42:楽しみだねー
「楽しみだねー。ねっせんぱい?」
大型のバスに揺られること1時間。
窓景に広がる青空に似た髪の少女。
風に遊ぶ髪を撫で付け、ワクワクを抑えきれないように口を開いた。
いつもの大人しめな服ではなく、青色を基調にした軽鎧。
マルテさんの冒険者姿はとても初々しく新鮮に映る。
ただ、スカートが短いのはどうにかならないだろうか?
真っ先に聞いてしまったもの。『防具は大丈夫なのか』と。
そしたら『マナ障壁を強化する装備なんだけど』と当然のように言われてしまった。
確かに前々から『あの防具って何を守っているんだ?』と思うような出で立ちの冒険者を見かけていた。
武器にも色々あるように防具の防御力、護り方にも様々な特徴があるようだ。
こうなると何も言えないが、ヒラヒラする感じにソワソワしてしまう。
「そうですね。迷宮都市なんて初めてですしね」
「……グロイスよりも都会」
横から聞こえてきた小さな声の主はレオさん。
いつものフード付きローブを目深に被る通常運転。
いつもと違うのは、手首に巻いてある冒険者の証の形が変わっている。
ここ数日でランクアップしたのだろう。
ただ、高原に位置するグロイスから比べれば、平地のロンメルではそのローブはかなり暑そうだ。
これも真っ先に聞いてしまったもの。『防具は大丈夫なのか』と。
そしたら『……快暖のルーン』と当然のように言われてしまった。
自動で温度を調節して快適に過ごせるルーンだ。俺の戦服にも刻まれている。
『あーそういや、ローブの下はかなり薄着だったな』と余計なことまで思い出し、ソワソワしてしまう。
「見えてきたよっ」
その声に視線を前に向ける。
車窓から見える景色が自然物から人工物に切り替わった。
迷宮都市と言われるロンメルには高層の建物が並び、中心に聳える塔はまるで巨大な灯台のように都市を見下ろしていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
この2人とポルタ遺跡に向かうことになったのは、昨日ある物を受け取りに雷鳴山の鍛冶に行った時のこと。
「おう。コイズミ。調整できてるぞっ!」
魔剣鍛冶師のサイトンさんは俺の顔を見るなり目当ての物を持ち上げ、開口一番聞きたかった言葉を口にした。
「お前に言われりゃ作るがよ。こんな糸巻き機と棒なんて何に使うんだ?」
その手に握られたのは『ロッド』と光沢を放つ『スピニングリール』。
元々海でのキャスティングを想定して図面を渡していたミディアムライト程度の仕掛だ。
リールを分解したことがある人なら分かるだろうが、リールにはかなり多くのギアが使われている。
ピニオンギアなどで回転力を直動運動に変換してメインシャフトを上下させる構造や減速比の調整に加え、スムーズな回転に必要なギア同士の隙間バックラッシは、実際に動かしながら現物合わせで仕上げていった。
流石は魔剣鍛冶と感心してしまった。
魔法で金属が変形していく様を間近で眺めるのは、不思議な気分であり貴重な体験だった。
「ちょっとポルタ遺跡までアンギラを狙いに行くんです」
「アンギラ……魚のか? やっぱ変わった奴だな。流行りのボデンゴーレムとかじゃねぇんだな」
「えーと、確かコアが火力鍋とかの耐火素材に使われるんでしたっけ」
「よく調べてるな。まぁ普通は防具に使われるんだ。最近はボデンコアが値上がりしててな。冒険者にしてみりゃ美味しい話だが加工屋にしてみりゃ頭の痛い話だ」
そりゃあ調べておくさ。チュバの時に痛いほど学んだ。事前準備は怠らない。
幸いゴーレムは総じて動きが遅いようなので、俺でも対処できそうだと踏んだ。
ツァンゴーレムを探しがてらボデンゴーレムも狙ってみるか。
この戦服を作ってくれた防具屋さんのおばちゃんに差し入れよう。
それにしても値上がりかぁ。
