43:海の色とよく似た
海の色とよく似た刃が鋭く閃いた。
ズンッと響く振動は戦闘が終わった合図。
羊の頭を付けた人のようなミュデゴーレムは上半身が滑り落ちるように形を崩し、床で塵となった。
「……『الرياح وبليد【風刃】』」
詠唱。マナの輝き。
揺らめいた空間が切り裂かれる。
これは舞い上がっていた砂煙が鋭く動いたからそう見えたんだろう。
2体のゴーレムはあっという間に殲滅された。
あれー……なんて言うか強すぎじゃない?
冒険者ってみんなこんな感じ?
ゴーレムって斬撃に耐性があるとか書かれていたけど、ズバッと切れているし。
それに風魔法って戦闘じゃマイノリティなんじゃなかったか?
さっきから俺やることないんだけど。
2人の強さに愕然とするこの場所は天井も高い広めの廊下。
少なくない冒険者が大部屋のマナスポットで定点狩りしているのを横目に、俺たちは少し進んだ広い廊下へと来ていた。
「けほっちょっとレオっ! ここじゃ風魔法ダメー! 砂埃が凄いよ!」
「……ここ水少ない」
「でもこれじゃ魔石も探せないよっ」
戦闘を難なく終えた2人は『やいのやいの』言い合っている。
そうこうしていると黒い霧が集まり、離れた位置に2体のミュゼゴーレムが出現した。
せめて俺ができるのはサポートぐらいだな。
「水なら出せますよ。 『範囲』『収納』『設置』」
綺麗に敷き詰められた石床を2㎥ほどくり抜き、その中に大量の水を出した。
床は後で戻しておけばいいだろう。
「……え?」
「はぁ?! 床消えたよ! 水も出たし意味わかんない! なにそれ空間魔法?!」
そういやこの『収納バグ』は2人に見せたことは無かったか。
ラメラメにデコレーションされた剣をブンブン振り回すほどにがっつり驚かれた。
「そうですよ。水は後1000回ぐらい出せますから安心してくださいね」
「問題は水じゃないよ!」
「……遺跡の中は『不壊』」
「『不壊』?」
「遺跡には『不壊』って言う古代魔法が宿ってるの! だから綺麗に残ってるの!」
確かに外の門は草臥れていたが、中は滅茶苦茶綺麗に残っている。
風化してもおかしく無い石床も砂埃なんかの汚れがなければ、『数年前に作られました』と言われても信じてしまうかも知れない。
「掘るのは不味かったですかね……?」
「違うの! 絶対に壊れない物を壊したの! ほんとのほんとに意味わかんないっ」
「……掘ったのが見つかれば、高待遇で軟禁」
「高待遇なのに、軟禁?! すぐ戻しますっ」
「せんぱい、そう言うことじゃ……あっミュゼゴーレム来てるよレオ!」
「……『المياه والرمح【水槍】』」
溜めた水から球状ではない水が浮き上がる。
鋭い先端はまるで羅針盤の針のように寸分違わずゴーレムに向けられた。
そして迫ってきていたゴーレム達に高速で放たれる。
『ゾフッ』
ゴーレムは四肢がバラバラに吹き飛びながら粒子と消え、頭だけがその場で落ちて塵に変わった。
2体に大きな穴を残した【水槍】は奥の壁にぶつかり飛沫に変わる。
……やっべぇ威力だ。
質量が少ない大気より水の方が威力が高いのは分かる。
ただ、土塊を貫通するほどとなるとあんなの絶対に食らいたくない。
「すごい威力ですね」
「その威力で壊れない物を、壊したせんぱいが何言ってんの? ほんとのほんとに絶対人前じゃやらない方がいいよ」
「いや……なんかすみません」
「あーあ。今日は練習の成果を見せれると思ったのにねぇ。ねー、レオ」
「……」
「んー2人とも凄く様になってると思いますよ。マルテさんは凄い身のこなしですし、レオさんはマナ制御も出来ているようですね」
「あたしは【剣術】の【アビリティ】持ってるからね。へへっ良かったねレオ」
「……///」
「あっ照れてるっ! おふぅ……こういう感じもアリかも」
「……マルテうるさい」
「あっ……へへっ。あっまた来たよ! せんぱいはちゃんと見ててあげてね」
「ええ。頼りにしてますよ」
「……『المياه والرمح【水――」
『バッシャアアアアアアアアン』
「うわああああ」
「キャアアアア! なんで暴発するのよっ」
「……見ないで///」
騒がしく進む俺たちは難なく第2宮を越え、目的の第3宮に向かって歩を進める。
◇
規格外に大きな宮殿のようなポルタ遺跡は中庭も広い。
第2宮から第3宮の間にはこうして広大な中庭が広がっている。
そこは迷宮内ではセーフゾーンと呼ばれており、魔物は出現しない。
そのため冒険者達が休憩する場所となっている。
まだ午前中だというのに屋台まで出ている。
