂いがキツかったり空気を汚すというデメリットもあった。
特に野外ではその方法は効率的ではないし、光がある限りどうしたって虫は集まってくる。
そこで登場したのが光に集まる習性『正の走光性』、所謂『すう光性』を利用する『捕虫器』や『殺虫器』。
逆に誘い寄せて、やっちまおうという考え。
夜間に見れば分かるが、殺虫器用蛍光灯は青い光を出している。
これは青い光付近の波長410nm程度、紫外線に誘虫効果がある事を研究し突き止めた結果がそうさせている。
白色LEDの誘虫性能を1とした時、殺虫器用蛍光灯は実に1310。
この数値だけ見ても如何にLEDの店内から漏れる光より外の『殺虫器』に集まりやすいか分かる。
そうして集めた所を家庭用でも使えるように100Vか200Vを変圧して、数千Vで吹き飛ばしている。
虫の習性や行動を研究した弛まぬ努力があのバチッという音に内包されていると思えば、少し風情のある音に聞こえてはこないだろうか。
いや……こないか。
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今俺たちが座っている水路手前にはグランミルパの2級魔石を置いてある。
図鑑の情報からするとマナ感知しか持たないゴーレム達はゴーレム以外のマナを感知して襲いかかる。
この習性を利用してマナを持たない俺の代わりにこの魔石に囮になってもらっているというわけだ。
特に強いマナには遠くからでも反応して接近してくるらしい。
だから……今は隣で水球維持の修練を始めたレオさんの方が良い囮になっているんじゃないだろうか……
得意げに置いたはいいが、何気なく回収しようかどうかソワソワしてしまう。
人気のないこの部屋は、『離れ』と言われている部屋。
地図ではこういう場所が複数あり、あまり効率を求めない冒険者の定点狩りのスポットとなっている。
暗黙の了解として、獲物が重なることがないように基本的に1部屋1パーティとされている。
それは部屋に繋がる通路に自動で『使用中』に切り替わる魔道具が置かれていることで、管理している迷宮都市ロンメルも推奨しているルールだということが分かる。
俺は何となく『旅館の家族風呂』が思い浮かんだ。
「あっドロップしたよっ」
少し前から水中を覗き込んでいたマルテさんの声が響く。
そのしゃがんで覗き込む姿勢が後ろから見ると際どくてソワソワしていたところだ。
「おっじゃあ『範囲』『収納』」
水ごと収納してインベントリを見ると『ツァンゴーレムコア』。
丸みを帯びた楕円形状。そして鋭く薄い鱗に包まれたような見た目。
何となく思いついたのは、反り返った甘鯛の鱗が付いたデカイ松ぼっくり。
「当たりですねっこれがコアなん……痛ったっ!」
取り出した右手に激痛を感じて取り落とす。
『不壊』の床にぶつかり、硬質で重たい音を放つ。
一瞬の静寂の中に聞こえるのは落ちる水音。
革の手甲が、真っ赤に染まっていた。
次は水曜日か土曜日です。