製造業だと材料費の高騰を見積もりに乗せられないことは割と良くあると聞く。
どの世界でもきっと煽りを食うのは加工業者なんだよなぁ。
「見かけたら狩ってみますね。それじゃあ、また来ます」
「ねっあたし達と一緒に行こうよ。せーんぱい」
「……こんにちわ」
会話を聞きていたようで、裏口からマルテさんとレオさんがひょこっと顔を出した。
黒晶生産の合間を見て2人でクエストをやっている事は聞いていたが、どうやら仲良くやっているようだ。
「それは楽しそうですね。でも店番とか黒晶の生産はいいんですか?」
「いいよね? ねっ?」
「あぁ急ぎの受注は捌けた。後は生産調整しながらやってく感じだ。ポルタ遺跡は2人じゃ心配だが3人なら何とかなるだろ」
「ほんとのほんとに? じゃあ決まりっ! ちゃんと守るからねっせーんぱい」
「……大丈夫」
こうして保護者の承諾も得てしまった俺は引率者さながら、迷宮都市へと赴くことになった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
ロンメルは3つの迷宮を保有している。
それは産業の中心が迷宮からの戦利品で成り立っていることに他ならない。
その恵みを加工する2次産業や交易が盛んに行われ、迷宮都市は発展している。
なんと言っても目立つのはどこからでも見える巨大な建物、通称『鉄塔』。
これは何を隠そう今回のクエスト依頼主『アイゼイレ』のクランハウス。
数千人が所属する超大手のクラン。
工場やショッピングモールなんかも設営されているようで、『鉄塔に行けばなんでも揃う』という謳い文句はその巨大さで納得だ。
その周囲を取り囲むメインストリートには武具や魔道具の商店が所狭しと立ち並び、酒場やめし処、宿に至るまで趣向を凝らして多くの冒険者を出迎えていた。
活気に溢れる往来では厳つい武器をぶら下げた獣人のパーティや見目麗しいエルフ、大きな魔獣を連れて歩く魔獣使いや踊り子のような吟遊詩人など多くの種族、職業が目に留まる。
俺なんかは『ハリウッドってこんな感じなのかなぁ』なんてお上りさん丸出しでキョロキョロとしてしまう。
「……こっち」
「あっすいません」
引率者さながらに手を引くレオさん。
何度か来たことがあると言うレオさんは、ほんの少しだけ得意げに俺たちを先導する。
今は鮮魚の文字に目と体が向かいそうになったのを制された。
いけない。これではどっちが引率者か分かったもんじゃないな。
「おふぅ あっ……は、早く行こうよ」
そしてチラリと見ると先程からマルテさんは頬を赤らめながら見てくる。
聞いたさ。『なんですか』って。
そしたら『あっしは少し暑いだけでござんす』とのこと。
不審だもの。一人称変わってるもの。
◇
町並みを抜けて少し歩くと、木々の中に大きな石柱群が見えてきた。
その先が目的地のポルタ遺跡。
入口にはバレ鉱とは比べ物にならないほどの宿屋に売店などの施設。
迷宮というよりは、世界遺産前の賑わいと言われた方がしっくりくる。
「……あの門の先は迷宮」
木々の隙間から見えてきたそれは巨大な門。
嘗ては鮮やかな装飾を施されていたであろう朽ちかけた岩肌。
壮大で圧倒される芸術が古代文明の栄華を今に残していた。
-------------------------------------------------
『ボデンゴーレム』
『形態・特徴』
大型のゴーレム。
体組織が土石に似ており、斬撃は不向き。
太く長い4本腕の振り回しに注意。
マナ覚を用いるため、死角に注意。
体長は2.5mほどで動きは遅い。
魔石位置は頭。
『スキル・アビリティ』
腕回
『マナ食性』
無し
『出現環境』
ポルタ遺跡、ウルム遺跡
『ドロップ』
6級魔石、コア
『危険度』
通常個体:6級
-------------------------------------------------