冒険者が戦いやすいようにサポートを行い需要を満たし、消費と戦利品という形で経済を回す。
管理されている迷宮とはこういう感じなのか。
素直に感心してしまう。
ただ、俺たちはそこには目もくれず中庭の西側の端に広がる池に来ていた。
そこは池というか馬鹿でかい庭園の噴水が地盤沈下して作られてしまったような巨大な溜池。
奥には小さく噴水の成れの果てが見えている。
水草が生い茂り草花が育つその場所は、時を止めた遺跡の中でオアシスのように佇んでいた。
「せんぱい……ほんとのほんとにアンギラを狙うんだね。冗談じゃなかったんだ」
「……さっきの空間魔法なら……簡単」
「あっそういうことか」
「ははっ魔法は使いませんよ?」
そう言うと俺は仕掛けを取り出した。
ファルタの繭糸が巻かれたリール、ブルートツリーの新枝ロッドには鈴を付けた。
繭糸は2号程度で100mほど巻かれている。ラオーペの繰糸と同じく抜群の抗張力だ。
仕掛けはシンプル。1.5号程度の軽めの錘にサルカン、うなぎ針のみ。
餌のでかいミミズモドキを取り出し、通し刺し。
2人の小さな悲鳴が聞こえてくるが気にしない。
軽くキャスト。
うん。ラインの流れもスムーズ。
少し巻いてラインの弛みを取る。
竿立てに固定すると、『倉庫』から出すのはシート。
2人にも促しどっかりと腰を下ろす。
水辺の草が柔らかくいい感じだ。
後は待つだけ。と言っても待つのも楽しいんだ。
◇
高くなる日差し。
水浴びをする鳥やスライム。
黄色い水草は水中で大きな葉を広げ、時折プクプクと泡を立ち上らせる。
『リン』
響く鈴音。
高鳴る期待と鼓動。
ゆっくりと竿を持ち上げ、慌てずじっくりと見守る。
『リリン』
小さな鈴の音のゴングと共にぐーっとラインが引かれる。
奥で微かに水草が動いた。
よしっいこうっ!
ぐーんっと竿を起こす程度の合わせ。
重いっ! 食った!
暴れるような引きではないが、確かな重量を感じる引き。
『今度こそ』その期待に鼓動が早くなる。
しかし慌てず一定のスピードでリールを巻く。
急に重くなる竿。
ぐっと持って行かれそうになる。
『ジジジ』っと音を立てるドラグ。
慌てず騒がずテンションを保つ。
ふぅ。暴れるなよー?
落ち着いたところで慎重に巻き始める。
水草に絡まないように注意しながら、魚影を見定める。
……見えたっ! あの色は間違いないっ!
水面に浮かび上がるのは鮮やかな黄色。
身をくねらせながら上がってくる様は、まさにうなぎそのもの。
しかし、その身には黄色く羽衣のようなヒレ。
気品に溢れた姿は紛う事なき『羽衣うなぎ』と渾名した美しさ。
その高貴な魚は岸にずり上げても尚、光を反射するようにヌラヌラと輝いていた。
◇
「よぉぉし!」
「でっか! せんぱい! アンギラってこんなにでかいの?!」
「……きれい」
3度目の正直。やっとアンギラが掛かった。
本当に生物が豊富らしくすぐにアタリが来る。
しかし1本目は亀モドキが釣れ、2本目は硬めのスライムが釣れた。
本命の、それも大物となれば喜びもひとしお。
誰も見てなければ『いえぃいえぃ』と何度もガッツポーズしたいぐらいだ。
体長は手尺で94cm、太さは腕ほどでかなり大きい。
目立つのはやはりそのヒレ。
薄緑色の体表色から一転、長く大きなヒラヒラとしたヒレは目に鮮やかな黄色。
この大きなアンギラの登場で、2人の『こんなので捕れるの?』という目は、純粋な興味へと変わったように見える。
そうなんだよ。魚釣りってのは人が釣っているのを見るとやりたくなるんだ。
「2人もやってみますか?」
「やるやるっ! やりますっ!」
「……僕も」
「じゃあまずは仕掛けの――」
こうして時間を忘れて池釣りを楽しむ。
鈴の音に期待しながら、のんびりと延べ竿の先の浮きを眺める。
忙しなく迷宮を行き来する冒険者にこそお勧めしたい。
きっと最高の休憩になるはずだ。
-------------------------------------------------
『ミュデゴーレム』
『形態・特徴』
小型の人型ゴーレム。
体組織が砂に似ており、斬撃は不向き。
接近時の体内に取り込む動作に注意。
マナ覚を用いるため、死角に注意。
体長は1mほどで動きは遅い。
魔石位置は頭。
『マナ食性』
無し
『出現環境』
ポルタ遺跡、ウルム遺跡
『ドロップ』
9級魔石、コア
『危険度』
通常個体:9級
-------------------------------------------------




